090_0730 招かざる来訪者は二日目来たるⅥ ~エスコート・パレット・ショウタイム!~


 線を正確になぞる。

 最近ナージャが暇さえあればやっている訓練だ。


(『点』はなんとかなりますけど……やはり問題は『線』ですね)


 糸で吊った竹ヒゴを、指示棒の先につけたマーカーで塗るという、一見謎の行為の結果を見て、小さくため息を吐く。

 最初に比べればマシになったが、まだまだズレる。ふと振りで一気に塗れるところまで至っていない。動きに規則性があってこれでは困る。


(考えすぎですかねぇ……? どう考えても『点』の場合がほとんどなんですから。でも近接戦だと『線』も考慮しないわけにいかないんですよね~)


 もっとも実戦の状況を考えると、かなり条件が変わるので、どうなるのかはわからない。

 そしてこれは隠し玉だ。以前の部活動で《ヘミテオス》を倒すため、隠し玉をふたつも披露してしまったので、新たに模索している技だ。実戦で使うならば、確実に追い込まれてる時なので、出番がないに越したことはない。


(さーて……どうしましょ?)


 模擬店当番が終わり、学生服に着替えてから、ナージャはあまり目立たない校内敷地隅でそんなことをしていたが、見切りをつけて道具を片付ける。予定を考えながら長い髪の尻尾を振り回す。


(見回ったほうがいいんですかねー……? 部長さんはお姉さん、フォーさんは同輩、なぜか師匠ペタゴーグはナトセさんと一緒にいますし……ん~、でもぉ……)


 コゼットと南十星は『勝負に集中したいから』と。野依崎は『インチキを疑われたくないから』と。それぞれ心配ない旨が伝えられてデータリンクが切られた。ただリアルタイムの通信がなくなっただけで、《魔法使いの杖アビスツール》の稼動までは止めていないようで、共有するべき情報は要所要所で無線送信されてくる。


 『敵』と相対しているのだから、安心はできない。気にせず学院際を楽しむなど無理だ。


 しかし《魔法》を使った殺し合いではない勝負を、彼女たちは真っ向から受け止めて、リンクを切ってしまった。

 なのでナージャがその場におもむくことで、邪魔することになったらと考えると、どうにも気がとがめる。

 

 だから自主練で時間と警戒心を誤魔化していたが、集中が切れてしまった。


 行き先未定のまま足を動かすと、部外者で賑やかなエリアにまで来てしまった。


(あー。素顔のままで来たから、マズいですね)


 行き交う人々に注目される。五割くらいは珍しい髪の色、四割くらい日本人離れした顔、残り一割くらいは胸部積載物質のせいで、ただでさえナージャは目立つ。だが、向けられているのは、そういう視線とは異なる。

 畏怖。さい。恐怖。疑念。

 ナージャ・クニッペル個人に対する視線ではく、生体万能戦略兵器 《魔法使いソーサラー》に対する視線だ。


(一般の人にとっては、やっぱり支援部ネガキャンは効いてるみたいですね……)


 危険人物や化け物扱いされていようと、『そんなものだ』とナージャは思っているから、大して気にはしない。別に認識を改めてもらおうとは思わない。使い方によっては危険な能力を持っている人間兵器なのは事実であることに変わりない。


 ただし『大して』であって『全く』ではない。彼女だって人間、それも多感な年頃の女性なのだから、あからさまな拒否感や悪感情をの当たりにして、傷つかないわけはない。


「ナージャぁぁぁぁっ!!」

「ふんっ!」

「ぶげほ――っ!」


 もっとも、そんな感傷など、ダッシュしてきたかずを地獄突きで迎撃した時には吹っ飛んでる。

 

「げほ……! えほ……! なぜ地獄突き……!?」

「全然止まらずタックルしてくる気配を見せて、押し倒されない危機感を抱くなってのは無理です」


 のたうち回る和真を中心に、周囲の一般人は距離を取って視線を向ける。このやり取りを見慣れている高等部三年B組の教室ではないので、ドン引かれている。


「それで? なんの用ですか?」


 屋外の、人の往来なので、仕方なくナージャは手を差し出す。喉を押さえてまだのたうつ気配を見せていたが、それでもこらえて和真は手を取り、引っ張られて立ち上がる。


「店番終わったなら、一緒に学院祭回ろうかと……」

「なんでそんな用事で全力ダッシュしてくるんですか」

「だってナージャさん、昨日誘おうと思ったらいなかったし!」


 交代時間前にデリバリーで模擬店を離れ、そのまま部室に居座っていたから、クラスメイトからすればいついなくなったのか不明だろう。


「ちなみに、他に誰が?」

「俺だけじゃ不服!?」

「逆に、誰か和真くんに付き合ってくれる人、いないんですか?」

「俺はこんなにもナージャを愛しているというのに!? なんとご無体な!?」

「いえ、和真くんはポンポンそういうこと言うから、余計に真剣味を感じないんですけど」

「余計に?」

「はい。余計に」

「俺の告白は最初はなからに受けていらっしゃらない!?」

「毎日のようにそれっぽいこと言われて、他の女の子にもそれっぽい声かけてるの見て、どうやって真に受けろっていうんですか」


 普段ならば和真とふたりきりなど御免だが、今日ばかりは安直な判断ができない。顎に触れながら考えを巡らし、和真の顔を眺める。


(黙ってればカッコいいはずなんですけどねぇ~……)


 女装して遜色なかったくらいだ。女顔というか中性的なイケメン顔で、それを誤魔化そうとしているかとも思える男性的なウルフヘアもよく似合っている。なんのかんの言いながら実は勉強できるし、体育で見せる運動能力は結構高い。平均身長なので目を惹くわけではないが、コンプレックスを抱く低さでもない。さすがにナージャは見たことないが、聞けばなかなか体も鍛えられた細マッチョなのだとか。

 

 見てくれだけを見れば、和真はモテるはずなのだ。


 だがモテない。ナージャの好みの問題ではなく、純然たる事実として。少なくともクラスメイトや部活関係など、彼の普段をよく知る女性が、彼を恋愛対象として見ている者は知る限り皆無と言っていい。


(そーいえば、この人もどう扱えばいいのか、わかりませんしね……)


 放置してもいい気しなくもないが、さすがに今は。


「しょうがないですね~。なにかひとつおごり。それで手を打ってお付き合いしましょう」

「…………………………え?」

「そんな本気で信じられない顔するの、やめてもらえません? 買い物くらいなら一緒に行ったこと、何度もあるじゃないですか」

「買い物くらいしかなかったじゃん! 目的なく遊ぶようなデートとか嫌がっただろ!?」

「まぁ、それは否定しませんけど」


 仲がいいか悪いかの二択ならば、和真とナージャは確実に仲がいい。支援部入部前でも、教室では和真と一緒の時間が多かった。

 だがプライベートではそこまでの付き合いはない。休日に遊びに誘われるのはしょっちゅうだが、ナージャが素気すげく断っていた。少なくともグループで遊ぶ時か、用件決まっていて和真がいようといまいと関係ない時でない限りは。


 元々ナージャは諜報員の任務で入学し、支援部に接近していたのだから。人間関係は信用させ情報を得られるよう遠すぎず、かといって正体を知られぬよう近すぎずの距離を保つのが当たり前だ。


 再検査したら《魔法使いソーサラー》だったというウソで支援部に入部してからは、機密が多く時間が取られる部活をタネに、やはり和真と個人的に付き合うことはなかった。せいぜい買い物に同行を許した程度だ。


「ほら。行きますよ。エスコートしてください」


――だが、今日くらいは。今日だけは。


 ナージャは手を差し出した。

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