050_1720 刮目せよ、これが二一世紀の《魔法使い》Ⅲ~多才力~


 市民の防衛拠点は、東遊園地から移動していない。

 存在そのものは周知されていても、実情は明かされていない《魔法使いソーサラー》たちが、劇として人前に出る。そんな誘起作戦で、一箇所に市民を集めることに成功したのだから、動かすはずはない。周辺にいた市民も、ここに避難誘導している。


「はぁ……! はぁ……!」

「もう、少しだ……!」

「まだ追ってきてるぞ……!」

「逃げるしかないだろ……!」


 核シェルターのような完全密閉・強固な場所でもない限り、半実体の《死霊》はどこへでも入り込める。なのに安全地帯となっているのは、完全な屋外だ。敷地に撃ち込まれた《棺桶エクスデス》は、早々に排除したが、あれは《魔法使いソーサラー》五人と《使い魔ファミリア》が集合している時だったからだ。

 今、支援部員たちはバラバラに活動している。しかも人口密集が上がっている地点への攻撃が、一度や二度で止むはずはない。なのに、実質ひとりの《魔法使いソーサラー》だけで、民間人の防衛に成功している。


 それが可能な理由のひとつは、周辺道路に大量設置されたポリバケツだった。

 きっと街中でも見たことがあるであろう、人が入れる業務用それには、大量の水が入れられ、支援部員たちが作った小型の起爆装置が付けられている。

 学生たちがそれと知らずに作ったものなので、無線起爆装置としては単純なものでしかない。だが近くにいる《魔法使いソーサラー》が、適切な操作をしているため、充分に避難の援護に使われている。

 ポリバケツが破裂すると、当然の大量の水が飛び散る。すると市民を追っていた《死霊》が飲み込まれ、次の瞬間には、


 支援部員が考えに至った《死霊》の弱点がこれだった。強襲上陸作戦に使える戦闘用ゴーレムが、まさか雨や波しぶき程度で使用不要になるとは思えない。だが瞬間的には自然降雨でありえない水量を、全体にかけられれば、話は変わってくる。

 《死霊》が粒子の集合体ならば、動かすのに大した力は使われない。しかし水に濡れると、表面張力で他の粒子と結びついて重くなり、動かすのに必要な力が数十倍に跳ね上がる。

 単純に出力を上げれば済むという問題とも思えるが、彼らはそれはできないと踏んでいた。

 CGで数百数千の鳥や魚を動かそうとしたら、とんでもない処理になるのは、コンピュータの素人でも予想できる。しかし『群れ』として処理すると、驚くほど簡単なアルゴリズムで自然に動かすことができる。条件を変えれば動きの模倣だけでなく、アリやハチ、細菌のコロニーのシミュレーション――コンピュータ上の人工生命体にも使用されている。それが《死霊》にも使われている群制御SIだ。

 群れを天敵に丸呑みされるような、大絶滅を前提に組み込むものではない。仮に想定されていたとしても、ある程度数を増やし、群れとして回復しないと、全体的な機能は不十分のままだ。

 だから《死霊》は、大量の水で対処できる。大量の《ゴーレム》を同時操作している最中に、一体だけがそんな被害を受けた状態であれば、さすがに術者ソーサラーが介入して臨機応変な対応をするのは無理がある。


「おいおい……ここ、本当に大丈夫なんだろうな?」

「でも、実際に人が集まってるし……」

「でも、どうやって入ればいいんだ?」

「突っ切るしかないんじゃないか……?」


 そしてウォータースクリーンが、東遊園地を避難地域にできる理由でもある。舞台を大勢の観客に見せるため、四方に展開されていた水の幕は、触れた《死霊》を『洗い流す』。もちろん上空はがら空きで、《死霊》の侵入に対処は必要だが、高さ二〇メートル近くまで吹き上げる水の防護壁が、あるとのとないのとでは大違いだ。 

 電力が確保されポンプが稼動し続けている限り、彼女は時折背後を気にかけるだけでいい。


「!? なんだ、今の音?」

「こっちも本当に安全なんだろうな……?」

「でも、他に行くとこなんてないだろ……街中死霊でいっぱいなんだし……」


 轟音で空気と地面もかすかに揺れる、その原因を、彼女は防ぎ続けている。

 建物の屋上をテンポの遅い移動をする、金髪碧眼の彼女。服装は街行く女性のものと大差ない。だが宗教的な権杖ジェズルを連想する、精緻せいちな装飾がほどこされた杖を掲げ、人々を守る姿は、神々しさすらただよう。



 △▼△▼△▼△▼



『そちらに避難した市民、収容したでありますか?』

「なんか直前で足止めてますけど面倒みきれるかクソォォォォッ!?」


 ただし当人には取りつくろう余裕はない。誰も近くおらず、時折響く音でかき消されるのを幸いに、遠慮なく王女の肩書きを裏切る汚い言葉で無線に怒鳴っている。


「だーかーらーっ! 余計な攻撃マネしてくんじゃねーっつーの! しかも――」


 初撃があっけなく対処されたからか、海の《トントンマクート》から直接攻撃されている。ミサイルはもちろん榴弾であっても、電子機器が使われている。いくら金属で覆われていても、核爆発時に匹敵するほどの強電磁波を放てる、汎用電磁パルス発生術式プログラム《グリムの妖精物語/Irische Elfenmarchen》の電波照射にさらされれば、誤爆する。

 単純な徹甲弾ならば、防ぐのは難しい。分解しようにも速度が速く、質量もあり。


「船が分裂するなんてふざけんなぁぁぁぁっ!?」


 しかも最大から発射されるのだから。

 《トントンマクート》は可潜戦艦で、いまだ全様を現しておらず、目視での確認はできてない。ケーブルを無人航空機UAVは海面上にあるが、艦体そのもの直接視認はできない。

 だが状況から考えて、他に考えられない。五胴船ペンタラマンなどという意味不明の艦体構造をしていたのは、こういう理由だと。


 そうなれば『盾』に頼るしかない。東遊園地は、ビジネス地区にある。すぐ側に神戸市役所本庁舎一号館、関西電力ビル、神戸商工貿易センタービルなど、背の高い建物が建っている。もちろんそれらの建物は、事前に避難が完了している。

 これだけの巨大建造物となると、並の砲弾やミサイルならば、直撃しても一撃で倒壊することはない。しかも《魔法》で破損した端から修復していけば、市民を守り続けてくれる上、消費電力節約にもなる。


部長ボス。避難した民間人の中に、まだ《ゴーレム》が混じっている可能性であります。そちらの対処も』

「発狂させる気かぁっ!?」


 無線の声に彼女は半泣きで怒鳴り返しながらも、ビルを飛び越え、公園を見下ろせる場所に移動する。


「堤さんが劇に引きずり出した《ゴーレム》でも、かなり高度にカモフラージュしてましたわよ! ンな状況で間違い探しの余裕ねーですわよ!」


 返事しながら見下ろす広場は、大混雑している。すし詰めと呼べるようになるまでは、まだ多少の余裕があるが、相当の人数を収容している。

 確かに《魔法》で人間に紛れた《ゴーレム》が、劇中で破壊した一体だけとは限らない。だが、青年が指摘する懸念まで手が回らない。

 一端であるとはいえ、彼女は《死霊》《ゴーレム》《トントンマクート》全てにおける、敵性 《魔法使いソーサラー》の凄まじい並列作業を見せ付けられている。なんとか必死で食らいつこうとしているが、これが完全に手に終えなくなったら、糸が切れて泣きだすかもしれない。


『確実ではないですけど、手っ取り早く見分ける方法がないわけではないであります』

「ア゛!? なんですのよ!?」

『相手が想定してない事態を起こしてみればいいであります』

「そーゆーことですのね!」


 少女が言いたいことは理解できた。おあつらえ向きに、海からなにも考えていないような『盾』への衝突コースで砲撃された。彼女は話しながら迎撃の《魔法》を準備していたが、相手の予想を裏切るために、《魔法回路EC-Circuit》の形成をキャンセルする。

 破壊された建物は、ガラスまでは修復していないため、榴弾はビルに障害なく突入する。床か天井かに衝突すると、信管が作動し炸薬が点火し、内部で爆発する。

 東遊園地の真上となる場所で、ビルの壁面が吹き飛んだ。悲鳴をかき消す轟音と共に、粉塵と破片が飛び散る。同時に《魔法》で壁面を破壊し、実際の爆発以上に壁面を吹き飛ばす。


『建物が崩壊しますわ!』


 そして拡声して警告して、屋上から飛び降りる。ジーンズなので下着の心配も、激突死の心配もない。

 距離が離れているので、脳内センサーが把握しきれないが、市民はきっと上を見上げて、しているだろう。粉塵を突き破り、自分たちを押し潰そうとする、コンクリート片が降ってくるさまに。

 しかし実際に人々を害する直前に、瓦礫は青白い《魔法》の光を帯び、微細な粉末と化した。巻き込まれた人々は汚れ、咳き込む以上の被害はない。


 彼女は重力を制御して落下速度を殺し、人々の隙間に降り立ち、風を渦巻かせ粉塵を吹き飛ばす。

 多くの市民たちはきっと、恐怖に身をすくませて、なにが起こったか理解していない。突然目の前に現れたように思う、自分たちを守ってくれた《魔法使いソーサラー》に、反応を迷わせる視線を送る。

 彼女は構うことなく、《魔法》がなくても青い、清涼とした瞳で人々を観察した。


(対象は三二人……とっさに反応できる人間は、二割未満とか聞いたことありますけど、それ以上に分別できましたわね)


 《ゴーレム》ならば、なにも対応する必要もないため、この方法で見分けがつかない可能性も想定できた。だが現実には、そうでもなかった。

 腰を抜かしたよう倒れた者。子供を胸にかばい背を向けた者。飼い犬にリードを引っ張られた者。ウォーターカーテンの向こう側に逃げた者。赤外線放射分析サーモグラフィ、放射線イメージング、電界、磁気、ガス濃度検出。《魔法使いソーサラー》だけにしか扱えない多機能センサで、初期位置から大きく動いた者を順々に眺めれば、選択肢から消去していくことができる。


 確認が終了すると、彼女は無慈悲に装飾杖で地面を突く。すると石槍の群れが生え、ひと際大きく逃げようとした老人を、男を、女を、足元から串刺しにして宙に浮かべた。

 突然作られた無残な光景に、人々は反射的に恐怖の悲鳴をあげるが、流血は一切ない。正解を確認し、彼女も内心で胸をなでおろす。


『……なんでわかったの?』


 人間ならば即死のていのまま、ありえない角度と動きで首を巡らせ、三体の《ゴーレム》が一斉に口を開いた。姿に関係のない、高音トレブルの少年の声で。


「《魔法使いの杖アビスツール》を内包した《ゴーレム》は、自律行動に任せて、無線操作は極力排除」


 女性は波打つ金髪を憂鬱ゆううつそうにかきあげて、今までの激情を鎮めてから、少しだけ王女の仮面をかぶった口を利く。


「生物細胞で《魔法》実行時の電磁波を遮断し、人間らしい生体反応に見せかけていましたけど、じっくり見れば違いはわかりますわ。心音と血流、骨と臓器がないのまでは、さすがに誤魔化せないみたいですし」


 言葉を切り、彼女は人口密集地で《魔法》を多重実行する。脳内フォルダから解凍した術式プログラムは、今までも今日だけでも、何度も使った《ガルガンチュワ物語/La vie tres horrifique du grand Gargantua》。ただしこれまでと違い、時間をかけて形成させ、人々が発動範囲から逃げたのを確認してから、巨大な拳を作り上げて。


「しかも訓練もしてない一般人は、まず落下物に反応できませんわよ」


 唸りを上げる勢いで腕を成長させ、石槍で貫かれ宙で固定された三体の《ゴーレム》を殴り飛ばす。

 しかし遅かった。人が立っている地面を変形させ、市民ごと天空に飛ばすわけにはいかなかったため、《ゴーレム》が粒子と化す間を与えてしまった。人体よりも遥かに硬く軽い《骨杖》を、窪地くぼちとなったビルの谷間から弾き出すには、力のかけ方が大雑把おおざっぱすぎる。大して飛ばずに地面に刺さり、避難区域内で《死霊》が発生してしまった。

 《グリムの妖精物語/Irische Elfenmarchen》で一気に《死霊》を駆除しようとすれば、人々を巻き込む至近距離だ。かといって群知能SI応用半実体インパクトクラッシャー《魔女に与える鉄槌/Malleus maleficarum》で砕くには、広範囲に散ってしまっている。


(仕方ねーですわねぇ……!)


 行儀悪く舌を打って、彼女は防衛の切り札――その一枚を切る。


「ゾシモス!」


 装飾杖が発光すると同期して、地面に落ちていた、人々が手にしていたパンフレットが、《魔法回路EC-Circuit》を形成した。

 まずは市民が持っていた携帯電話、スマートフォン、時計、カメラといった電子機器が火花を上げる。順調だったポンプや発電機の駆動に異音が混じり、生きていた照明も明滅する。

 そして剣や槍を振りかざし、悲鳴を上げる人々を頭上から襲おうとした《死霊》が、一斉に吹き飛んで消滅した。同時に支援部員たちの写真を載せていたパンフレットは、小さな炎を上げ、手にしていた人々から別の悲鳴も上がる。

 手作りのパンフレットには、彼女のもう一基の本型

魔法使いの杖アビスツール》《パノポリスのゾシモス》のページを貼りつけていた。極薄集積回路であるそれに、あらかじめ術式プログラムを記憶させ、一斉にエネルギーと命令を与えることで、強電磁波を発生した故の現象だった。ページ一枚では《魔法》の発動に耐えられず、至近距離でなければ意味がない出力しか出せないが、一度限りの『護符』として機能してくれた。


「切り札をひとつ、使ってしまいましたわ……これでこっちは、もっとキツくなりますわ」


 ひとまずの危機は逃れた。部員たちに報告しながら、自爆されかねない残った《骨杖》を、《電撃戦/Erinnerungen eines Soldate》の電磁投射で上空に発射して捨てる。

 まだ終わっていない。《ゴーレム》の操作で間が生まれたかもしれないが、散発的な砲撃が再開されたため、この避難地域を守らないとならない。


 ワールブルグ公国第二公女。修交館学院大学理工学科二回生、コゼット・ドゥ=シャロンジェ。

 《魔法使いソーサラー》としての彼女を端的に言い表すと。多才。

 七ヶ国語を操り、留学生の多い学校では通訳として頼りにされる。論文博士とはいえ、一分野は修了している。《付与術士エンチャンター》と呼ばれる特殊技術者でもある。《魔法使いソーサラー》としても優秀で、多分野にまたがる多彩な能力を持っている。

 誰もが認める美貌と優秀な頭脳を持ち、家柄までも特別な彼女を、人は完璧な人間だと称するだろう。

 しかし違う。彼女にしてみれば、足りない力をつけるため、努力した成果でしかない。むしろまだ足りないとすら思っている。

 『悪魔』とののしられる特別であるがゆえ知識ちからがなければ、彼女は外の世界に出ることがかなわなかったから。力がなければ彼女は今頃、しがらみの中で飼い殺されていたかもしれない。

 だからこそ、彼女は戦う。普段は威厳なく憂鬱ゆううつそうに昼寝していても、仮初かりそめでも自由が保障された縄張りをおかす者は、決して許しはしない。


 うるさい蝿蚊を叩き落す獅子の爪を振るうため、彼女は重力を制御して、ビルの屋上へと飛ぶ。

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