甘々な認識

「これを……これを待っていたんだ!」

 ひとねは限定スイーツを目の前にして目を輝かせる。

 何だ期間限定『ジャンボスペシャルスイートパフェ』って……どんなネーミングだよ。

 そのパフェは名前に劣らないくらい大きい。それを嬉しそうに食べるひとね。

 それ……マジで食べ切れるの? 見ているだけで口の中が甘くなる。

 ひとねはパフェを堪能しながら「今思い出したけど」と切り出した

「あの怪奇現象の時は名前を記述しておくといいらしい、携帯の電話帳に名前を書いたから君は起きれたのかもしれないね」

「ふーん……ん?」

 じゃあ俺の太ももを叩いていたのはやっぱり単なる八つ当たりじゃねぇか。まあ……いいか。

 俺は頼んだコーヒーを一口飲んでひとねに聞く。

「そういやお前が言ってた『語られなければ怪奇現象は怪奇現象とならない』ってどういうこと?」

 ひとねは口の端についた生クリームを舐めて

「電車に乗っていたら変な場所に、よくある怪奇現象だ。 詳しくは無くとも君は知っていただろう?」

「まあ、そういうのがあるってぐらいは」

「もし何も知らない人が今回の怪奇現象にあったらどうなると思う?」

 何も知らない人が……やっぱりそれでも

「不思議に思って降りちゃうんじゃないか?」

 ひとねは首を横に振る。

「違う、大抵は乗る電車を間違えたと思うだろうね」

「……確かに」

 そうかもしれない。

「もしそういう人ばかりになると怪奇現象は気づかれなくなる」

「でも気づかれなくても怪奇現象はあるんだろ?」

 怪奇現象は怪奇現象だ。

「君は誰にも気づかれずに……何をしても気づかれない人生に耐えることが出来るかい?」

 それは……

「キツい……無理だな」

「そういう事だ」

 そう言ってひとねは生クリームをすくって食べる。

 うーん、わかったようなわからないような……

「まあでも」とひとねはスプーンを止めて俺を真っ直ぐ見る。

「私は君を、馬鹿な君をいつまでも認識してあげるよ」

「そりゃどうも」

 馬鹿は余計だ

「だから……君も私をいつまでも認識してくれると嬉しい」

「……おう」

 何が言いたいんだ?

 ひとねは大きなパフェで顔を隠して

「わからないかい? 私はまだまだ君と共にいたいと言っているんだよ?」

「お、おう……」

 何だか気恥ずかしい。それは吸血鬼事件の時のような警告の声色なんかでは無く、親しい人……家族にいうような、そんな優しい声色だった。

「よろしく頼むよ、今の私には君しかいないのだから」

 そう言ってひとねはパフェを小皿に分けて俺に差し出してきた。

 ……珍しい、明日は嵐かな?

「ありがとう」

 バランスよく盛られたパフェを崩さないようにすくって食べる。

 うん、甘い。何だか色々と……甘いなあ。

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