FF0_0660 悪魔と悪魔と悪魔の愛弟子Ⅶ ~ジャザイール民主人民共和国 アハガル山地⑥~


「――――かはっ」


 背後上方から獣身を貫通し、毛皮の胸板を割って飛び出したものは、腹から生えた人体をも貫通した。

 途端、体の力が一気に抜けた。同時に生体コンピュータの機能が狂い、Lilith形式プログラムは強制的に停止させられた。

 それどころか、OSそのものまで停止させられた。《魔法使いソーサラー》ならば《魔法使いの杖アビスツール》と接続すれば当たり前に起動する、《ヘミテオス》ならば常時起動している、当たり前の第六感覚が全て停止した。ごく普通の人間と同じ五感以外に働かない。

 全身のアバター形成万能細胞も機能障害を起こし、本来の肉体を残して、追加増殖部分が勝手に自壊アポトーシスして白い塵と化した。中空に抱えられているような状態だった羽須美の体は、獣身が消滅してしまったので、地面に崩れ落ちた。


(どういう……こと……?)


 羽須美といえど、理解不能の事態だった。

 当たり前だった感覚や機能が全て失われ、普通の人間と同じになるなど、経験したことがない。しかも傷が再生されない。貫通傷を負った彼女は、重傷患者となんら代わりなかった。物語に出てきた槍と同じように、心臓を貫いて真っ二つにしてはいなかったが、血と内蔵があふれ出す致命傷だった。


 だが、この現象には覚えがあった。偽羽須美バエルのことを調べた際、この能力プログラムを持つ『管理者No.003』の記録も見た。


「な、《なでしこ》……?」


 羽須美は懸命に動かない体を動かし、うつ伏せから仰向けになり、背後だった場所を視界に入れる。幸いにも貫通したものは引き抜かれていたから、それができた。

 偽羽須美バエルを破壊した、油断した一瞬を突いて飛び込んできた人影が立っていた。やはり羽須美と同じ顔を持つ、似たような身軽な格好の上から砂漠迷彩のポンチョを着た『麻美の欠片』が。


 そのポンチョの裾から覗いているのは、長くゆるやかな螺旋を描くもの。夜闇で色を失った中では質感が変わって見えるが、ねじれ木のように固く尖って伸びていた。

 せいぜい木製の騎上槍ランスくらいにしか見えないが、羽須美はそれで貫かれたと、濡らす血潮が物語っていた。

 他人を変化させる願を持つ物語の王子のように、あるいは《ヘミテオス》として許されている特権が、一時的なりとも使えなくする権限剥奪REVOKEと持つ。

 出来損ないの神ヘミテオスを普通の《魔法使いソーサラー》にまで貶める。


「私が『麻美』よ」


 『槍』が消えた。変わりにポンチョを翻し、《魔法回路EC-Circuit》を纏う女の手の平が向けられた。


 強引にデータを回収するつもりか。

 わかったところで、重傷を負い、《魔法》を使えず再生も抵抗できない羽須美には、なす術なかった。


 しかし『麻美の欠片』はハッとした顔で、動きを止めた。


 同時に奇妙な音が鳴った。そこそこの高さから、硬いなにかが岩と衝突した後、震えるような余韻を響かせた。

 羽須美のすぐ近くに落ちてきた。棒高跳びの跳躍後か、槍投げの失敗を連想させる、震えながら跳ねる棒だった。


 一拍置いて、発射閃光マズルフラッシュが辺りを照らし、『麻美の欠片』に穴が穿うがたれた。



 △▼△▼△▼△▼



 地面に倒れる『羽須美』と、立っている『羽須美』。

 戦闘は終了したと判断して戻った十路が目にし、一瞬どちらが本物の羽須美なのか、またも迷った。


 《魔法》の機動力を併用して一気に突入し、ずっと持っていた《無銘》の柄を投げ出してわざと音を立て、《八九式小銃》の向けた。羽須美ならばこれで、なんの反応もしないはずない。

 薄々は予想どおり、ある意味では十路の予想外に、立っていた『羽須美』は驚きの視線を向けてきた以外、反応を遅らせた。


 中空で十路は、そのまま容赦のない連射を浴びせた。もちろん放つのは異なる《魔法》を付与した『魔弾』だ。

 偽羽須美は反応しようとしたが、命中前に指向性爆発を起こした《破片弾頭HEAB》の破片と、数発の《発射後軌道修正弾EXACTO》を命中させた。

 前転して着地のベクトルを受け流し、更に利用して十路は疾走する。弾切れの小銃はベルトに任せて手放し、腰から銃剣バヨネットを抜いて白兵戦を仕掛けた。


 偽羽須美バエルと羽須美の、怪物化した姿が、脳裏にチラついた。

 けれども今度は人型。しかも命中弾が血を噴き出させている。変身する前に、対処法を羽須美から授けられた。

 《ヘミテオス》が如何いかなる生物であろうとも、殺せない存在ではないと、戦意を衰えさせることなく銃剣バヨネットを振るった。


 刃が『羽須美』の右の肩口に食い込む。しかし返ってきた感触は、肉を切り裂くものではなく、そこそこ年をた樹に打ち込んだ時と似ていた。

 しかも『羽須美』はポンチョの陰で左腕を振るった。まだ小銃を手放しても接触状態だから機能している、脳内センサーの反応に、彼はアクロバティックに背後に倒れながら飛びのいた。

 仰け反った鼻先スレスレを、つる植物の集合体のようなものが広がった。その際、ベルトが肩から滑り落ち、小銃を取り落とした。


(コイツ、偽羽須美バエルじゃない?)

 

 ここに来てようやく十路は、相手が別の『羽須美』であることに気づいた。

 同時に吹っ切れる。いや戦意も思考も滞りなく、流したのと代わらない。


(やることは同じだし――)


 偽羽須美バエルよりも組しやすい。初撃でもそうだったが、戦い慣れていないことを感じる。

 ならばすぐに片付ける。羽須美は偽羽須美ヘミテオス対策でエレクトロン焼夷弾を作ったが、殺すだけならそんなものは不要だ。《魔法》なしで可能な、根拠不明の確信があった。

 側で羽須美が血塗れで倒れているのだから、一刻の猶予もならない。


(――れる)


 脳内でなにかのスイッチが入る幻聴を聞いた。あるいは逆に安全装置ヒューズが飛ぶ音か。冷徹に相手の動きと自身の動きを思い描き、トレースする。


 銃剣バヨネットを放り投げ、ポーチの手榴弾を手にしながら、手を使わずバク転する。よく手榴弾の安全ピンを口にくわえて抜く描写があるが、現実には誤爆防止で固く締められているので、両手を空けなければならない。

 両足が着地して即座、獣のような前傾姿勢で突進する。走りながらピンを抜いた安全レバーを飛ばし、時限信管を着火させた。


 四秒。

 今度は足元の岩盤を割り、帯状の《魔法回路EC-Circuit》が前触れなく飛び出してきた。羽須美の《軟剣》と同じ《魔法》だった。

 仮想の剣にも槍にも鞭にもなり、のたうつ蛇のように襲いかかる《軟剣》に対して、十路は足を止めない。


 三秒。

 変幻自在に操られる羽須美の《軟剣》を、十路は一度も破ったことはない。

 だが『羽須美』のものは操作性が甘かった。鞭になりうるなにがしかの反発力を感じたが、原子開裂機能のない部分を踏んでしまえた。羽須美相手ならば間違いなく仮想の刃を立てられて、カウンター的に足裏を切り裂かれるが、『羽須美』のものは平らな面を踏んで靴裏で干渉させて、一時的なれど動きを封じ、逸らすことができた。


 二秒。

 想定どおりの空間に、放り投げた銃剣バヨネットが落ちてきた。左手で受け取り、即座に振るって咀嚼そしゃく筋を斬り裂くと、『羽須美』の両頬がパックリ割れ、壮絶な口裂け女と化した。

 返す刀で、動きを修正し襲ってきた《軟剣》の切っ先に干渉させる。刃となる原子間結合開裂機能で銃剣バヨネットが半ばから断ち切られたが、十路が行動する時間を稼げた。


 一秒。

 『羽須美』の口内に、M67破片手榴弾アップルを叩き込んだ。肉を開いて口の大きさを広げても、顎と歯で阻まれるので、蹴りもくれて強引に食わせた。

 通称どおり小ぶりのリンゴほどもある物体を、丸呑みにできる人間などまずいない。『羽須美』はたたら踏んで数歩後ずさり、未知の体験に目を白黒させていた。歯茎に引っかかり、しかも《ヘミテオス》の再生能力が傷を修復しようとするので、吐き出すことができない。


 ゼロ。

 飛び退き姿勢を低くした十路の頭上で、散弾銃でスイカを撃ったように、『羽須美』の顎から上が綺麗に噴き飛んだ。映画のようなド派手な爆発力は、現実の手榴弾は持っていないとはいえ、それにしてもあっけない音で頭蓋を粉砕し、脳漿と血液の噴水に仕上げた。


 《魔法使いソーサラー》の相手は、《魔法使いソーサラー》にしか勤まらない。それが次世代軍事学の常識だ。

 そして《ヘミテオス》は、《魔法使いソーサラー》を凌駕する生体兵器だ。

 なのに十路は、傍目はためには容易たやすく、《魔法》を使わず出来損ないの神ヘミテオスほうむってしまった。


 ここが分岐点だったのだろう。

 彼が《騎士ナイト》と呼ばれ、その後の生き様を決定づけることになった――

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