000_1010 少女の価値Ⅵ ~Leonhardt Manufacturing「Gunbus 410」~
「
先頭を走る、電気機関車の狭い通路で、作業着姿の『蟲毒』が独り言つ。
編成車輌の真ん中辺りで、なにか不穏な音がしたような気がした。彼女も列車のベテランというわけではないから、走行音の中での違いなどわからないが、もし騒音の中で聞こえたなら、なかなかの異変となる。
窓から後ろを見ても、わからない。後方には貨物車輌に載せられたコンテナがそびえ立っていた。曲がっている最中ならば、後続車輌の様子が見えただろうが、直線区間を走っていたため、ほとんどわからない。
「聞こえなかったかい?」
機関車内では、モーターを回す制御装置、ブレーキと連動したコンプレッサー、冷却装置などが積載されている。
機械の間にわずか存在する隙間に身を入れて、ぐったりと座り込んでいた、頭巾だけ取った『ニンジャ』が力なく首を振る。
「てかアンタ、辛いなら、後ろの車輌で寝とけばよかっただろ」
そんな様子に『蟲毒』が、心配なのかなにか不明な言葉をかける。
コゼットのせいで、彼はハエ叩きで叩かれる
「没有弁法...(仕方ないね)」
チラリと振り向き、運転席にいる作業服の男の様子に、変わった様子がないのを確認する。
なにか異変が起こっていたとしても、運転に影響するほどの事態ではないということ。
『蟲毒』は定期確認程度の何気なさで、無線機の電源を入れた。
後ろの客車では、全員が負傷しているとも知らず。
△▼△▼△▼△▼
《敵性A――活動確認 未無力化》
《未確認反応――確認》
《輪状甲状筋 モード:Electrophorus electricus》
《電荷収束――警告射撃として照射》
《雷閃.xxxxx――実行》
《未確認反応――接近確認》
《EC用MANA接続出力デバイス――確認》
《照合――セフィロトサーバーバックアップ遮断》
《管理者No.003権限――凍結解除》
《セフィロトサーバーバックアップ――再接続》
《照合――システムNo.0540067454確認》
《適合使用者――JP-00051》
《JP-00051――直接光学確認》
《システムNo.0540067454――生体コンピュータ接続》
《他、武装確認》
《攻撃の意思ありと判断》
《以降、敵性Bとして定義》
《敵性Aとの同時対処――困難と判断》
《敵性A――投棄》
《追加肢 モード:Serpentes――状態維持》
《追加肢00――敵性Bに警告攻撃》
《追加肢01――敵性Bに警告攻撃》
《追加肢02――敵性Bに警告攻撃》
《追加肢03――敵性Bに警告攻撃》
△▼△▼△▼△▼
蛇に捕らわれていた、《
列車走行音と風圧の中を泳いで、少女の背から生える蛇身四本が伸び、大口を開けて十路へと襲いかかってきた。
対して片手で小銃を発砲し、蛇の頭をふたつ、空中で正確に迎撃した。その間に近づいたものは
それが甘かった。蛇の形をしていたから、既存生物の常識に当てはめてしまった。
ライフル弾に吹き飛ばされ、衝突の相対速度でへしゃげた蛇の頭部が、一秒もたたず元に戻った。
(再生するのかよ……)
ほぼタイムラグなく再び襲い来る蛇たちに、十路を両手を空けた。《
異物に貫通されたままならば、さすがに対処のしようがないのか、銃剣に貫かれた蛇頭は変化がない。
だから両腕に巻いたベルト鞘からナイフを抜いた。襲い来る蛇の頭ふたつに、左右それぞれ手にしたナイフを上から叩きつけて、勢いのままコンテナまで突き刺して固定した。
残る自由な一本の噛みつきは、身を屈めてかわしながら、宙に浮かんだ状態の小銃を手に取る。再び生体コンピュータと接続し、機能が回復したと同時に《高周波カッター》を実行して
そこで立ち上がりながら、落ちてきたアタッシェケースを再び手に取る。
「……あー」
そして絶望未満、落胆以上した。
完全に切断された蛇の体は、塵と化して風に消えた。
しかしコンテナに貼り付けた二本の蛇は、頭部が真っ二つになるのも構わず拘束から抜け出した。更に縦に真っ二つになった蛇身と、輪切りにした根元の蛇身とが、内側からの発光を洩らしながら融合する。
(ここまで常識外れなのかよ……てか、どういう原理だ? まさかとは思うが……)
細胞凝固点を超えた温度を与えても、意味がなかった。四本の細い蛇身に支えられ、中空に浮かぶ巨大な魚顔に、十路はむしろ呆れた。頭部先端が著しく変形し、外側に大小の歯が並んでいることから、ノコギリザメの頭部か。
刃物のような鋭さはなくとも、独自進化を遂げた
弾丸に《
△▼△▼△▼△▼
《追加肢 モード:Pristiophoridae》
《敵性Bの攻撃により損壊》
《敵性B――最優先殲滅対象と設定》
《電荷収束――》
△▼△▼△▼△▼
「ケひッ」
「……!」
木次樹里だったモノが、
そのまま口を、顎が外れたのではないかと見まがうほど、大きく開ける。その口腔も人間のものと思えない、普通の歯と牙としか思えないものが生え揃っていた。
なによりも、喉の奥から、青白い輝きを盛らしていた。
(やっぱり《魔法》か!)
先ほどのものは、結局巻き添えか警告かはわからなかった。
だが次は間違いなく、直撃させる気で、高出力電子ビームを吐き出した。
十路はコンテナの上に立っていた。樹里はコンテナの残骸の床に立っていた。斜め上方、ごく短時間の照射で、上空へと消えてしまったため、詳しくは不明のまま終わった。
しかし《磁気浮上システム》と併せた突進で射線から逃れていなければ、胴体に致命的な穴が空いたのは、簡単に予想できた。
それに、かわした攻撃を気にする余裕もなかった。
樹里だったモノが、目前にいたのだから。十路の想定では、頭上を飛び越して反転・強襲するつもりだった。だから普通の人間なら気絶しかねない電磁加速で、コンテナから宙に飛び出した。
なのに行く手を塞ぐ形で、ソレも移動した。
初撃は、元右手の、オオカミの牙。頭をアタッシェケースで殴り、いなした。
二撃目は、元左手の、クマの爪。持ち替えた小銃の銃身で受け、なんとか逸らした。
三撃目は駄目だった。少女の体躯が空中で回転し、太い爬虫類の尻尾が振り落とされた。
「がっ!?」
破壊されたコンテナの床に、十路は叩き落された。
「ぐはっ――!?」
続けて落下してきた少女に、背を踏まれた。朝に顔面で受け止めた時とは、段違いの衝撃で、内臓破裂でも起こしたか、吐血した。
負傷の確認よりも前に現状打破だと、十路は背後へと片手で射撃する。しかし小銃の長い銃身では、掴まれて射線から簡単に避けられてしまう。
その際に圧力からは解放されたが、関係はなかった。すぐに胸倉を掴まれ、体を持ち上げられた。
少女の右
サッカーのシュート時のような動きに伴い、脱力した体は振り回され、空中で手放された。まだ原型を保っているコンテナの扉に、上下反対にまたも叩きつけられた。
危うく列車と列車の隙間から、頭から線路に落下するところだった。
「ごほっ!? げほっ……!」
頭も強打したが、意識が飛ぶほどではなかった。ただ呼吸が詰まったので、上下反対になったまま、高速で流れる枕木と砕石に吐血した。
車体底部、目前にあった電子機器の、LEDで表示された数字の光に、ようやく目の焦点が合った有様だった。
(《杖》なしで……《魔法》を使うだと……? あの、変身というか変態もか……? どんなビックリ生命体なんだよ、お前は……)
体が言うことを利かなかったが、このまま線路にずり落ちるわけにもいかないので、無様でも懸命に体を引き上げた。幸いにも吹き飛んだコンテナの残骸で、上下の向きを変える手がかりには困らなかった。
懸命に向きを変えて、尻餅をついて、コンテナ一個分の空きスペースを振り返った。
叩きつけられた際に離れたか、樹里の
しかし振り回された際に小銃が奪い取られた。
「グヒッ、ひヒっげひッ……」
それが放り捨てられた。十路と元少女との中間地点に落ちたが、遠い。とても負傷した体で飛びつき、攻撃できる距離ではなかった。
(どうやって倒す……? あのバケモノ状態でそんな真似ができるか知らんが、《
他人の負傷ならば冷静でも、いざ自分が負傷してそんな真似が可能か、現実は相当に怪しい。
しかし理屈の上では、《
少女はそれだと自分で言っていた。しかも理解不能の現象を起こしていた。
体を吹き飛ばしても、復活する気がしてならない。
対処するには、一撃で脳を破壊するか、首を
(四五口径とナイフが通用する……なんて、全然思えねぇ)
武装は脇の拳銃と、体の各所に装備した刃物しかない。
肉体が万全だとしても、人間の常識を超越した存在を相手取るには、不十分としか思えない。
確実を期すなら、高出力の《魔法》で、消滅させるくらいしか、対処を思いつかなかった。
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