050_1030 炭火に語りてⅣ~クリミア問題徹底解明~


 ロシアは、アメリカの一極支配を打破しようと。

 アメリカ・ヨーロッパは、ロシアが力を持つことを防ごうと。

 そんな外交・政治闘争が代理戦争のような形で発展したひとつが、クリミア紛争と呼ばれる。


 黒海に突き出すウクライナ領・クリミア半島は、前述のロシア系住民が多い。そこで当時の親欧米政権への反対運動が過熱し、武力衝突にまで発展した。

 歴史的には珍しいことではないが、この紛争が特殊なのは、ウクライナ軍と、ロシア軍と思われるが正体を隠した『謎の武装集団』が衝突したことだ。

 ちなみに、この事件だけではロシア勢力が悪どく感じるが、それ以前に親欧米派は親ロシア派の主張を、無理矢理に黙らせた過去もある。第三者的にはどっちもどっちな、善政であれば政権の主張など気にしない普通の市民には、悲惨な出来事だろう。

 結果として親ロシア勢力が半島全域を掌握し、新たな国としてロシア共和国連邦に編入しようとした。しかし世界的には容認されておらず、最悪第三次世界大戦に発展するとも言われる問題がくすぶっている。


「ずっと追ってたんだろうけど、その頃アメリカ軍は、フォーちゃんがウクライナに潜伏してると掴んだ」

「どうしてそんな場所に隠れてたんですか? アメリカなフォーさんが、ロシアのお膝元にいたら、問題が起きてすぐ見つかりそうですけど」

「本当のところは当人から直接聞いてほしいけど……自分を守れる力があるなら、混乱してる国って、身を潜めやすいしね。そんなところじゃない?」


 支援部に送られてきた過去の依頼メールから目を外し、また十路とおじが視界の隅で確認すると、野依崎のいざきは作業の手を動かし続けている。

 つばめの説明に間違いがあれば、口を挟む気がするから、そのとおりなのだろう。


「だけど潜伏場所を察知して、アメリカ軍はフォーちゃんを捕まえようと動いた。シーブリーズ演習の時、そのための戦力が一緒に派遣されてて、秘密裏に作戦行動を行った」


 アメリカ海軍とウクライナ海軍が黒海で主催する、北大西洋条約機構NATO第二常設海洋グループSNMG2艦隊合同演習。それをシーブリーズと呼ぶ。

 定期的に開催されているのは、ロシアへの示威じい牽制けんせいだろう。紛争近辺の時期ならば尚更だと、うろ覚えの記憶をさらった十路は思う。


「その時、今回と同じように《墓場の男爵バロン・シミテール》が投入されて、一般人にも多数の犠牲者が出た……でいいかな?」

イエス


 つばめが確認を取ると、ようやく野依崎は明確な肯定を示し、手を動かしながら追加する。


「当時自分は、ウクライナの首都・キエフに潜伏していたであります。非合法イリーガルに情報屋のようなことをしたり、ネットワーク・セキュリティ・コンサルティングの真似事で生活していたのでありますが……それでアメリカ軍にバレたのであります。東部では戦闘状態、中部のキエフでも、反政権デモ隊と治安機関がたびたび衝突を行っていた時期、まぎれて自分の鹵獲ろかく作戦が決行されたのでありますよ」

「キエフって、かなり内陸ですよ? 海軍演習と一緒に戦力派遣って変じゃないです?」

「《男爵バロン》の都合であります。のちの調査で判明したのでありますが、主戦力は別途秘密裏に派遣された特殊部隊デルタフォース。奇襲に失敗した場合、黒海上の《男爵バロン》が支援という形で配置されたのであります」


 言葉に妙な引っ掛かりを十路は覚えた。説明は充分に納得でき、なにも問題ないはずだが、違和感がある。

 一時手を止めて考え、思い至る。


(それ、俺だけが聞いてる、他の連中は知らない話じゃないか? っていうか、本気で建造したのか?)


 詳しくは後で訊けばいいと思い、説明に割り込むことはしない。そして、ナージャ相手にそういう言い方をするということは、イレギュラーが発生したということだから、口を挟むべきでもない。


「しかし《男爵バロン》が命令を無視し、独断行動を行ったのであります」


 十路の予想通りに、野依崎は続ける。


巡航ミサイルタクティカル・トマホークと共に、《エクスデス》――本日も使用された、棺桶形状の特化型 《魔法使いの杖アビスツール》を発射。ミサイルは目くらましダミーで、全く異なる方向に飛行するのを察知したでありますが、自分は不審を覚え、隠れ家を脱出。危うく難を逃れたのでありますが……」


 そこで彼女は、不自然に言葉を途切れさせた。不審を覚え、顔を上げるほどの間ではなかったが。


「……操作された《エクスデス》は、高度な匍匐飛行NOEで接近し、隠れ家に着弾して自爆。破壊規模は大したことなかったものの、作戦開始直前のを全滅させ、更に近隣住民にも一〇名余りの死傷者が……しかもそれだけに留まらず、ダミーのミサイルは民間機を補足ロックして発射されたもので、直撃して撃墜。乗っていた乗員乗客全員が死亡したであります」


 たきぎと違って炭はぜないので、息を呑む音が大きく耳に届く。十路も手を止めて今度は顔を向けると、既知であろうつばめ以外、全員がまた顔色を変えていた。

 いち早く立ち直ったのは、ナージャだった。


「その事件、紛争ケンカしてる勢力が、お互い相手がやったって主張して、結局親ロシア勢力の仕業ってことになったと思いますが……キエフ市内のは、爆破テロのどれかかもしれませんから、ハッキリしませんが」

「情報操作の結果であります。アメリカ軍も想定外で、面食らったこと確実でありますし、証拠を隠滅して政治利用したのでありますでしょう」

「なぜ敵方の子は、民間人どころか味方まで、皆殺しにするような真似を?」

「真相は不明でありますが……なにも考えていないから、ではないかと」

「ほえ? なにもって?」

「目的以外はどうでもいい。民間機撃墜は、実際航行している機にロックして撃つのが、単に手っ取り早かったから。街中での爆破は、自分は交戦することなく逃走したため、手っ取り早く証拠隠滅するため……と、自分は推測しているのであります」


 部室前の広場に、三度みたびの沈黙が訪れる。

 事実だとしたら、あまりにも危険すぎる。幼く無知だから残忍になれる子供が、大きな力を持った時の反応そのままだ。

 支援部員も世論で非難される際、そんな危険視をされるが、部員たちは力を持つ責任を理解している。万一心変わりして人道に反したとしても、なにか目的を持っているはずだ。無知だけで人を害するなど、もうできない。


「あたしたち、ジコセキニンで《魔法》使えるけどさぁ、フツーそうなってないんしょ?」


 南十星が何気なさそうに、プチトマトを口に放り込む。

 同様の疑問を十路も抱いた。《魔法使いソーサラー》の運用で、暴走の懸念は当然存在する。だから上官の許可が下り、機械的・電子機器的な安全装置が解除されないと、《魔法使いの杖アビスツール》は使えないシステムにするのが普通だ。支援部では社会実験チームの特性と、上官つばめの意向で、常に解除状態だが。


「もちろん作戦であることも考えられ、真相は不明でありますが……」


 だが、違うらしい。片鱗でも推論の根拠を、野依崎は掴んでいるのだろう。

 今日のことを思い出せば、別段不思議はないと思えてしまう。七海子を名乗ったあの《魔法使いソーサラー》は、白昼堂々戦闘を挑んできた。目立つことが作戦上の目的ではなく、ただ野依崎だけを目的として。


「それまでも自分は、問題発生を予見すると、本拠地を移していたでありますが……あの一件で、逃走に限界を感じたであります」

「なして? なんか違うん?」

「自分の鹵獲ろかくに兵力を派遣し、実力行使に至ったのでありますよ? 本気になった世界一の軍事大国相手で、たった一人で立ち回るなど、不可能であります。しかも当時、《魔法使いの杖アビスツール》の制御権は、向こうに存在。正面切って交戦するれば、敗北必至であります」


 逆を言えば、それまでサイバー戦のみで、野依崎は逃亡生活を続けていたことにいなる。

 彼女は自分の力を理解している。《魔法》が使えない《魔法使いソーサラー》が、どれほど脆弱ぜいじゃくであるか、知らないわけはない。

 それでも尚、強権からあらがい続けた。

 選択が正しいかは彼女自身の問題だ。他人である十路に判断はできない。だが素直に凄いと感心する。


「なので最低限、《魔法使いの杖アビスツール》の改修が可能な状況が、必要だったのであります」


 状況――つまり物そのものだけでなく、場所や設備と、調達とその資金を得るための手段までを含めて。

 《魔法使いの杖アビスツール》の部品は、金銭さえ積めば入手できる物ではない。特に中枢を担うコア・ユニットとバッテリーは、高度な技術で作成され、オーバーテクノロジーとまで呼べる。メーカーが技術情報を開示しておらず、世界でたった二社だけが製造可能な品だ。コピーも不可能で、正規品を合法的に、あるいは超法規的に入手するしかなく、軍事利用も可能なために審査も厳しい。


「もちろんテロ組織の協力など、お断りでありましたが」


 史上最強の生体万能戦略兵器と手を結びながら、政治的・軍事的に利用しない組織など、望めるはずもない。

 たった一つの例外――表向きには理念を掲げておらず、武力は専守防衛でしか扱わない、社会実験チームの看板を掲げた準軍事組織を除いては。


「だからフォーちゃんは、わたしにコンタクトを取ってきた。まだ支援部設立前だったけど、お偉いさんとの交渉とか色々動いてたから、それで掴んだみたいだね」


 コーラと肉の合間に、つばめが話を引き継ぐ。


「キミたちにも社会実験への参加ってことで、報酬として生活の保障と奨学金を支払ってるけど、ちょっと違う契約を結んでるんだよ。お金の問題は自分でなんとかするって、ヒキコモってデイトレードばかりしてたけど。あと、さすがにアメリカ軍相手に、フォーちゃんかくまってるの隠し続けるの無理だから、交渉して問題ない形に落ち着かせてる」

「どーやって?」

「無理に捕まえようとしたら、また大事おおごとになること確実。またイチから探すことになるより、把握できる形にしといた方がいいんじゃない? って。だからフォーちゃんそのものが非公式な存在だけど、公式には脱走兵じゃなくて、派遣って形になってる」

「それコーショーじゃなくて、キョーハクっしょ」


 南十星の感想に、十路も全面的に賛同する。

 つばめが語った内容ならば、忠告の範疇はんちゅうに入る。そして重要性で言えば、『《魔法使いソーサラー》を作った』という事実のほうが、きっと重い。もちろん実証できる証拠がなければ、妄言として隠蔽いんぺいすることができるだろうが、《魔法使いソーサラー》というだけで無視はできない。

 つばめは言外に、『言う通りにしなければ、事実を世間に公表する』とおどしたはず。

 同時にアメリカ軍と渡り合える、つばめの人脈と交渉能力にも若干じゃっかん呆れもあるが、今更なのでツッコまない。その程度できなければ、総合生活支援部は存在していない。

 そしてその約束は、簡単にくつがえされることも、覚悟しておかないとならない。

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