第六十一話:confusion

 放課後、観季のところに行くべきか否か。もとい、行かない事をニーナに納得させられるか否か。その課題を考えるだけで、授業どころでは無かった。いや、その課題が無くても、授業ちゃんと聞いてないけどね。

 しかししくじった。ニーナの居た世界では、観季の様に特殊な能力を持った存在は普通に居るらしい。むしろニーナにとって、この世界の人が、その様な特殊な能力を持ってない事が解ってなかったとの事だ。それが、あの昼休みの暴走を産んだ真相だった。まだまだ、ニーナの事について、知らない事が多い事を思い知らされる。まあ、ちゃんとその辺は、話して聞かせたから、みんなの前で能力の話をする事は無いだろう。それでも、観季に対してトレーニングさせようという強い意志を感じる。何なんだこいつ。トレーナーか何かかっちゅーの。

 とかなんとか考えているうちに、放課後になってしまった。ニーナの方をチラッと見ると、さあ! 行こう! って眼をしていやがる。まあ待て、と、右手でニーナを制する。ニーナのやる気はまだまだいっぱいあるようだ。


 コンコン


 教室の外からノック音が聴こえた。音のした方を観ると、ドアの処に赤部が立っていた。睨み付ける様な瞳で、右手の人差し指を上に向かってちょいちょいと動かし、此方へ来いと云っていた。ニーナに待っている様に伝え、赤部の処に赴く。

「よう。何か様か?」

 恐る恐る、赤部に尋ねる。赤部からは、ピリピリとした雰囲気が伝わって来ていた。やっぱり、昼休みの件やろうなぁ。やれやれだ。

「話があんの。ちょっと顔貸して。」

 赤部は、それだけ云うとスタスタと歩き出した。どうやら、付いて来いという事らしい。

 赤部に付いて行くと、着いたのはこの間、赤部と話しをした人気の無い校舎の裏。赤部は、今度はベンチには座らず立ったまま此方に向き直った。

「今日は座らないのか?」

「また、あんたにハンカチ盗られたら嫌だからね。」

「盗ったんじゃねえ!」

 とんでもない事を言いやがる。人が親切に拾って返してやったのに。

「そんな事よりっ! 昼間のアレはなに?!」

「何と云われても。」

「あの金髪は誰? 何?」

 ああ、ニーナの事か。

「ニーナは、その……」

 何だ。ニーナは自分の何だ。居候、いやいや、それを言う訳にはいかないだろう? 友達……なのか? ニーナは何か勘違いをしているみたいだけど。自分達っていったい何なんだろう。あらためて考えてみるとわからない。

「何だっていいわ!」

 いいのかよ。じゃあ聞くなよ。

「金髪がなんで観季を知ってるの? なんか能力とか云ってなかった? どういう事? あんた、べらべらと喋ったのね!」

 赤部は、一気に捲し立てた。よくまあ、噛まずにそれだけ一気に喋れるもんだと感心した。早口言葉選手権があったら優勝候補だな。

「なに黙り込んでんのよ!」

 赤部は、胸ぐらを掴んでぶんぶんと揺さぶった。さすがテニス部のトップクラス。中々の腕力だ。

「ちょっ、ちょっと待った。待った。誤解だ。誤解。」

 ぐらぐら揺さぶられながら、なんとかそれだけを口に出来た。赤部は、はぁ? っという顔をしたが、手を離し、こちらの言葉を待っていた。

「別に、ばらした訳じゃない。その、なんだ……」

 どうする? ニーナの事、話すのか?

「その、なによ?」

「ニーナのプライベートな部分に触れるから、上手く話せない。」

 赤部は、こちらを値踏みする様な眼で見ながら、

「私を信用出来ないって事? あんたみたいにべらべら喋らないわよ。」

「いや、だから、べらべらと喋ってないから。」

 ある程度話さざるを得ないか、これは。

「ニーナもその、なんだ。能力者なんだ。」

 なんだそれ。自分で云っててなんていう云い方だ? と思う。赤部も疑惑の眼でこちらを睨んでいる。

「こっちの考えてる事が、その、伝わってしまう事もあるっていうかぁ……」

 歯切れ悪いなぁ。我ながら情けない。

「つまり、こう云いたい訳ね。自分は喋ってない。金髪が勝手に心を読んだんだ。自分は悪くない。」

 何だろう。赤部の云い様は、無性にカチンとくる。

「悪くないとか、そういう事を云いたいんじゃなくってだなあ、これは事故なんだよ。」

「はぁ? なにが違うってのよ。」

 あれ? 違わない? あれ?

「まあ、いいわ。嘘ついてる風じゃないし。きっと、本当なんでしょ。でも、それでどうして、教室に乗り込む事になるの?」

「あー、それな。その、ニーナの奴が、観季の能力をコントロール出来る様に訓練するって言い出してな。」

「なんでよ? 意味わかんない。」

 ああ、自分も意味わかりませんよ。なんで、あんなに、ニーナの奴、張り切ってるんだか。だが、ここは上手く言い逃れた方が良さそうだ。いい加減、赤部から解放されたいしな。

「それはだな、観季が能力をコントロール出来る様になれば、赤部が気にしている様な事が無くなるからだ。これで全てが解決するだろう? 悪くない話じゃないか。」

 赤部は、何か言い掛けたが、少し思案して

「ねえ、金髪の人、何者なの? 能力をコントロールするってなんでそんな事出来るの?」

 金髪から、金髪の人って表現が変わった。どうやら赤部の中でニーナの評価が少し上がったのかも知れない。

「自分にもよくわからないが、ニーナの奴はそれが出来るらしい。」

 実際はいろいろ疑わしいが、ここは赤部を納得させるのが吉だと判断。色良い返事をしておこう。

「そ、そうなんだ……」

 赤部は、納得した様だった。ただ、その表情からは喜びは見えず、むしろ困惑していた。

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