第4話『運命の運動会』

―――さて、今の状況を簡単に整理しよう。正史との違いは、まずこの時点で、李音や希と仲良くなっている。今後けんかに発展する保や優介とも仲良くなった―――

 一馬は、頭の中で今の状況を整理した。とりあえず、〝過去と今〝の違いは次の通りだ。

・ 交友関係の違い

・ 副島優介の鉢巻の秘密を知っている

・ 何より副島優介と中谷保と仲良くなった

 以上の点がそうであるが、この二人と仲良くなったことは秘密である。特に今の時期、運動会まで後数日、1組は3組に去年激しい優勝争いをして敗れている。それもあってかなりぴりぴりした空気が漂っている。一馬の知っている歴史では、運動会は1組が優勝するのだが、鉢巻の件でその後、中谷と一馬を中心に激しいクラス間抗争になってしまう。それだけは絶対に避けなければ・・・。

『リロリロリ~ン♪』

 LINEの着信音が鳴ったので、一馬は携帯を取り起動させた。

『起きてる?一馬くん』

 LINEの主は桃園茜であった。一馬はすぐにスマホを取り出し、返信した。

一馬『起きてるよ。どうしたん?』

茜『なんか、寝れなくて。運動会が近くなってきてみんな1組ん子とは話すなって』

一馬『あぁ、こっちも李音が言ってる。けど、李音は希と普通にしゃべってるみたい』

茜『うん、なんか今日それ見て中西君が希に怒ってたけど』

―――って、あいつ何してんだよ―――

保『一馬!おきてっか』

―――ってこのタイミングで保からかよ―――

一馬→保『おきてんよ、どうしたん?』

保『いや、お前、蓬莱と仲良かったよな』

一馬『うん』

保『きょ、あいつ泣かしちまったんだけどなんていったらいいか?』

―――・・・っふっ―――

 一馬はほほえましかった。茜が言う中西と当の本人の本心はここまで違うのだから。そして、それを知っているのが自分だけであることにいささか優越感に浸っていた。

一馬→保『大丈夫だと思うぜ、ちゃんとなんで泣かしたのか説明して言ったら』

保『だいじょうぶか、それで』

一馬『いけると思うよ、なんなら俺から希に言っとくか?』

保『それは言い、自分でいい』

一馬『OK! 』

保『サンキュー』

 一馬はあえて保の変換ミスを突っ込まなかったが、あいつなりに反省している所をみると、やっぱりリーダーらしく繊細なんだなと感じた。

―――いっけねぇ、茜に返信しないと―――

一馬→茜『希の件多分大丈夫だと思うよ。中西だって悪気ないし、それに知らないだろ、付き合ってること』

茜『うん、知らないと思う。いけるのかな』

一馬『大丈夫と思う。心配なら明日また言ってきて』

茜『わかった、ありがとう』

一馬『いえいえ』

茜『おやすみなさい。』

一馬『うん、おやすみ~』

 一馬はLINEを打ち終わるとベッドに横になった。


 運動会当日。その日は雲ひとつない快晴であった。開会式の時点で1組と3組はにらみ合いを始めている。しかもその中心が応援団長である李音と希ときている。

 李音と希はお互いクラスの先頭に立つと「負けないから」と捲し上げてるからなおいっそう滑稽に見えてくる。

―――何だよあいつら、ノリノリじゃん。まったく―――

 一馬は、希の横になっている保に目線をやった。保も一馬の視線を感じると一馬に対して一回うなずいた。実は昨日、一馬は保にLINEを送ってていたのである。


一馬『明日って、優介鉢巻してくるかな?』

保『してくるだろう。なんでだ?』

一馬『いや、なくしたり破けたりしないかなって。今年は騎馬戦とか組み体操とかもあるし』

保『おれからいっておくわ、あと、おれもみておくし』

一馬『リョーカイ』


 こんなやり取りが昨日あったのである。ちなみに当の優介を見てみると・・・。

―――優介のやつ、やっぱつけてきてるやん。さて、どうする?―――

 一馬はどうやってあの鉢巻をどうやって守るのかを考えていた。鉢巻は競技に出る時ルール上、自分のクラスの色しかしてはいけない。3組の色は黄色。競技のたびに付け替えることになるのだが、一馬は、優介が何の競技に出てるかまで覚えていない。

―――う~ん。てか、借り物競争の時にごまかして何とかするか。保にも言ってあるし―――

 だが一馬はまだ知らない。この認識が甘すぎることに。


 競技は順調に進んでいき、お昼休憩までは問題は何もなかった。それどころか、リレーの順位、得点、進行スピードやハプニング(3年生のダンスが機材トラブルでやり直しになったり、2年の徒競走の時に飼い犬が乱入して競技が中断したり)全て一馬の記憶どおりに進んでいる。このまま行けばトラブルは回避できるかもしれない。一馬の脳裏にはそんな淡い期待でいっぱいであった。

「よし!ここまで僅差で勝てているな。午後もこの調子で行くぞ!」

「おっ、李音君!のってるねぇ~。まっ、この市川幸助様がいたら百人力だがな!」

「幸助ったら、調子に乗って」

 美香はおチャラケている二人に突っ込みを入れた。

「なぁ、李音。希にはなんかいったんか?」

「おい、一馬。すぐに希、希ってうるさいぞ。ストーカーか?」

「だってさ、なんか言い合いしてる二人が一番楽しんでるっぽいし」

「あっ、ばれた?さっきLINE送ったら午後は巻き返すって帰ってきたわ」

「希らしいね。でも、今回は3組には負けないよ!って希と茜には送ったわ。一馬は茜になんか送った?」

「花壇のひまわり、大きくなったて」

「それ今じゃなくてもいいやん!」

幸助が盛大に突っ込んだ。

「いいじゃねぇか、つか、なんで3組と喋ったらにらまれるわけ、全部アンタラのせいじゃん」

「怒るなよ一馬、全ては今日勝って優勝するためだよ」

李音がなだめた。

―――確かに今日を乗り越えたらなんとかなる。問題は今後のことを考えて保とこいつを仲良くさせておかなきゃ―――

『借り物競争に出場する人は入場門前に集まってください』

「おっ、呼ばれたな。一馬、幸助行こうぜ!」

李音は一馬を誘った。

「よし!行くか」幸助も一緒になって行った。

 一馬は二人を追って集合場所に向かった。現在点差はわずか19点。この借り物競争の特典しだいでは一気に突き放すことが可能である。そして、一馬の知っている記憶だとここで一気に突き放して優勝まで持っていくのであるが・・・。

 一馬は集合場所で優介を目で追った。優介は観客席で保と二人でこっちを見ている。よく見るとハチマキはおでこにしたままである。一馬は少し安心した。自分の記憶が正しければ、優介はこの時点で観客席にいなかったからである。鉢巻は今優介が持ってるから大丈夫である。あとは、自分が借り物のお題で『緑のハチマキ』をとって適当にごまかしたら大丈夫である。

「一馬、俺とお前でワンツーフィニッシュだぜ」

「おい、トリプルだろ」

幸助と李音が肩を組んで行ってきた。そういえば、同じ組の選手はこの3人。そして、他のクラスも3人。計9人で競う。3人の出番は3組目。既に1組目の組みは始まっている。

「よーい、ドン!」

2組目も行った。次である。一馬は緊張と不安などで心臓の鼓動がたかなっていた。

「準備してください」

 先生に言われて一馬はスタートラインに立った。

―――いける!ここでダッシュして左から2つ目を取ったらいいんだ―――

「よーい、ドン!」

 いっせいに走り出したみんなをよそに一馬は全力で左から2番目の封筒に飛びついた。記憶通りだ。これで万事うまくいく。一馬は心をなでおろして封筒を開け中身を見た。

「えっ」

一馬は書かれた内容が一瞬わからなかった。そこに書かれていたのは「黄色のハンカチ」と書かれていた。何度読んでも同じである。

―――どういうことだ、全て記憶通りにしたんだぞ!なんでここにきて記憶と違う事が起こるんだ―――

「一馬!どうしたの!」

 一馬は美香の声で我に帰った。周りを見るとほかの選手はみな借り物を取りにすでに散りじりになっている。

―――しまった!―――

 一馬は3組の観客席をすぐに見た。そこには保も優介もいなかった。よく見ると席には緑のハチマキがかけられている。

―――やばい!今ほかのやつがとったら苦労がパーだ―――

 一馬はそこからゆっくり走りながら次にどうすべきかを必死に考えた。

―――どうする。仮にここで李音か幸助が取りに行ったらケンカは避けられんぞ―――

 一馬は観客席の裏に回って大急ぎで3組の観客席に向かった。

「一馬!借り物何?」

美香が黄色のハンカチを持って手を振っていたが、かまっている余裕はなかった。

「なに、勝手に触ってんだ、1組の分際で!」

聞き覚えのあるどすのきいた声がした。

―――やべぇ、保のやろう、誰に喧嘩売ってんだ?―――

一馬は3組と1組の人間の間をかき分けて状況を確認した。

―――嘘だろ!よりにもよって李音じゃねぇか!しかも横に幸助までいやがる。どうすんだよ、この状況―――

「一馬!」

 希が一馬ほ見つけてやってきた。

「ねぇ、一馬。李音を止めて。このままじゃやばいって」

―――確かにやばい。けど、どうする?―――

 一馬は今の状況を確認して何か方法がないか考えた。

「もう!」

希は一馬を諦めて李音をとめに入った。

「やめて、李音!幸助もねっ」

「幸助、お前は先に行け!俺もすぐにそれとっていくから」

「なっだてめぇ、けんか売ってんのか、あぁあ!」

「売ってるのはそっちだろ!」

「もう!やめてよ二人共」

―――どうするどうするどうする。どうするそうする。なんだよ、優介のやろなんで持ってくんだよ、なんだよ形見って、うなもんなければいいのに―――

 一馬はその一瞬のひらめきを逃さなかった。

―――そっか、そうすればいいんだ―――

 一馬は辺りを見渡した。そして、その人物をすぐに見つけた。

「茜!」

 茜は一馬に呼ばれてびっくりしたが一馬はすぐに茜の両肩を押さえた。

「頼みがあんだ。頼む!この喧嘩止めるためなんだ」

 茜は何がなんだかわからなかったが一馬の勢いに負けて「う・うん」と答えた。一馬は茜に頼みごとをするとすぐに行動を開始した。

「佐々木、てめぇいいかげんにしろ」

「中西、どけそこを!おれは緑のハチマキもってこいって書いてんだ」

「どから、てめぇのためにやらんていてんだ!」

「ふざけんな!」

「ねぇ、ハチマキってどこにあるの?」

茜が大声で叫んだ。

「寝言言ってんか?そこに・・・。あれ?」

 李音は目を凝らして見返したが、さっきまであったハチマキが消えていた。保もそれを見て訳が分からないでいる。

「なんでないんだよ!ここに引っ掛けてたんだぞ。誰だとったの!出てこい!」

『タイムオーバーーー!終了でーーす』

 借り物競争は時間制限が有り、タイムアップになると終了のアナウンスが流さるのである。

「・・・おい、佐々木。どういうことなんだ」

「中西君、李音はさっきからずっとここにいたのよ、取れる訳無いじゃん!」

「・・・じゃ、じゃあ誰がとったんだ!あれは優介の大切なハチマキなんだぞ!!」

保はその場で大声で叫んだ。


 閉会式。得点は1組が423点。3組が427点。わずか4点である。借り物競争はゴールすると得点が5点もらえる。つまり、一馬か李音がゴールしていれば、1組が優勝していたのである。そのことに関して、クラスメートは何も攻めようとしなかった。ただ、李音は怒りで頭に血が上ったままの状態であった。

 一馬は閉会式中、あたりを見回した。血が上っている李音、それをなだめている幸助と美香。保も頭に血が上ってるのだが、優介を見ると申し訳なさそうな顔をしている。いつもの演技のことを完全に忘れてしまったかのように。

 閉会式が終わると子どもたちは三々五々に自分の親の所へ行ったり家路についたりした。この日は自由解散なので、一馬も荷物を持つと母親の所に行った。ただ、一馬は自分の荷物を母親に預けるとよる所があると言ってその場を離れた。

―――茜がちゃんと伝えてくれているのならいるはず―――

 一馬は周囲を気にしながら歩いた。誰にもつけられていないかを確認しながら体育館裏へと足を進めた。

「一馬君!」

 体育館の裏には茜が立っていた。そしてその奥には中西保と副島優介が立っていた。

「一馬、いくらお前が佐々木と仲がいいからって今回のことを許すつもりはないぞ」

 一馬の顔を見て保は開口一番に言った。

「違うよ。実は・・・。これを返そうと思って」

 一馬はポケットからあるものを取り出した。緑色のハチマキ。そう、優介の大切なハチマキである。

「一馬!これ、どうしたんだ」

「ごめん、これ、あの時俺がとっさに隠したんだ」

「何でこんなこと」

「目に見えてたんだ。あのままにしていたら必ず取り合いになる。んで、ハチマキが無傷ですまないって、ごめん、これしか思いつかなかったんだ。ほんと、ごめん」

 一馬は深々と頭を下げた。あの時、みんなの注目が二人に行っている間、ハチマキに近づきポケットに隠したのだ。そして、隠し手その場を離れた後、茜に頼んで叫んでもらったのである。

「私からもごめんなさい。あの時言えなくて」

 保はそれを聞いてしばらく沈黙した。無表情ながら、どこか安堵したかに見えるその顔を見て優介は代わりに口を開いた。

「ありがとう、僕の代わりに守ってくれて」

「・・・俺からもありがとう。一馬」

「うん」

一馬はその言葉がとてもこっ恥ずかしく照れてしまい、自然と笑みが浮かんだ。

「・・・どういうことだ」

静かで重みがあり、怒りを押し殺して言う言葉に一馬は全身の血がぬけるかのような感覚に襲われた。

「どういうことだって聞いてんだ!一馬!」そこに立っていたのは李音であった。顔を真っ赤に高潮させ、誰から見ても怒り狂っている表情だ。

「てめぇ、なにしたんかわかってんか!そのハチマキがあったら優勝できたんだぞ」

「聞いて、李音君。これは副島君の死んだお父さんが残した大切なハチマキなの。だから」

「知るかそんなこと」李音のこの言葉に保の怒りスイッチが再び火をつけた。

「なんだと。一馬はハチマキが破れるかもしれないから仕方なくやったんだぞ。それを何だ。その言い方!」

「それが大切だろうが、破けようが知るかって言ったんだ!」

「てめぇ、じゃあ、優勝するためなら副島傷つけてもいいってんか!」

「そうだ!」

「ふざっけんな!」

言葉と同時に保は李音に飛びついた!そして李音を突き倒すとそのまま馬乗りになって李音の顔面を殴りだした。

「よめろ!二人とも」一馬と優介は二人を止めるため保のおなかをつかんで引き離そうとしたが、その瞬間、李音が立ち上がり保をタックルし一馬ごと押し倒した。

「やめて!みんなやめてえぇーーーー!」

 茜の悲痛な絶叫がこだました。

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