《魔法使い》の過去/羽須美編

FF0_0000 赤ずきん


 まぁ多分、民俗学的には一番有名で、一番ワケわからない物語なんでしょうね。赤ずきんって。 

 日本で有名なのはグリム童話でだろうけど、作品として一番古いのはシャルル・ペローの童話集らしいわね。


 きっとシンデレラに並んで有名な童話。

 女の子がふらふら出歩いていたら、危ない目に遭うって教訓。


 だから元はかなりグロかったって言われてるわ。

 先回りした悪いオオカミによって、殺されたお婆さんの血と肉を、女の子はワインと干し肉だとして食べさせられてしまう。

 オオカミに食べられても、猟師に助けられるなんて下りもない。

 救いのない内容だったけれど、中世に女性や子供にも聞かせられる物語として、どんどん改変されたものが広まったらしいわ。


 哀れな哀れな赤ずきんちゃんは、騙されてひどい目に遭うだけ遭って。

 しかも、今となっては原形すら忘れ去れている。


 そういう部分は『麻美わたしたち』に似ているかもね。

 だからあのは《赤ずきん》だったのかしら?


 聞く話を聞く限り、あの娘はヒーローだったみたいね。女主人公ヒロインっていうより、英雄ヒーロー

 『バルバトス』の名に相応しい、悪魔らしからぬ悪魔。


 だから、あの娘が消えたって聞いた時は驚いたわ。

 しかも殺したのが、あの娘の弟子みたいな、非公式・非合法とはいえ未成年者の自衛官。信じられなかったわ。


 それからまぁ、巡り巡って今年になって。

 つばめが作った学校の、つばめが設立した私設部隊に、その自衛官を入れるっていうじゃない?

 しかも樹里ちゃんのかせとして。


 その選定する時に、私も立ち会って、しかもぶっ殺しちゃったから、認めないわけにはいかないのよねぇ……

 まぁ、樹里ちゃんも信用してる子みたいだから、そこはいいんだけど。


 問題は、リヒトくんなのよねぇ……

 ずっと誤魔化してたからなぁ…… 

 それが淡路島で顔合わせちゃうなんてねぇ……

 あーぁ、先のことを考えたら憂鬱……


 とりあえず、あの子とは少し話す必要あるわね。私も直接顔を合わせたのは、実質あの時が初めてだし。ほとんどは樹里ちゃんかつばめから聞いた話で、直接話したのは一言二言だし。

 これまで会わないようにしてたけど、あの子も《ヘミテオス》だから、これ以上の知らん振りもできないのね。

 この間、《セフィロト》にも入っちゃったみたいだし。


 《女帝エンプレス》の愛弟子たる《騎士ナイト》。

 《赤ずきん》が育てた《緑の上衣を着た兵士》。


 『こっち』の人間だから、今までできる限り真実に触れさせないよう、距離を置いてたけど……もう、そうも言っていられないわよね。



 △▼△▼△▼△▼



「や。私も黙ってたのは悪いと思うわよ? そこは認める。ごめんなさい」


 レストラン・バーの店内だが、日中の今、客はいない。仕込みの最中なのだから、店の外には『CLOSE』の札が出ているので当然だ。

 遠慮なく客席テーブルを陣取り、サラダに使う葉物の悪い部分を取りながら、女性は口を動かす。


「だけどね? どうして黙ってたかってことも、少しは考えてほしいの。そこはわかってくれる?」


 ランチ営業もしておらず、夜の店とはいえ深夜遅くまで開店しているわけではない。とはいえ客の都合で閉店時間が平気で伸びたりする、半分趣味みたいな店だ。

 後ろ暗い正体を誤魔化すための身分と隠れ家。いつ捨てることになるやもしれず、その時は未練なく捨てられる。彼女たちにとって、この店はその程度のものでしかない。


 とはいえ、客を迎える以上、できる限りのもてなしをと考えているも本心だ。だからこそレストラン・バーとなったのだ。趣味と実益を兼ねるだけなら、酒だけ豊富に用意しておけば、あとは少々の乾き物でもあれば充分なのだから。

 しかも今日は普通の営業ではない。なにせ突然長期の休業に入ったものだから、仕入先など関係各所に迷惑をかけている。なのでお詫びのための接待だ。

 なので普段は女性バーテンダーバーテンドレスとしてカウンターに立つ彼女は、準備時間の今、気合を入れて仕込みを行っているわけだが。


「やー……わかってたら、そこで伸びてないか」


 肝心のオーナーシェフである男は、荒い木床フローリングにうつ伏せになっていた。

 その側には牛刀が二本、転がっている。包丁とはいえ、日本のご家庭で一般的な三徳包丁と比べれば刃渡りは長く、少々物騒な印象を受ける。

 彼は立ち塞がる高い壁に挑み、そのような醜態を晒していた。


「オレは……行かなきャならねェ……!」


 しかし男は、再び立ち上がる。傷らしい傷は見当たらないが、歯を食いしばり険のある顔を悲痛なものにし、体に入らない力を振り絞る満身創痍の風情で。

 その姿はおとこだった。天敵たるライオン相手でも、守る者のために角を振りかざして突っ込む、野牛のような雄々しさを見せるおとこだった。


「あの小僧を……ジュリに近づくあの小僧をォォ……!」


 行動原理が、病気シスコンによるものでさえなければ。


「OK。だったら私を倒しなさい」


 軽く手をはたいて立ち上がった女性は、軍馬の気迫を発し、刃物に対して臆した様子なく素手で構える。胸の高さに手刀を作る、空手の掛け受けに似ているが、手の甲を相手に向けているのが違う。

 街角で行われれば、確実に警察が呼ばれる場面だ。しかしこの夫婦にとっては、まだ『じゃれ合い』や『夫婦喧嘩』の範疇はんちゅうに入る。


 仮想のゴングが高らかに鳴り響く。同時に床が大きく鳴り、ふたりは輪郭をぼやけさせて距離を詰める。

 襲い来る刃物を弧拳でいなす。手刀で流されたと思いきや、小さな軌跡で再度刃物は振るわれる。そんな攻防が幾度となく繰り返される。常人の動体視力では、とても追いつかない。ただシュバババババッと、なにかが高速で交錯しているのがわかる程度だ。


 拮抗は、硬いものを砕くイイ感じの音と共に、男の体が仰け反って浮いたことで終了した。手技に意識を集中させたところに、女が足を出したまま後方宙返りした。

 誰かがこの光景を見たならば、『K.O!』の幻聴を聞いたに違いない。すごく格闘ゲームのフィニッシュっぽかった。現実のサマーソルトキックなど、せいぜい相手の胸板を蹴って宙返りするのが関の山で、人間が浮く勢いで下から蹴り上げるなど不可能なのに。

 だが、片や首なし騎士デュラハンと恐れられたフリーの軍人。片や初源の《魔法使いソーサラー》とうたわれる者。超人同士の肉弾戦なので、これもまた現実となる。


「はい。お店の用意するわよ」


 顔面から床に落下し、動かなくなった夫兼店主に、華麗に着地した妻は、冷徹な従業員としての言葉を投げ捨てた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る