主人公(自称)、神に挑む

「チッ……。何じゃこの下手くそなプレイングは。女装備だからとチヤホヤされて、調子に乗っとるからじゃろうな……」


 白峰神は己の神社の一室で、テレビゲームに熱中しているところだった。

 大人気狩猟ゲーム『妖怪ハンターオンライン』の協力プレイの真っ最中。しかしどうにも、顔も本名も知らない仲間メンバーの動きが気に入らないようであった。


「なーにが『アマテラちゃん』じゃ……。朝からずっとログインして、どうせネカマやっとるオッサンニートじゃろコイツ……」


 悪態を吐きながらも、食い入るようにテレビ画面を見つめ、コントローラーを操作する白峰神。

 するとその背後の障子を、巫女の珠姫は勢いよく開けて入室してきた。


「失礼します、ミネ様」


「うおおぉぉい!!?」


 驚いた白峰神はとっさにテレビの電源を消し、ゲーム機を背中に隠すようにして立つ。冷汗をかきながら、心臓の鼓動を悟られないようにと、無表情を作り出すのも忘れない。


「どどど、どうしたタマ。出雲大社の仕事ならちゃんとやっとるぞ。間違っても妖怪ハンターなんぞやっとらんぞ。いくらG級ぬらりひょんの素材が欲しくとも、期間限定クエストなんぞに出かけとらんからな」


「はい……?」


「てか、部屋に入る時は一言伝えんか! 入ってからじゃなく! 入る前に!!」


「思春期の子供みたいなこと言わないでくださいよ。それよりミネ様、来客です。ご対応してください」


「来客……? こんな夕方にか。参拝客ではなく?」


 有無を言わさず、白峰神を『来客』の元へと案内する珠姫。

 特に会いに来るような神など思い当たらない白峰神は疑問に思ったが、キョトンとしているそんな神に、珠姫は冷たく言い放った。


「貴方様が連れてきた『ミコさん』に、くっついてきたトラブルです」


 その言い方には、とても鋭いトゲが含まれていた。




***




 白峰神が珠姫と共に神社の境内へ出ると、そこには――。

 困惑したような顔を浮かべる神子。そして彼女に向かって土下座している、漆黒の学ランを身に着けた少年の姿があった。


「お友達からで良いのでええええぇぇぇぇぇ!! メールアドレスを、交換してくださぁぁぁぁぁい!!!」


 京都の堀川通地区一帯に響き渡るような声で、顕斗は頭を下げる。

 その様子だけを見せられても、白峰神には何が何だか分からなかった。


「……どういうことじゃ」


「あ、白峰様。それに珠姫さん。ただいま帰りました」


「おぅ、おかえり神子」


 帰宅してきた制服姿の神子は、まず『ただいま』の挨拶を告げる。

 だが白峰神からすれば、それよりも先にこの状況を説明をしてほしい状態だった。


「『シラミネサマ』……!? 貴方がこの神社の祭神、白峰大権現か!」


「そーじゃよ」


「俺の名は本懐寺顕斗! お宅の神子さんと、友達になりにきましたァ!!」


「最近の若者わかもんは土下座で友達を作るのか?」


「「そんなことはないです」」


 神子と珠姫のシンクロしたツッコミを受け、現代っ子に対するあらぬ誤解は免れた。そんなことは白峰神も分かりきっていることだったが。


 それよりも、土下座をして叫ぶ奇妙な少年の名に、白峰神は心当たりがあった。

 白峰神が生きていた時代には有名ではなかったが、京都に神社を構える神として、その名は聞き覚えがる。


「本懐寺……。お主、石山本懐寺の所のせがれか。浄土真宗の坊主が、神社ウチに何の用じゃ」


 本懐寺と言えば、京都でも有名な寺院。

 しかし仏教勢力と神道勢力である出雲大社は、現在微妙な関係にある。協力でも敵対でもなく、互いにどういう関係を築くべきか、上層部同士で慎重に検討している最中なのだ。


 そんな状況下で、本懐寺の息子である顕斗が白峰神宮に来たとなると、何か裏があるのではないか――と、白峰神がいぶかしがるのは当然のことだった。


「何の用もなにも。神子さんと、ひいてはこの神社とも末永い関係になっていくつもりですので! 是非ご挨拶にと思って!!」


「よくこんなの連れてくる気になったの、神子」


「いえ、気付いたら神社に来ていたんです」


「ずっと神子さんの帰り道を見守っていました!」


 それはそれは、とても素敵な笑顔で言い放つ顕斗。その笑顔で、彼の学校の熱心なファンなら気絶くらいはしてしまうだろう。

 しかし、同性である白峰神は冷静であった。


「ストーカーじゃ。タマ、警察に連絡」


「はい、ミネ様」


「お待ちをォォォ! しばし思いとどまってぇぇぇぇぇ!!」


 携帯を取り出して110番通報しようとする珠姫を、必死で食い止めようとする顕斗。

 白峰神も神子も珠姫も、顕斗を除いて全員がドン引きしている。


「神子……。お主の学生生活にまで口を出す気はないがの。友達くらいは、せめてマトモなのを選んだ方が良いぞ」


「いやぁ、悪い人ではないと思うんですけどねぇ……たぶん。メアドくらい教えますんで、とにかく落ち着いて下さい本懐寺さん」


「きったああああぁぁぁぁぁ! ようやく俺の主人公補正が平常運転し始めたようだ。転校初日のヒロインの連絡先を入手できるなど、まったくチョロすぎて涙が出てくるわ!!」


「この人、今すっごい暴言吐き出しているんじゃないのかしら」


 珠姫からゴミを見るような視線を送られようと、舞い上がっている顕斗には何の効果もない。

 嬉々として連絡先を交換する顕斗の姿を見て、確かに何かを画策しているようではないと白峰神は思えた。単純に、馬鹿な学生なのだろうと判断した。


「ふっ……。次は神子さんが是非ともウチに遊びに来てください。何なら、そのまま本懐寺に永久就職しても良いんですよ。にいるより、ずっと良い暮らしをさせてあげましょう」


 落ち着きを取り戻した顕斗は、キラキラと輝く笑顔で先走り過ぎたことを言う。

 しかし嫁入りを促す永久就職だ何だという文言の――その『後』に放った言葉が、大変な問題であった。

 神子は一瞬で顔を青ざめ、珠姫はまたトラブルが増えると頭を抱え、そして白峰神は額にビキビキと青筋を浮かべる。


「……『小さい、神社』ァ……?」


 京都に戻ってきてからというもの、出雲大社の会議では端っこに座らされ、自分を祀った神社が少ないことがツクヨミから神子にバラされ、珠姫には『マイナー神』と罵倒された。

 白峰神のコンプレックスとも呼べる要素がここ最近、心の中で鬱積していたのであった。

 そしてトドメの『小さい神社』。

 確かに白峰神宮は敷地面積こそは他より広くないものの、由緒正しい歴史のある立派な神社なのだ。それは白峰神自身も同じこと。神社を馬鹿にされることは、神にとって己を否定されることにも等しい。


「……おい、クソ坊主……。最近のガキは礼儀を知らんようじゃのぅ……? イキナリ人の神社に押しかけといて、ワケの分からんことをほざくとは……。それだけならまだしも、お主は今ワシにケンカを売った。神の怒りを買うとどうなるか、知らんわけでもあるまい……!」


 白峰神から立ち上がる怒気はまさに『鬼神』のそれ。明治神宮で悪魔ベルゼブブと戦った時のような、祟り神のドス黒いオーラが神子には見えるようであった。それほどまでに、白峰神はブチ切れてしまったのだ。


「事実を言ったまでだが? どう考えても弱小神社の巫女として働くより、京都一の寺院である本懐寺ウチに来た方が、神子さんの幸せというものだ」


「やっぱダメじゃ神子。保護者として、お主がコイツと関わるのは許可できん。今すぐにアドレスを消せ。ワシは今から物理的にコイツを消す」


「いやいやいや! 何言ってるんですか白峰様!」


 しかし顕斗の眼前で睨みつける白峰神に、何を言ってももう無駄なようだ。

 しかも顕斗も己に眼光ガンを飛ばしてくる神を前にして、挑発するような余裕の笑みを浮かべつつ、眼鏡を指で押し上げた。


「やれやれ……。巫女という存在は神の所有物ではないというのに、困った神様だ……。仕方あるまい、ここは俺が『格の違い』というものを教えてやろう……! 人の恋路を邪魔する奴は、神であろうと蹴り倒す!!」


 右手に数珠を巻き付け、臨戦態勢に入る顕斗。

 そしてそれを合図に白峰神も、最近ようやく回復してきた神力を全身に行き渡らせる。


「刀をお持ちしましょかミネ様ー?」


「いや止めて下さいよ珠姫さん!」


「こんなガキに武器など要らんわ。それにこれは戦いではなく『指導』じゃ。礼儀を知らん若造に、神の尊さをたっぷり教え込ませてやるわ!」


「南無、阿弥陀仏……! 仏の加護を受けた俺に、敵など存在しない……!」


 神と対峙する仏僧、本懐寺顕斗。

 白峰神宮を舞台に――今、一人の巫女をめぐっての戦いが幕を開けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る