FF0_0660 悪魔と悪魔と悪魔の愛弟子Ⅶ ~ジャザイール民主人民共和国 アハガル山地⑥~
「――――かはっ」
背後上方から獣身を貫通し、毛皮の胸板を割って飛び出したものは、腹から生えた人体をも貫通した。
途端、体の力が一気に抜けた。同時に生体コンピュータの機能が狂い、Lilith形式プログラムは強制的に停止させられた。
それどころか、OSそのものまで停止させられた。《
全身のアバター形成万能細胞も機能障害を起こし、本来の肉体を残して、追加増殖部分が勝手に
(どういう……こと……?)
羽須美といえど、理解不能の事態だった。
当たり前だった感覚や機能が全て失われ、普通の人間と同じになるなど、経験したことがない。しかも傷が再生されない。貫通傷を負った彼女は、重傷患者となんら代わりなかった。物語に出てきた槍と同じように、心臓を貫いて真っ二つにしてはいなかったが、血と内蔵があふれ出す致命傷だった。
だが、この現象には覚えがあった。
「な、《なでしこ》……?」
羽須美は懸命に動かない体を動かし、うつ伏せから仰向けになり、背後だった場所を視界に入れる。幸いにも貫通したものは引き抜かれていたから、それができた。
そのポンチョの裾から覗いているのは、長くゆるやかな螺旋を描くもの。夜闇で色を失った中では質感が変わって見えるが、ねじれ木のように固く尖って伸びていた。
せいぜい木製の
他人を変化させる願を持つ物語の王子のように、あるいは《ヘミテオス》として許されている特権が、一時的なりとも使えなくする
「私が『麻美』よ」
『槍』が消えた。変わりにポンチョを翻し、《
強引にデータを回収するつもりか。
わかったところで、重傷を負い、《魔法》を使えず再生も抵抗できない羽須美には、なす術なかった。
しかし『麻美の欠片』はハッとした顔で、動きを止めた。
同時に奇妙な音が鳴った。そこそこの高さから、硬いなにかが岩と衝突した後、震えるような余韻を響かせた。
羽須美のすぐ近くに落ちてきた。棒高跳びの跳躍後か、槍投げの失敗を連想させる、震えながら跳ねる棒だった。
一拍置いて、
△▼△▼△▼△▼
地面に倒れる『羽須美』と、立っている『羽須美』。
戦闘は終了したと判断して戻った十路が目にし、一瞬どちらが本物の羽須美なのか、またも迷った。
《魔法》の機動力を併用して一気に突入し、ずっと持っていた《無銘》の柄を投げ出してわざと音を立て、《八九式小銃》の向けた。羽須美ならばこれで、なんの反応もしないはずない。
薄々は予想どおり、ある意味では十路の予想外に、立っていた『羽須美』は驚きの視線を向けてきた以外、反応を遅らせた。
中空で十路は、そのまま容赦のない連射を浴びせた。もちろん放つのは異なる《魔法》を付与した『魔弾』だ。
偽羽須美は反応しようとしたが、命中前に指向性爆発を起こした《
前転して着地のベクトルを受け流し、更に利用して十路は疾走する。弾切れの小銃はベルトに任せて手放し、腰から
けれども今度は人型。しかも命中弾が血を噴き出させている。変身する前に、対処法を羽須美から授けられた。
《ヘミテオス》が
刃が『羽須美』の右の肩口に食い込む。しかし返ってきた感触は、肉を切り裂くものではなく、そこそこ年を
しかも『羽須美』はポンチョの陰で左腕を振るった。まだ小銃を手放しても接触状態だから機能している、脳内センサーの反応に、彼はアクロバティックに背後に倒れながら飛びのいた。
仰け反った鼻先スレスレを、
(コイツ、
ここに来てようやく十路は、相手が別の『羽須美』であることに気づいた。
同時に吹っ切れる。いや戦意も思考も滞りなく、流したのと代わらない。
(やることは同じだし――)
ならばすぐに片付ける。羽須美は
側で羽須美が血塗れで倒れているのだから、一刻の猶予もならない。
(――
脳内でなにかのスイッチが入る幻聴を聞いた。あるいは逆に
両足が着地して即座、獣のような前傾姿勢で突進する。走りながらピンを抜いた安全レバーを飛ばし、時限信管を着火させた。
四秒。
今度は足元の岩盤を割り、帯状の《
仮想の剣にも槍にも鞭にもなり、のたうつ蛇のように襲いかかる《軟剣》に対して、十路は足を止めない。
三秒。
変幻自在に操られる羽須美の《軟剣》を、十路は一度も破ったことはない。
だが『羽須美』のものは操作性が甘かった。鞭になりうるなにがしかの反発力を感じたが、原子開裂機能のない部分を踏んでしまえた。羽須美相手ならば間違いなく仮想の刃を立てられて、カウンター的に足裏を切り裂かれるが、『羽須美』のものは平らな面を踏んで靴裏で干渉させて、一時的なれど動きを封じ、逸らすことができた。
二秒。
想定どおりの空間に、放り投げた
返す刀で、動きを修正し襲ってきた《軟剣》の切っ先に干渉させる。刃となる原子間結合開裂機能で
一秒。
『羽須美』の口内に、
通称どおり小ぶりのリンゴほどもある物体を、丸呑みにできる人間などまずいない。『羽須美』はたたら踏んで数歩後ずさり、未知の体験に目を白黒させていた。歯茎に引っかかり、しかも《ヘミテオス》の再生能力が傷を修復しようとするので、吐き出すことができない。
ゼロ。
飛び
《
そして《ヘミテオス》は、《
なのに十路は、
ここが分岐点だったのだろう。
彼が《
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