070_0200 2nd spoofⅠ ~悪因悪果~


 昨日の襲撃は、正確な報道はされていない。本当に戦闘機の攻撃か未確認であるし、明かすといらぬ問題が発生する。淡路島の怪獣(?)でまだ冷めやらない報道熱が、またも支援部に向けられるのは勘弁してもらいたい。

 せいぜいニュースの地方版で、交通事故で一時道路が混雑したと伝えた程度の、小さな扱いだった。真実どころか十路の名前すら出ていない。


 だから包帯やギプスをつけて登校すると、クラスメイトたちは問うてくる。


つつみくん、どうしたんですか、その怪我?」


 『衣川きぬがわ羽須美はすみ』も例外ではなかった。

 驚きと不安がない混ぜになった、本物の羽須美が浮かべるのを見たことがない、本物のような表情に辟易しながら、堤十路とおじは素っ気なく返す。


「バイクでコケた」

「大丈夫ですか?」


 心配など止めてほしい。止めろと言いたい。

 表情に出すまいと努めても、支援部女子部員たちとは比較にならない十路の演技力だと、感情が顔に出てしまう。起伏が少ない無愛想だからこそ、さざなみだった時に隠せない。


「腕の骨にヒビ入った程度だ。部活で怪我した時と比べれば大したことじゃない」


 なので感情を誤魔化すために、主には『羽須美』以外の、他のクラスメイトに向けて説明する。


「支援部の部活でって……どんなケガしたんだよ?」

「話してもいいけど、多分引くぞ?」


 対戦車ライフルで胴体に大穴空けられました。でもその後心臓移植されて生き返ったけど。爆弾の飛散破片で左腕が千切れました。でもその後すぐ生えてきたけど。

 訊いたクラスメイトは十路が忠告した時点で口をつぐんだので、そんな真実は話す必要なさそうだった。話せるわけないから最初から話す気なかったが。


「でも堤が包帯で登校とか、今までなかったじゃない」

「部活の時は《魔法》で治してもらってる。今回は俺のプライベートで起きた事故だから対象外」


 別のクラスメイトが訊いてくる、しごく真っ当な問いにもちゃんと答える。言葉を途切れさせると、また『羽須美』が口を開いてくる予感を覚えたから。それほどまでに彼女の声を聞くのを避けたい。


 幸いにして一緒に登校したナージャ・クニッペルも言葉を添えてくれるので、それ以上『羽須美』と話す必要もなさそうだった。


「片手が使えない十路くんのお世話はわたしがやってます。ご飯の準備はもちろん食べさせて、着替え、お風呂、トイレ……」

「事実を捏造ねつぞうするな。世話になっとらん」


 否、完全に任せることはできない。このトリックスターの勝手にさせると後が怖い。登校していた高遠たかとお和真かずまなど、血涙を流して面倒くさいことになりそうな顔をしていた。

 とはいえ体が万全ではないのだから、これで『羽須美』が本性を現して襲撃でもされたら、今の十路では対応が遅れる。そこはもうナージャに頼るしかない。



 △▼△▼△▼△▼



 警戒対象が教室にまぎれこんでいる現状、十路のフォローがナージャの役目ではあるが、さすがに四六時中一緒というわけにもいかない。《魔法使いソーサラー》も人間であるし、やはり性別の違いは如何いかんともしがたい。


 休憩時間、用を足したナージャが女子トイレから出ると、廊下に十路がいた。彼も隣の男子トイレに用がある風ではなく、彼女が出てくるのを待ち構えていた様子だった。


「こんな場所でどうしたんですか?」

「今後の打ち合わせというか、朝の続きだ」

 

 言うなり十路は並んで肩を抱いて、耳元に小声を吹きかけてきた。

 学校内で内緒話をするためだとはわかっていても、これまでこんなことをやられたことがないので、無意識に肩を震わせてしまう。とはいえ彼は効率優先で乙女心に頓着しないことなど珍しくもないので、動揺は少ない。


「実はな? 昨夜ゆうべ、《治癒術士ヒーラー》の治療を受けたから、怪我はなんともない」

「ケンカとゆーか、ビミョーな感じで家出中な木次さんが、よく治してくれましたね」


 かたっていたことよりも、ナージャはそちらを疑問に思った。


「あぁ、まぁな……それよりも」


 人通りが更に少なくなる廊下の隅へと誘導して足を止めて、そのことはあまり触れたくないと十路は言葉を濁す。その話の続きではなく、ナージャが予想したとおりの意図を語り始めた。


「昨日の件は『羽須美アイツ』の仕業かどうかわからないけど、警戒しなければいけないのに動きが鈍った状態でいるのはよくないし、勘違いさせたままのほうがいいと思ってな」

「それはまぁ、そうでしょうけど。で? わたしにどうしろと?」

「いや。これまでどおりでいい」

「はぁ」


 教室では言えない話だろうが、それだけを伝えるために、十路は待ち構えていたのかと、拍子抜けしてしまう。

 それよりも目下重大なのは、話は終わったはずなのに、彼が離れないことだった。


「ナージャって、いい匂いするよな」

「そうですか……? 甘ったるい匂いって、嫌う人も少なくないですけど……」


 あまつさえ、匂いを嗅がれる。並んで肩を抱かれていただけのはずなのに、今や背後から腹に手を回され、抱きすくめられているような状態だった。十路とナージャにあまり身長差がないため、彼は半ば後頭部に顔をうずめている。


「ちょ……! ここ、学校ですよ……!?」


 首筋に息を吹きかけられる未経験の感触に肌があわ立つが、ナージャは身を固くして、なんとか反射的に動くのに耐えた。これが和真辺りだったら、遠慮なく肘を叩き込んでいる。

 十路はこんなことしない、と否定するのは簡単だった。実際、恋愛にはもちろん、何事にも興味なさそうな態度を取る。

 しかし彼の過去を調べれば、そんなことはあろうはずない。少なくとも女の扱いを知っているのは容易に予想できる。


「どうしたんですか、急に……!?」


 混乱を自覚しているからこそ、ナージャは口を動かすことで、可能な限り冷静でいようとする。


「特に理由はない。なんとなくナージャとこうしたかっただけ」

「なんとなくって……」


 今度こそ、そういうのは十路のキャラではない、と思ってしまう。

 彼に『女』として意識されているとは思っていない。腹立たしさ半分、安堵半分ではあるが、だからナージャは気安いクラスメイトとして振舞っている。

 それが今は。


「ひうっ!?」


 左脚に感触が走る。


「そのリアクションは傷つくぞ? こういうことされるの、嫌いか?」

「嫌いとか好きとかじゃなくて……!」


 スカートの上からだが、十路の手が撫でた。絶対になにかの偶然ではない。『尻』と『脚』の微妙な境目、下着とホルスターのベルトの位置に手を置き、ゆっくりと動く。


「ちょ、ちょ、ちょ……!」


 腹に回された手も緩慢に動く。カーディガンの中に差し込み、ブラウスのボタンを外し、素肌に触れてくる。更には触れる位置が上がってくる。


 ナージャがふざけて胸を押し付けるくらいなら日常だが、十路の側からであれば、冗談の言葉だけならまだしも、こういった肉体的接触はなかった。思いっきり接触キスしたことあるが、どちらかというと特殊例なので除外する。

 悪友以上、恋人未満。気安くても悪ふざけの割合が高く、一線は越えない。それがふたりの関係だったはず。

 なのに十路の側から踏み越えようとしている。悪ふざけの域は完全に超えている。


「――ッ」


 耳元で舌が鳴る。手が止まっただけでなく、十路は素早く身を離した。

 続きをして欲しかったかと問われると答えにきゅうするが、それよりもまずナージャは、十路の唐突な変わり身に疑問が先に立った。


「続きは今度な?」


 だが疑問を口にする前に、彼は立ち去ってしまった。


「なんだったんですか……?」


 荒くなった息と頬の火照りを鎮めるのに、しばらく時間が必要だった。



 △▼△▼△▼△▼



 ナージャが教室ホームルームに戻ると、入り口近くに見慣れた後姿があった。中に入らずドアの陰から様子をうかがっている。彼女は《魔法使いの杖アビスツール》なしでも後ろが『視える』はずだが、廊下を行き交う他の学生と区別がついていないのか、ナージャに気づいていない様子だった。


木次きすきさん?」

 

 声をかけると、薄い背中が飛びあがった。逡巡したようだが、ここで無視もできまいと、後輩女子高生は気まずそうに振り返る。

 家出中のためマンション内ではもちろん、部室にも来ないため、久方ぶりに顔を合わせる。


「どうしたんですか? 『羽須美れいのひと』でも確かめに?」

「や、えと……それもですけど……昨日、堤先輩、怪我されたんですよね……?」


 先ほど聞いたばかりの話なので、『変なことを言ってる』としかナージャは思えなかった。


「そうですけど……昨日、木次さんが治したんでしょう?」

「ふぇ?」


 樹里もまた『変なことを言っている』といった表情を作る。


「十路くんがそう言ってましたよ?」

「ややややや。知らないですよ。堤先輩、ギプスも包帯もつけたままじゃないですか」

「『羽須美れいのひと』を油断させるために、って。それも十路くんが」


 樹里の頭上に『?』が浮いている。ナージャもなぜ話が噛み合わないのか理解できず『?』を浮かべる。


「まぁ、確かめればすぐわかる話ですけど」


 どこかに消えていた『羽須美』も丁度、脇を通って戻ってきたので、話を打ち切って教室に入る。


「とっとと行くぞ」


 教室移動の準備をする十路の、近づくナージャへのぶっきらぼうさは、普段と変わりない。その態度に、唇を尖らせてしまう。


(あんなことしておいて……)


 彼女はうろたえ、落ち着くのに時間が必要だったのに、十路は普段どおり。きっと行為の最中もその後も、心を乱していないに違いない。

 八つ当たりかもしれないが、その余裕が気に食わない。


 なのでナージャは、十路の腕をギプス越しに殴った。最近の主流ではない石膏製なら粉砕したかもしれない、ロシア軍隊格闘術システマならではの重い打撃で。


「――痛ッッッッてぇぇぇぇッ!?」


 十路は、ひび程度とはいえ骨折箇所へダイレクトに衝撃を与えられたらこうなるだろう、と誰もが納得するくらいにしばらく七転八倒した。

 ナージャは廊下に戻り、端的に報告した。


「治ってないみたいです」

「でしょうね……」

「それで木次さん。十路くんよりもまず、わたしの頭をてもらえませんか……? 本気のグーで殴られました……」

「…………」


 タンコブが確定した頭を涙目で押さえるナージャに、樹里は『自業自得じゃないですか』とでも言いたげなジト目を向けてきた。

 そして次の授業まで時間がなかったので、彼女は誰も治療しなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る