070_0400 great engineer, grave deviant, grand sinner Ⅲ ~梁上君子~
神戸市中心地である三宮駅前から多少外れるとはいえ、ビルが乱立する地域に、ポッカリ穴が空いたように敷地と森がある。
夜ともなれば社務所や会館は閉じられ、当然参拝客も日中と比べれるべくもないが、ライトアップされた境内に人の姿はまだまだある。
鳥居をくぐった私服の
「なんのつもりだ?」
やがて見つけた。学校ではできる限り
「遅かったじゃない。女を待たせるものじゃないわよ、十路」
なぜか足元に置いた
「そのしゃべり方やめろ。俺を名前で呼ぶな。
ただでさえ同じ姿で同じ声なのに、本物の羽須美のような態度を取られると、十路にとっては不愉快でしかない。
「あーら残念。あなたとっては涙が出るくらい嬉しいかと思ったんだけど」
全く残念そうではない返事と共に、長い黒髪をかきあげる。学校ではスッピンだったが、キツい化粧を
これが
――今夜一〇時、生田神社。
学校からの去り際、
「それにしても、なかなか手を出さないものねぇ? 待ちくたびれちゃったから、私からちょっかいかけちゃったじゃないの」
「お前の狙いがそれだってわかってるのに、手を出すか」
「かっわいー。私が話しかけると、ものすっごくイラついてるの、我慢してるのに」
元来の羽須美が砕けた性格だったので、傍目には態度の変化はあまり感じられない。十路にとっては思い出を
(コイツ、他の『麻美』の記憶にまでアクセスできる……)
リヒトに聞いても判然としなかったことは、不快感の出所――本物の羽須美との格差から、是であると判断した。
「なにが目的だ? 修交館に潜入した理由も、俺をここに呼び出した用件も」
なので我慢しながら要件に入る。都市ゲリラ戦に明確な戦闘目的などあってないようなものだが、当人の口から聞けるものなら聞いてみたい。
それに、気に食わない相手との会話など、早々に終わらせるに限る。
【ギャハハハハハ!】
限りたいが、三番目の声によってそれも
【目的ぃ~? そんなの決まってるじゃない! そんなこともわからないなんてバッカっじゃないのぉ~!?】
それだけで
「閉嘴。(黙れ)」
【はぁーい】
ドス声を効かせた
「それで。話の続きだけど」
「自分の《使い魔》なのにスルーしやがった……」
けれども十路の一言が蒸し返してしまう。
【はいは~い。ど~もぉ~。
命令無視する自己主張激しいドローンを、
「ほんと、誰に似たのかしら……テストモードじゃこんなじゃなかったのに……早まったわ」
性格など、十路にとってはどうでもいい。《
「
気を取り直した
長柄に飾り気など一切ない、刃が根元から折れた
「オリジナルの《ヘミテオス》、他の『麻美』が目的じゃないのか」
体内から出てきたとしか思えない《
《ヘミテオス》は完全な不死ではない。脳を一撃で破壊すれば殺せることを十路は知っているから、完全に無意味な行為ではない。
「それも目的ではあるけど、どちらかというとオマケ。私は
「は?」
夜の安寧が銃声一発で激変する緊迫感をむしろ楽しむように、
「これまで
「嘘つけ。叩き潰そうと思えば、いくらでも手段はあったはずだ」
「勝とうと思えばいつでも勝てたのは事実だけど、そうじゃなくて、総合生活支援部って組織がまだあって、あなたたちがまだ学生やってること自体が想定外なのよ」
『どういう意味だ?』と十路が眉を動かすと、
「今までの戦い、
「後先考えなければ、な。ただし俺たちは国家レベルの犯罪者として告発され、支援部は解体されてる」
「そう。ギリギリで勝って、丸め込むなんて思ってなかった」
可能な限り法令順守しているが、非常時ともなればそうもいかない。しかし違法性
客観的な事実として、敵とはいえ誰も殺さなかった。民間人の生命を守ってきた。正当防衛が成立するまで《魔法》で抗戦しなかった。だから罪に問われていない。
一般人の生活に《
彼らは学生。行うのは部活動。殺さなければいけない立場でもなければ、戦争しなければならない義務もない。
これまで部員たちは逸脱することなく活動してきたから、そんな支援部の建前と
「直接はもちろん
いくら
「なるほど……だから修交館に潜入して、俺に化けて他の連中を引っかき回そうとしたのか」
聞けば納得できなくもないが、十路にすればお門違いだ。
「具体的にどう聞いてるのか知らんけど、俺をそんな風に思ってるなら、お前の目はとんでもない節穴だ。今日一日でわからなかったのか?」
他から見ればどうかはともかく、彼自身は真面目にそう思っている。
支援部は軍事学的に正しい『機能的な戦闘集団』の極地にある、愚連隊のような部隊だ。いや金銭や権力や腕っ節に訴えることができる分、まだ不良集団のほうがまとめやすいだろう。支援部員など性格面でも技能面でも個性が強すぎ、しかも腕力・権力・金の力を鼻にかけないどころか鼻で笑う者たちばかりだから、取りまとめなど最初から放棄している。
十路は指向性と具体性を与えるだけ。指揮官というより扇動者に近い。『普通の学生生活』という共通目的があるから、まとまって行動しているように見えるだけでしかない。
よって作戦と戦果は、結果論に過ぎない。
『超法規的』と付くとはいえ、戦闘部隊としての支援部は制約が多い。 それでも遠慮なしに殺しにかかる相手に
堤十路は決して有能な指揮官などではない。
「ただでさえ女所帯に男ひとりで肩身狭いんだから、変なことしたら一発で
言うなり十路は飛びのく。
怪訝な顔を作りかけた
【はぎゃぁ!?】
大人しく浮遊していたドローンだけが巻き込まれた。叩き落された上にプロペラの一基を踏み潰された。
「兄貴はまーたコソコソと……」
ついて来ないよう誤魔化したが結局彼女が来たことに、十路はため息をつきながらギプスをつけた手で首筋をなでたが、過去と未来はひとまず忘れる。
現状こそが問題だ。周囲の無関係な人間から見れば、電飾ピカピカな子供が轟音を立てて出現したのだから、当然のように視線が集まる。カメラを向けている者もいる。
衆目のある場で戦闘などできない。十路は小銃を
「んで? ここでコイツ
ここで正当性のない戦闘を開始すれば、普通の学生生活などあっけなく崩壊するにも関わらず、南十星は全く頓着せずに拳を構える。
「アホ。もっと深刻になるからヤメロ」
「ちぇっ。メンドイなー」
頭に軽く
【ちょっとぉぉっっ!? いきなりなに!? ぶ――!?】
しかも我慢の代償行為のように、ドローンを完全に踏み潰した。
「弁償」
「お前、『静かになって丁度いい』とか考えてるだろ」
《無銘》を下ろして手を突き出す
交戦前の空気はかき消えたとはいえ、
「お前は
最後に
「そう?」
だが彼女の側が受け取りを拒否し、交戦を選択した。
日常にまぎれた非日常、ごく普通の学生生活の裏での暗闘は、まだ続くと宣言されてしまった。
ならば十路が選べる道は、ひとつしかない。
「なにする気か知らんが、俺も動くからな」
「やれるものならどうぞ」
「ったく。
その姿が完全に見えなくなってから、南十星は《魔法》をキャンセルし、完全に戦意を引っ込めた。
それで周囲の人々の興味も失われた。《
巻き添えで死んでいた可能性など、想像もせずに。
ともあれ、終わった。
これで正式な開戦となった。
独立強襲機甲隊員の本領発揮――神戸に来る前に幾度も繰り返してきたこと、また行うだけ。
「じゃ。なとせ。部室で言ったとおり、今回俺ひとりで動く」
「あの女とさっき話したこと、皆とジョーホーキョーユーしないわけ?」
「俺からは言わない。変に混乱させる可能性もあるからな。お前が共有するのまで止めないから好きにしろ」
「うわー。投げやり。マンションにもしばらく帰んないわけ?」
「あぁ。行方不明になる」
南十星に言い置いて、十路も消えようとしたが。
言っておかねばならない気がして、足を止めた。
「……なんか、なとせだったら、俺が潜伏しても根拠不明に見つられそうな気がして、ヤなんだけど」
「見つけても見なかったことにするって。ま、気ぃつけて」
止めるつもりはないらしい。ごく一般的な注意喚起だけで、南十星はヒラヒラ手を振る。
そんな態度が一層、非公式・非合法特殊作戦要員の潜入能力や作戦遂行能力を、『勘』の一言で台無しにしそうで怖い。
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