FF0_0640 悪魔と悪魔と悪魔の愛弟子Ⅴ ~ジャザイール民主人民共和国 アハガル山地④~
《真神》に
だから奇岩が立ち並ぶ中で発生した爆発音は、
更には、なにか大きな物体が移動する音を聞いた。機械動力とすれば静か過ぎる、不整地では考えられない高速での接近だった。
やがて跳躍し、奇岩を超えて十路の視界に入った。巨体なのでかなりの落下衝撃だったはずだが、その着地は驚くほど静穏だった。
「……は?」
コラン・ド・プランシー著『地獄の辞典』の挿絵において、悪魔バエルは、一体化した巨大な王冠を被った男の首と猫とヒキガエルの頭部に、
だが降り立った異形は、類似性を持ちつつも異なっていた。
人間部分は女で、しかも首だけでなく腰まで存在している。腕は存在せず、肩口部分には縮尺が合わさった猫とニワトリの頭が生えている。下半身は完全に獣のもので、ウマ科動物とイヌ科動物の足が合わさって生えている。北欧神話の神馬スレイプニルのような八本足ではなく、前肢のみが蜘蛛の足のような放射状に配置されていた。
鶏と猫と犬とロバ。それはあの童話に登場する動物たちだ。ただし盗賊たちを驚かせるために組体操してタワーを作った程度ではない。完全に一体化した
「《ブレーメンの音楽隊》……?」
羽須美から聞いた通称の由来を、十路もようやく実体験として理解した。人の身部分だけでも倍近い大きさになり、
《ヘミテオス》を知らなかったから、超常の進化を全く理解できなかった。そして羽須美が事態に対し、必要以上に十路を関わらせようとしなかった理由も、こんな真相ならば当然と理解できた。
人獣が合わさった蜘蛛は、足を
事態が全くわからないながらも、十路は車上で背負った小銃を構え直し、再度脳機能接続を行った。
「――ぅぐ!?」
途端、脳裏に壮絶なノイズが走る。物理的な痛みなどないが、常人には理解できない、身の毛のよだつ違和感に思わず呻きが漏れた。
(あの
今度は《魔法》の発動阻害どころでははない。《
とにかく十路は攻撃を諦め、急接近してくる怪物から逃げるため、慌てて《真神》のハンドルを掴んだが。
「逃げんじゃないわよ!」
十路が動くより前に、爆音と呼んで差し
カバやゾウが
それに近いものを目の当たりにして硬直したところに、羽須美が
「十路は逃げなさい。巻き込まれたら死ぬわよ」
十路を見もしない。横顔は彼がそれまで見たことがないほど険しい。
しかし異形や事態急変に対する驚きは微塵もなかった。冷静に《
「マニュアルに切り替えるわよ。運転できないなんて言わせないからね」
「羽須美さん、なにする気ですか?」
「アレを消滅させるわ。いくら砂漠とはいえ、あんなトチ狂ったの野放しにできないし。私がしくじったせいだし」
岩盤に叩きつけられた
つまり行動が全く読めない。十路に突進してきたのも、ただの偶然なのか、なにか反応する要素があったのか、それすらわからない。
「
既存の軍事兵器では倒せない。
次世代軍事学の定説を語っているのに、羽須美は《無銘》の柄と、折れた刃とを、十路に向けて放った。それどころか、
言ってることとは裏腹に、彼女は完全な丸腰になった。
「得物は?」
「いらない」
「は!?」
「いいから早く逃げなさい!」
自殺行為としか思えない宣言に目を剥く十路に構わない。焦りを
「管理者No.003・衣川羽須美の権限において、セフィロトNo.5サーバーに命ず。許される最大限度のバックアップを」
一転静かに、誰へに向けたのか十路には理解できない言葉を呟き、右手の指を広げて上に掲げ、その先の空間に《
なにも知らなかった当時の彼には、《
「《
《
「起動!」
多少離れていたとはいえ、空気の壁を叩きつけられ、オートバイごとたたら踏んだ。《魔法》の光だけでなく、飛んできた小石や砂塵から腕で顔をかばい、十路はその瞬間に目をつむってしまった。
やがて風が止まり、
右手には、水平二連式散弾銃と剣鉈を合体させたような、奇妙で巨大な火器を握る。左手には、剣と称しても構わない刃渡りの狩猟ナイフを握っている。羽根で飾られたチロリアンハットをかぶり、ベストを着た、童話に描かれる狩人のような
ただし肉体は人間のものではない。背丈だけでも倍近い。余剰のエネルギーが体外へと溢れ、紫電となって毛皮から弾けている。顔は完全にイヌ科の猛獣へと変貌している。二足歩行している脚は一見逆関節になったようにも見える爪先立ちで体重を支えている。
元は力天使とも主天使とも言われる。ロビン・フッドの変形とも
それは、悪魔らしからぬ悪魔のような姿だった。
「あーあ……使いたくなかったんだけど……そうも言ってられないわね」
だが唯一、明確に違う。
巨狼の腹には、人体が生えていた。胸までめり込むような形で――否、童話でオオカミに丸呑みにされ、狩人によって腹を
「《赤ずきん》……?」
ダラリと下がったその両手には、グロテスクな銃が握られていた。右手のものは、人体模型のような。左手のものは、骨格標本のような。
窮地に
悪魔と悪魔が、童話と童話が、激突を開始した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます