035_0110 【短編】修学旅行に必要なものは?Ⅱ ~スケジュール表~


「諸君! 喜べ! あたしも修学旅行に行くことになったぜ!」


 中等部二年A組におけるつつみ南十星なとせは、良い意味でも悪い意味でもムードメーカーである。


「サイフ落としたせいで、旅行には行けないものと諦めていたけど――」

「こないだ『その日は持病の突発性ウツボカズラ病の手術が』とか言ってなかった?」

「わたしが聞いた時は、『古代アンデス文明の遺跡に黄金像を探しに行く』だった」

「終わったことはもういい! マッシーくんが使用済みパンツ買ってくれたおかげで、行けることになりました!」

「うわ……サイテー」

「女の敵……」

冤罪えんざいだぁっ!?」


 良い意味では、文字そのままムードメーカーとして。

 中学生ともなれば男女差が明確になる。比べて早熟な女子は男子を子供扱いし、男子の側は妙な意識が働いて気恥ずかしくなり、なんとなく距離が生まれる。

 しかし分けへだてない彼女は、遠慮ない方法で男女関係なく巻き込んでいる。相手を見極めて方法を選んでいるのが憎たらしい。


 たとえば『マッシー』と呼ばれた少年のように。

 本名・真下ました勝利かつとし。髪も軽く染め、群れるのを嫌っている節があり、教室ではひとりでいることが多い。誰しもかかる中二わかい病を発症し、『オレは他と違うんだぜ』的に一匹狼を気取ってるとも思える。

 仲のいい者同士でコミュニティを作る普通の教室ならば、彼のような生徒は孤立するか、似たような者たちでつるむだろう。

 しかしこの教室では、南十星が巻き込むので、いじられキャラが定着してしまっている。


「修学旅行、堤君も来るのか……」

「え、なに? はんちょー的には、あたし行かないほうがよかった?」

「そうではない……でも、正直なところ、堤君がいると、苦労が何割か増えるだろうとは思う……」

「にはは。ドンマーイ☆」

苦労の元凶つつみくんに言われると、そこはかとなくムカツクんだが……」


 悪い意味では、とにかくやかましい。授業を妨害するようなことはしないが、部屋のデシベル数を上昇させる。取り締まる側からすると、小言が絶えず精神的に疲れさせてくれる。


 たとえば『はんちょー』と呼ばれた少年のように。

 本名・三枝さえぐさ公平こうへい。どちらかというと細面なのだが、既に並の大人を超える身長を持ち、『少年』の域を脱し始めている。品行方正が眼鏡をかけて歩いているような、典型的な優等生だ。親の仕事の都合で、今年の春に転入した生徒なので班長止まりだが、来期はクラス委員を務めているか、中等部生徒会長に選出されていそう。


「しゅ~がくりょこ~初たいけーん」

「オーストラリアの学校で行かなかったわけ?」

「グループ単位の体験学習旅行エクスカーションしか知らない。てか、クラスどころか学年全部で旅行って、世界的にはないと思うよ?」

「え? 修学旅行って、日本の学校しかしないの?」

「国とかガッコーによると思うけど、そもそもガッコーのキョーイク形態が違うんだって。あたしの場合、チューガッコーでも大学みたいに授業を選んでたから、何年何組って自分のクラスがそもそもなかったのさ」

「うわー、カルチャーショック」

「やっぱ旅館のテレビに一〇〇円入れて、隠れてエロいの見るのがお約束なんだよね?」

「古っ! 今どきそんなテレビ残ってるの?」

「あとやっぱ、こっそり風呂を覗きに行くんだよね!?」

「なにが嬉しくて女が男風呂を覗くのよ……」


 人前に出ることを嫌がらず、体育では率先して見本になり、ネイティブスピーカーなので外国人講師や英語圏留学生とも普通に会話する。ロングホームルームで行う会議では、音頭を取って意見を集める。途中転入なので役職はないが、リーダーシップを発揮し、クラス内の潤滑油として働いているため、単純に問題児扱いはされていない。


「出席取りまーす。堤さーん、席についてくださーい」

「へーい」


 悪い生徒ではない。入室した担任教師から注意されれば素直に従うのだから、手間のかからない生徒ではある。

 しかし、そもそも注意する破目になっているのは、場を騒がしくしている彼女のせいだ。

 手放しでは褒められないというか認めるのがしゃくで褒めたくない。とはいえ逆に叱るのも違うから責めにくい。だから彼女の兄と同じ精神的疲労と苦手意識を一部で抱かせる。


 なんにせよ、南十星は持ち前の明るさで、人並以上に充実した学生生活を送っている。《魔法使いソーサラー》と呼ばれる超人類であることは、クラス内で考慮されることなく。



 △▼△▼△▼△▼



 担任教師が出席を取り終わると、一時限目はロングホームルームであるため、そのまま話が続けられる。


「二日目の自主研修、行き先を今日中に決めて、予定表を提出してください」


 初等部の修学旅行であれば、団体行動でガチガチの予定が組まれているだろうが、中等部ともなれば、もう少し緩くされている。班単位、しかも半日間だけだが、生徒だけによる自由行動が認められている。


 話し合いは今回が初めてではない。生徒たちはすぐさま机を寄せ合い、班員同士で話し合う姿勢を作る。


「今まで出てる案は知ってると思うが……」


 南十星が所属する班では、『はんちょー』こと公平少年が口火を切りながら、議事録を広げて見せる。


「新宿!」

「原宿!」


 女子生徒ふたりは東京に関する雑誌を広げ、一歩も譲らないといった様子で口火を切る。


「お前らふたり、遊びたいだけだろ……」

「都会の人ごみに慣れるため!」

「渋谷は代々木公園とスタジオパーク、原宿は明治神宮があるじゃない!」


 言い訳であることは明白でも、論理武装は前もってなされていた。


「じゃあ真下は? わたしたちにケチつけるだけで、なにも意見出さないじゃない」


 これまでの話し合いでもこのような様子で、決めなければならないことがほとんど決まらず、今日まで来てしまった。

 公平少年は辟易へきえきしたように、口を開いていない人物へ振り向いた。


「堤君は? 修学旅行に行けるようになったなら、行きたい場所くらいあるだろう?」


 これまでは参加しないつもりだったため、班の話し合いに一切加わらなかった南十星は、腕を組んでりかえり、無駄な大物ぶりを発揮していた。

 姿勢そのままに、彼女は重々しく口を開く。


JEPSAジェプサ。あそこは外せない」

「初めて聞く場所なんだが、どこ?」

「秋葉原の日本発泡スチロール協会」

「……………………」

「はんちょー!? 発泡スチロールをディスってんの!? 断熱性・耐水性・緩衝性に優れている上に軽量! 輸送だけでなく建材としても大いに活用! ほとんど空気だから省資源! そんな優良素材をディスってんの!?」

「ディスってはいない! しかし熱く語るほどでもないし、わざわざ修学旅行で見る場所なのか!?」


 関係者に割と失礼な言葉で否定する公平少年を余所に、南十星はテンションを平常レベルにまで落として、スマートフォンの画面に表示した地図を見せる。当然授業中は使用を禁止されているが、今は情報収集の必要があるため、大目に見られている。


「ジョークはさておき。やっぱお台場ン中から選ぶのがブナンじゃね? メシ食うトコも買い物するトコも遊ぶトコもあるし。博物館とか見るところあるし。しかも最終日のホテル、浦安じゃん。デンシャ乗り換え一回で行ける」


 東京のカオスな路線図ダンジョンに、疲れた状態で挑むのを避ける意図は、班員たちにはピンと来ていない様子だった。だがタクシーを使わず安上がりであることに越したことはないと、反論もなかった。


 無言の同意だと判断した様子の南十星は、主には『マッシー』こと勝利少年に語りかける。


「オトコ連中、女子押しの新宿・原宿はキョーミないっしょ? かといって案も固まってないみたいだし」

「お台場も興味ねぇ……」

「実物大ガ●ダムあるじゃん」

「どうでもいい……」

「巨大ロボットはロマンだろ!? マッシー! それでもオトコか!?」

「通学路だから、鉄●二八号の前、毎朝通るし……」

「腕のひとつも飛ばせないヤツを、あたしは巨大ロボットとは認めん!」

「●ンダムも飛ばせねぇだろ!?」


 ロケットパンチは相変わらずアホの子のロマンらしい。同じ作者の作品でも、強力プレス手を放つ海戦用ロボットが出てくるアレはいいのだろうか。主人公機の陸戦用は指からミサイル止まりなのに。

 ちなみにローカルネタなので説明しておくと、大先生の出身地たる神戸市には、鉄人●八号の等身大モニュメントが存在する。原作マンガ連載当初はわずか三メートルほどと思われる描き方だが、ちゃんと巨大ロボットと呼べるサイズで作られている。


「んで。マジの忠告だけどさ」


 またもテンションを落とし、指をチョイチョイして班員の顔を寄せさせて、南十星は声を潜める。


「後でレポート書いて発表しなきゃなんないの、考えたほうがいいって。ゴンちゃん、普段はユルいけど、こういうことキビしいじゃん? ふつーの観光地行ってテキトー書いたら、ぜってー突っ返されるって」


 まずは他の女子たちに。完全おのぼりさん気分で、話題の店や観光地を巡りたいという思惑に釘を刺す。

 ついでに親指は壁際に。椅子を持ってきて校庭を眺めている二年B組担任教師、権田原ごんだわら響子きょうこは憂鬱顔でなにを考えているのか。地元に帰るたびに同級生が結婚している事実をグチる今年三二歳、実家で肩身が狭いことを憂いているのだろうか。


「あと、あたしは常に班行動なんてウルサイこと言わんけどさ? エリア絞って『はぐれた』って言い訳が効く範囲にしてよ? 東京二三区内ゼンイキ完全別行動でなんかトラブったら、さすがにマズいって」


 次は男子たちに。なにかと反論が多いので釘を刺す。一匹狼気質の勝利少年と、規律正しい堅物の公平少年では、方向性が真逆だが。


「選択肢が多すぎるのに、無理にひとつにまとめようとしてっから、いつまでも予定決まらないんじゃん。だったら大まかな制限つきで、その中でならご勝手にってするしかなくね?」


 南十星が一方的にまくし立てたが、全員納得できるのか、それ以上の反論はなかった。


「はい。んじゃそーゆーことで、お台場ン中の予定作ろ。日にちないから、団体ヨヤク取れるか怪しいところはキャッカ。予定ぶっち班行動ぶっちで遊ぶにしても、最初だけは全員で真面目におベンキョー。これだけはゲンシュ」


 ならばと手を打ち合わせると、班員たちは各々の方法で情報収集を開始する。

 やや静かになったのを確認し、公平少年が小さなため息をつき、南十星の顔を見てくる。


「……堤君が言い出すと、話がまとまるんだな」


 少し不本意そうな声音だった。目の当たりにすれば、彼が『自分は班長の役割をこなしていない』と自信をなくすのも無理ないだろうが、南十星の意見は違う。


「そーゆー部活してますんで。嫌でも鍛えられるのだよコレが」


 総合生活支援部は、所属部員が半分裏社会の人間である《魔法使いソーサラー》にも関わらず、公的に存在を認められ超法規的な活動を行う、社会実験チームだ。

 だから書類に関しては、学生レベルではないものが求められる。《魔法》を使えばレポートを提出。警察・消防・自衛隊に協力すれば報告書を提出。行動が適切でなければ始末書を提出。書き方がなってなければ部長の雷(たまに+ゲンコツ)が落ちる。落雷を避けようと思えば、それなりの心構えと技術が必要となる。

 そして社会実験とは、結果が想定ができない、あるいは想定どおりの結果になるか、実際試してみようという行為だ。なにかあれば問題点を自分で洗い出し、対応策を自分なりに考えて行動せざるをえない。

 これだけならば、現場仕事も書類仕事もできて即断即決即行動する、デキるサラリーマンのようにも聞こえる。しかし現実には、軍事兵器としての生き方を否定するために、学生として必死で適応するしかないだけだ。


「堤君が班長をしたほうがいいんじゃないか?」

「ダメダメ。あたしにリーダーやらせんの、ぜってー間違い」


 加えて、南十星はアクセルしか持たない。無責任無差別にあおるのは上手いが、鎮めるのは話にならないと、彼女自身理解している。

 最初、口を出さなかったのもこれによる。壊れた自動車は動かすべきではない。動かさなければなくなったから、わざと荒れた場に突撃し、障害物をなぎ倒すことで減速し、多少デコボコでも道ができた。

 彼女自身が先ほど言ったとおり、『大まかな制限つきで、その中でならご勝手に』にしてしまい、誰にとっても妥協できる結論かもしれないが、方法が強引すぎる。


「あたしが好き勝手言えるのは、はんちょーがいるからだよ?」


 だからブレーキやハンドル役が必要になる。責任感の強い部長であったり、保護者役の兄であったり、公平少年のような存在が。


 公平少年は、南十星の幼い無邪気な、それでいてどこか大人な微笑をまじまじと見つめて動かない。頬が徐々に紅潮していく。

 遅れて自覚し、彼は視線を少女の顔から引き剥がし、照れ隠しの咳払いをする。


「あとみんな、携帯電話の番号とメールアドレスを全員で共有できるようにしてくれ。持っていない者は学校で一括で借りるから、申請を忘れないように」

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