000_0220 始まりは有無を言わさずⅢ ~ヒルクライム~


「高一って聞いた瞬間、変だとは思ったんだよ……」

『あぅ……』


 十路とおじがオートバイを運転しながら声をかけると、背後から無線越しにくぐもった少女の声が届く。

 樹里は、十路が被るフルフェイスヘルメットを、空間制御コンテナアイテムボックスに入れて持ってきていた。スピーカーとマイクが仕込まれ、運転中でも会話に困らない改造がなされていた。


 関わりのない車体とはいえ、彼がハンドルを握っていた。というか、十路が運転せざるえなかった。


「まさか、無免許運転で駅まで来るか……?」


 樹里が運転免許を持っていなかったから。


『だってぇ!? 急にですよ!? 急に『これに乗ってって』とか言って、見たことない《使い魔》が出てきたんですよ!? しかもそれがお迎えの時間ギリギリですよ!? 乗るしかないじゃないですか!?』

「いや、普通乗らないだろ」

『《使い魔ファミリア》運転するのって、やっぱり免許が必要なんですね……』

「当たり前だ」


 二輪車は通常、車両の排気量で原付・小型・普通・大型と区分される。しかし《使い魔ファミリア》は、エンジン車のように排気音を上げているが、実際にはバッテリーとモーターで動く電動EV車だ。その場合、モーターの出力によって原付一種・原付二種乙・原付二種甲・軽二輪と区分が変わる。

 十路は一八歳で大型二輪免許を取得――昔の言い方で限定解除しているので、関係なく運転できる。取得から一年以上経たないと二人乗りはできないが、一六歳から乗っているので、一般道なら問題ない。

 対して樹里は高校一年生、しかも早生まれの一五歳と聞かされた。原付免許の取得もできない。


(『見たことない』のに『やっぱり』だぁ……?)


 それとは無関係に、十路は内心で首を傾げた。

 逆を言えば、《使い魔ファミリア》自体は見たことも、動かしたこともあると、彼女は暗に言っていたのだから。


樹里コイツも《使い魔》乗りなのか……?)


 リアシートに同乗する様子からして、彼女はオートバイに乗り慣れている。カーブで体を傾けてアシストするなど、初心者はできないからすぐわかる。

 ただし、それ以上となると、納得はできなかった。

 《使い魔ファミリア》は高価で、珍しい。二輪車形状に限るわけではないので、個体差が激しいため、大量生産できるものではない。そもそも扱う人間が稀少な《魔法使いソーサラー》なのだから、ほとんどオーダーメイドになってしまう。

 大国での配備数でも、ようやく二ケタ程度のもの。

 なのに《魔法使いの杖アビスツール》に留まらず、民間組織が《使い魔ファミリア》を所有している。

 そしてただの女子高生が、《使い魔ファミリア乗りライダーとなりうる経験を持っているなど、普通は考えられない。

 疑問が尽きなかった。

 まぁ、一番の疑問は、免許がないから公道を走れない《使い魔ファミリア乗りライダーなど、聞いたこともないし、存在意義があるのかという話だが。


『あ。その交差点、左にお願いします』


 樹里の指示に従って、ハンドルを切る。新神戸駅から東に進んでいたのだが、これで北上することになる。

 十路にとって神戸は初めての土地で、当然土地勘はない。しかし方角と移動距離くらいは、風景を見ればわかる。でないとサバイバル訓練はともかく、僻地での任務で野垂れ死にしている。


 中心地から離れていくと、どんどん傾斜が生まれてくる。


「……なぁ、木次きすき、さんよ」


 苗字呼び捨てが十路のデフォルトであるため、少し呼び方に迷ったが、とにかく少女に呼びかけた。散々初対面で『お前』呼びして文句を言われた上で、年下女子高生に呼び捨てはなかろうと。


「俺たちが向かってるのって、山の中にあった学校だよな?」

『はい。そうですよ』


 神戸市は瀬戸内海と六甲山系に挟まれ、海も山も存在する。人口一〇〇万都市には珍しい地形だ。

 だから海に近い平野部を走っていても、山の中腹に並び立つ校舎群は、ビルの隙間からでも見えていた。


「見たところ、他に建物なかったと思うんだが?」

『そうですよ? ふもとは住宅地で、その上は学校しかありませんから』

「だったらこの路上駐車は?」


 坂道を上る道路の路肩には、大量の車が並んでいる。


「幼稚園から大学まである学校って言ってたよな? 大学の駐車場がなくて……ってわけでもなさそうだな?」


 追い抜いていく、坂道を徒歩で上る人々は、どう見ても学生ではない。年齢はその父兄だ。


『やー。今日は特別でして……』


 無線を使っているとはいえ、少女の声が空から響いた連続破裂音にかき消された。戦場の記憶が蘇った十路は、反射的に体に力が入ったが、当然兵器によるものではない。段雷だんらい――昼間に上げる音だけの花火だった。


 校門というか、通用口が見えてきたため、一連の事態がようやく理解できた。いや十路の常識とは異なるため、戸惑いが新たに生まれたのだが。

 掲げられていた『体育祭』の横断幕の下を通って、徐行運転で修交館学院の敷地に入った。

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