不死鳥の涙

「全く、君は本当にお人好しだね」

 カステラを口いっぱいに頬張りながら彼女は言った。

「お褒めの言葉をどうも」

 彼女の名前は藤宮ひとね。外見年齢中学二年生くらい、内面年齢不明の少女である。

 髪は切ったみたいたが異様に長いポニーテールはそのままだ。

 彼女は常人ではあり得ない年数を生きており、そして……

「次はシフォンケーキというのを食べてみたい」

「そうかい」

「シフォンケーキが食べたい」

「…………」

 ……最近甘い物が好きになった。

 数日前にお裾分けとしてドーナツを持っていったのが間違いだった。

「全く、こんなに美味しい物を何年も逃していたなんて……」

 そう、彼女は数年前から俺と出会う少し前まで寝ていたというのだ。

 その理由を聞いてみると

「大怪我をしてしまってね、単純な応急処置の後に自然治癒の為に冬眠のような状態に入ったんだよ」

 病院に厄介になれる体では無いからね、と藤宮は甘味で膨れた腹をさすった。

「だから腹をすかせて倒れていたのか」

「身体は衰え無くともエネルギーはいるからね、君がいなかったら私は永遠にあのままだったよ」

 永遠に倒れているだけとか……想像もつかない恐怖だな。

 数日経ったしそろそろいいだろうか……

 ここで俺は更に疑問を口にする。

「何故藤宮さんは死なないんだ?」

「……とりあえず藤宮ってやめてくれない?

「ん? ああ、えっと……」

「ひとねでいいわ」

 ひとね……ひとねか。俺は心の中で何度か復唱する。

 これで記憶を上書きした、間違えて藤宮と呼ぶ事は無いだろう。

 全く、一度覚えたものは忘れにくくて困る。

 とりあえず今は質問だ

「ひとねさんは何で死なないの?」

「『さん』はいらない、ひとねでいい」

「おう」

 ここで少しの沈黙……いやいや、終わりかよ。

「質問に答えろよ!」

 ひとねは溜息をつく。

「そんなに聞きたい?」

「……まあ、気にはなる」

 ひとねは溜息をついて立ち上がる

「どこから説明しようかな」

 ひとねは少し歩いて本棚に手を伸ばす。歩き方がまだ少しおぼつかない……それに手が届いて無い。

 俺は立ち上がってひとねが取ろうとしている本を取る

「ほれ、これだろ?」

「……お人好し」

 呟いてひとねは本を受け取る。お人好しじゃ無くて普通だろ。


「……ここでいっか」

 ひとねは本を開いてまた呟いた。それから俺の方を見て

「君、妖怪って信じる?」

「妖怪……?」

 河童とか塗り壁とかだよな。うーん……

「よくわからないな」

「じゃあ質問を変える」

 ひとねは少し考えて

「君は目の前で起きた事を信じれる?」

「まあ……たぶん」

 ひとねの目が鋭くなる

「その言葉と気持ちを忘れないで」

 ひとねは近くにあった棚の引き出しからカッターを取り出した。

 少し古めのデザインだが何の変哲もない文房具のカッターだ。

「見てて」

「……?」

 何をするつもりだ?

 ひとねは刃を出してカッターをくるりと回す。そして……

「なっ……」

 ひとね自身の手のひらを切りつけた。そこまで深くは無いが血が滲み出ている。

「何してるんだよ!」

「黙って見てなよ」

 そう言ったひとねか目を閉じると痛みからか溜まっていた涙が傷口に向かって落ちる。

 涙が傷口に触れた、その瞬間だった

「……あっつ」

 傷口の部分に小さい炎が上がった。

「ちょっ、それ! え!?」

 戸惑う俺とは対照的にひとねは落ち着いている。熱さと痛みからか顔をしかめてはいるがそれに驚きの表情は無い。

 少しすると炎は消えた。

「……ほら」

 差し出して来た手を見る。あれだけ燃えていたのに火傷の後は無く、それどころか……

「……治ってる」

 傷が無い。血が出た痕跡も傷の後も何も無い。完全に治っているのだ


 *


 ひとねは椅子に座って俺に問う

「君は今の現象をどう認識した?」

 どうって……いわれても。

「お前の涙で傷が治った」

「そう、その通り」

 その通りって。いやいや

「どういう事だよ!」

 死なないという発言に治癒する涙。疑問が増えただけじゃ無いか。

「わからないか……」

 ひとねは腕を組んで何か考える素振りを見せた。

「まあいいか、今後少しづつ教えて行けばいい」

「……はあ」

「とりあえず、妖怪やそれに準ずる者は存在しているって事だけ覚えておくんだね」

「ああ、わかった」

 一度聞いた話だ。上書きは出来ても忘れるわけが無い。

「あと、明日はシフォンケーキね」

 そう言ってひとねは俺に金を差し出した。

 全く、この金は何処から出てきてるんだろうか。

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