犬神VS白峰神宮(+主人公)

 『犬神』。西日本を中心に信仰されている神、あるいは呪術。

 飢えた犬の首を切り落としてから焼き、その骨と灰を祀ることで儀式は成る。そうした一連の禁忌を犯した者の願いを、何でも叶えるとされている。

 しかし犬神のチカラによって願望を成就させた者は『犬神憑き』となってしまい、子孫代々にまで犬の怨霊が受け継がれていくという。


 ――その犬神が今、この京都の白峰神宮で、榊原神子を襲った。


 その意味するところを、神子以外の全員は把握していた。


「神子さん……。貴女の血筋である『榊原家』を調べさせて貰ったけど、貴方の父方は『犬神憑き』の家系だったわ。大地主の一族だったけれど、それは大昔に犬神の力を借りて、財産を作ったみたいね」


 珠姫は手に持った破魔矢を犬神に向けながら、淡々と説明する。

 神子の実家は四国の神社。しかし物心つく前に東京の祖父母の元へと預けられたため、そんな事実を神子本人は知る由もなかった。あるいは、周囲が知らせないようにしていたのだろう。


「ワシも讃岐の白峰宮まで行って、わざわざ調べてきたんじゃぞ。……まぁお主と最初に出会った時から、『獣の気配』は感じ取っていたしの」


 香川県坂出市に建立されている白峰宮。怨霊となった崇徳上皇の魂を鎮めるために建てられた神社。

 その白峰宮と、ここ京都・白峰神宮の間を、祭神である白峰神は自由に行き来できる。

 それを利用し、白峰神は神子の生まれ故郷である四国の高知県に調査に行っていた。学問の神でありながら、神子の転入試験勉強に付き合わなかった理由でもある。


「ストーカーとなじられようと、神子さんをずっと見守っていた甲斐があったというものだ。先祖と交わした契約を果たしに来たのだろうが……『対価』として神子さんの命を要求するとは。俺が見初めた女性を狙うなんぞ、命知らずにもほどがある」


 仏教徒である本懐寺顕斗は手に数珠を握りしめつつ、メガネの奥の双眸は犬神を注視し続けている。

 彼もまた転校してきた神子を一目見たときから、恋に落ちただけでなく、感じ取っていたのだ。神子にまとわりつく、邪なる者の気を。


「ガゥゥゥッ……! 榊原ノ、子供……。……そノ魂……食ワぜ、ロ……!」


 漆黒の姿をした犬神は、執着するようなギラついた瞳を神子に向ける。

 神子の先祖に財産を与えた代わりに、対価としてその子孫の魂を頂戴する。そのために、ここまで追ってきたのだ。


「いや、でも……だって……!」


 混乱し、まともな言葉が出てこない神子。当然だ。

 母は自分を出産した際に亡くなり、父も神子が生まれた直後に交通事故で亡くなったのだと、そう教わって育ってきた。大地主だとか犬神だとか、そういった事情は何も聞かされていなかった。


 白峰神も顕斗も、『憑きもの筋』の家系だと薄々気づいておきながら、何故今まで説明してくれなかったのか。上手く頭の回らない神子は呼吸を乱し、嫌な汗が滲んでくる。


「――じゃがまぁ、安心せい」


 祭神の一言で、神子は顔を上げる。


「白峰様……」


 ……そうだ。もうこんなことは慣れっこではないか。突然の危機も理不尽な不運も、東京で散々味わってきた。今更、恐怖のどん底に落とされるような出来事ではない。

 何より――。


「お主にはこの、泣く子も黙る白峰祭神サマがついておる。それにタマもな」


「白峰神宮所属、出雲大社第二等武官『尾賀 珠姫』……。気は進まないけど、ミネ様のご命令とあれば仕方ないわね。私の後ろに下がっていなさい」


「おっと。この俺も忘れて貰っては困る。浄土真宗本懐寺、スーパー無敵僧兵ケント君のこともな!」


 悪魔の軍勢によって京都の結界が破壊されたタイミングを狙ってきたのだろうが、犬神にとっては、むしろ虎穴に入ってしまったようなものだ。

 神子が四国から遠く離れた東京に逃げ、東京崩壊以降も、常に白峰神や天神達が傍にいた。

 しかし『対価』は今、四国にほど近い京都に来たので、犬神はチャンスだと思ったのだろう。

 犬神と『似たような存在』である白峰神の結界にも、易々と侵入できた。


 しかしその先に待っていたのは、悪魔や怨霊を単独で撃破できる戦士が三名。


「皆さん……!」


 何も恐れることはない。信じよう。神子にとって、心強い人達のチカラを。

 その信仰を背に受けて、白峰神達は立ち向かう。牙を向けて襲い掛かってくる、犬神に。


「十方世界をあまねく照らす、無限の光を持つ者よ……! 阿弥陀如来よ! この俺に力を貸したまえ!!」


 そして先陣を切ったのは、スタイリッシュバトル坊主こと本懐寺顕斗。数珠を巻き付けた鉄拳を握りしめ、仏の加護を拳に宿して殴打する。

 噛みついてきた犬神の頭をアッパーカットで殴り上げ、接触した部分が発火し、激しく爆発した。


「グゥ……ッ!?」


「爆裂鉄甲拳、『阿弥陀』だ!!」


 またしても主人公の貫録を見せつけてしまったと、顕斗は自らの力量に惚れ惚れとするが――白峰神はそんな顕斗の襟首を掴んで、大きく後方へ退避する。


「んぐぅっ……!?」


 人間離れした神の動きで学ランを引っ張られ、首元が締まり顕斗は思わずうめき声を上げる。

 「何をする」と抗議したかったが、白峰神の行動の意味・理由を目撃してしまっては、何も言えなくなる。


 犬神は焼け爛れた下顎を回復させ、首から下を覆う黒いボロボロの布から、無数の『触手』を覗かせていた。

 もしあのまま顕斗が犬神に追撃を食らわせようとしていたら、今頃うねる紫色の触手に捕まっていたことだろう。


「……お助け感謝する、白峰祭神」


「お、礼はちゃんと言えるのか。育ちは悪くないようじゃな。そのまま賽銭置いていっても良いんじゃぞ」


 お得意の軽口を叩き、丸腰のまま白峰神は犬神に突進する。

 犬神は紫色の触手を伸ばす。だが白峰神のスピードを触手では捉えきれず――無数の触手をかわした白峰神は、大きく跳躍して犬神の頭上を飛び越えた。


「今じゃタマぁ!!」

「はいっ!」


 白峰神の声を合図に、珠姫は破魔矢を高速で投擲する。

 白峰神の狙いは、犬神に正面から突進しつつ、その背にいる珠姫の攻撃動作と射線を隠すこと。

 犬神からしてみれば、白峰神が飛び上がって視界から消えたと思いきや、いきなり眼前に矢が迫ってきた状況だった。


 だがまがりなりにも『神』の一種である犬神は、を使って攻撃を回避する。


 白峰神を捕らえるために伸ばした触手では矢を弾き落とせないが、矢など単にかわせば良いだけだ。

 そうすれば矢は犬神にではなく、犬神の頭上を飛び越え後ろに降り立った白峰神の背中に突き刺さる。味方の攻撃で負傷するなど、実に滑稽な光景だろう。


「――甘いんじゃよ」


 だが犬神のそんな目論見も、お見通しであった。


 犬神は身をひねって矢をかわす。

 矢は勢いを落とさず、白峰神の着地とほぼ同じタイミングで、祭神の背中に突き刺さる――かと思われた。

 しかし白峰神は背中を向けてノールックのまま、宙を切り裂く矢を片手で掴んだ。そしてそのまま軸足で回転し、犬神の首の付け根、人間で言えば神経が集中している脊髄部分に、破魔矢を突き立てた。


「ギャアアアァァァァァッッ!!!」


 犬神はまさしく獣の悲鳴を上げ、白峰神から距離を取る。その際に首から下を覆っていたローブが外れ、その全容を晒した。

 犬の頭部の下には、タコやイカのような触手しかなく、手足も胴体も存在しない。

 まさに異形の怪物と呼べる姿に神子はゾッとしたが、宙に浮く犬神は口元を歪めて笑い、もう既に痛がっているような様子は見せていない。


「ガハハハ……! 対価ハ、必ズ……! ミコは、ワレが……喰らウ……!」

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