第7話 『結成!「仲良しクラブ」』
その日、すっきりとした青空が広がっていた。しかし、笑顔の人間は誰ひとりいなかった。斎場で響き渡るお経とすすり泣く複数の子供たちの声。その中で、一馬は必死に涙をこらえていた。
桃園茜の死。ただでさえ残酷な事件で二人の同級生を亡くしているだけあって、精神的ショックはかなりのものである。一馬もまた同様に心の中に大きな穴があいた感じがし、動くことができない。見かねた姫ちゃん先生が寄ってくると一馬はその手を振り払いそのまま帰宅した。
しかし、帰宅後、一馬はベッドに飛び込むと号泣してしまい、数日間何もできず喪失感に勝てることなく自室に引きこもってしまった。
―――・・・夢か。なんで今頃こんな夢見るんだ?―――
目が覚めると一馬はいつもと違う天井を眺めながら思った。頭には包帯が巻かれ、左手には点滴の管がつけられている。
「一馬、目が覚めたのね」
ベッド横のパイプ椅子に座って本を読んでいたおかんが、その本を机に置いて一馬に声をかけた。
「心配したのよ、あなた全然目が覚めないから」
「・・・俺、なんでここに?」
一馬は記憶を辿り何故ここにいるのかを考えた。
―――たしか、バスに乗ってたらトラックが突っ込んできて・・・。そうだ!そのまま吹っ飛んだんだ、俺!―――
「書類は!今度のコンペに出す企画書は?」
「・・・一馬、頭打ったからって寝ぼけすぎでしょ。企画書とかコンペとかサラリーマンじゃあるまいし」
「何言ってんだよ!あれは大切なァ・・・」
一馬はベッド横にある鏡が視界に入ると言いかけた言葉を飲み込んだ。そこに映し出されたのは、小学生の姿の一馬であった。
―――どういうことだ?俺、事故にあったんじゃ?―――
「目が覚めましたか?」
病室のドアが空くと同時に、校長先生と姫ちゃん先生が入ってきた。その後ろからは白衣を着た初老の男性も一緒についてきている。
「姫ちゃん先生。俺、一体何が?」
「覚えてない?松井君、君は廊下の床に後頭部を思いっきり打ち付けて気絶したんだよ?」
―――・・・思い出した。俺、幸助に吹っ飛ばされて、そのまま頭打って気絶したんだ―――
一馬はようやく何があったのか思い出した。そして両手を目の前にして手のひらをじっくり観察した。
―――つまり、ここはまだ15年前ってことか。あんなけの衝撃くらっても元に戻らないっていうことは・・・、どういうこと?―――
「どうやら、お子さんはまだ記憶の混乱があるようですね。頭部に強い衝撃を受けた人にはよくあるので、しばらくすれば大丈夫と思います。が、念のためしばらくは通院をお願いします」
「わかりました。それと校長先生。少しお話よろしいでしょうか?」
そう言うとおかんは校長先生と姫ちゃん先生とともに病室を出ていった。一馬はそれを見届けると再び横になり天を仰いだ。
―――結局、俺、何がしたかったんだ?―――
運動会のあたりからの一馬の行動はみな無意味に見えてくる。しかし、必ず今後役に立つはずだ。中西・副島とのパイプ、佐々木、蓬莱とは友達関係。何より桃園茜とは毎日のようにLINEする仲になった。
一馬は自分が正しいと言い聞かせた。そう言い聞かせないと今という空間に押しつぶされてしまいそうで仕方がなかった。
結局、脳には異常がなくその日のうちに帰宅が許され、一馬は自室で安静にすることになった。帰宅後一馬は、すぐに携帯を取り出して心配しているであろう人物に無事であることを送信した。
すると、すぐに茜から返事が来た。
茜『一馬!ケガ大丈夫?』
一馬『大丈夫だよ。まだちょっと痛いけど異常ないって』
茜『よかった(´;ω;`)めっちゃ心配したんだよ(+o+)』
一馬『ほんとごめん。明日から学校行けそうだから、それよりそっちは大丈夫?』
茜『ちょっとぶつけただけだから、こぶできてるけどすぐに引くって(*´∀`*)』
一馬『そっか、よかった』
一馬は、茜の怪我がたいしたことないと聞いて安心した。ただでさえ、今朝あんな夢を見てしまったのだから気が気でないのである。
一馬『最近、調子悪いとかないん?』
茜『急にどうしたんΣ(゚д゚;)』
一馬『前に入院ばかりしてって聞いたから』
茜『最近は調子いいから大丈夫だよヽ(;▽;)ノ』
一馬『よかった(*^^)v』
一馬はなにげに顔文字を入れてみた。
茜『一馬の顔文字始めてみた(*´∀`*)』
一馬『なんか、使ってみた(=‘x‘=)』
茜『かわいい(*´`)』
―――そういえば、顔文字って初めて使ったな―――
茜『明日迎えに行くね(*´∀`*)みつまの前に8時で』
一馬『いいよ、別に』
茜『いいからいいから(´▽`)じゃあまた明日♡』
翌日、いつもより早めに家を出た一馬は、みつまに向かった。梅雨入りしたというのに一向に雨が降らない。かと思ったら急に夕立が降る。ここ数日おかしな天気が続いていた。
みつまが見えてきた時、店の前に人影を見つけた。紛れもない茜である。普段の茜とは違い、デニムのホットパンツに薄手のパーカーを着ている。
「おはよう」
「おはよう。一馬!ケガ、大丈夫そうね」
「うん、もう大丈夫だって言いたいけど、時々病院行かなくちゃいけないみたい」
「そうなんだ」
―――何言ってんだ、俺。茜が普段と違うってことはおしゃれしてきてるってことだぞ。おい、そうだろ!おい。昔の俺は恥ずかしくてこういうの絶対言えなかったけど、今はそれが失敗の元って知ってんだぞ。おい!!――――
一馬は頭の中で葛藤している。
「ところで、今日、何かいつもとちがくない?」
「うん!希に聞いたんだ。イメチェンしたいって言ったら貸してくれたの。どう?」
「似合ってるよ!すっごく」
「ありがとう!」
一馬は、自分で言って恥ずかしかったが、茜の笑顔を見ると少し気が楽になった。
「今度、駄菓子買いに来よ。ここのオリジナルの「梅っ子」っていうお菓子うまいんだ」
「そうなの?食べてみたい!」
「うん、来よ来よ」
一馬と茜は何気ない会話をしながら学校へと向かった。特に内容のない、たわいのない内容であったが、一馬はそれがとても幸せに感じていた。
学校に到着後、一馬は職員室に行き姫ちゃん先生のところに行った。姫ちゃん先生によると、昨日、一馬の誤解を解いてくれていた。なぜ一馬があんなことをしたのか、説明するとクラスのみんなは納得してくれて、言い返すものはほとんどいなかった。
だが、それは李音の評判を大きく下げるものとなり、彼のクラスでの人気は大きく下げることになった。(美香が事前にクラスのみんなを説得してくれたこともあるが)
一馬は教室に入った時、真っ先に美香が出迎えてくれた。それにつられて何人かのクラスメートも一馬を出迎えた。そんな一馬の姿を見た茜は安心して自分の教室へと向かっていった。
「はぁーいい、みんな席についてね。はじめるよ~ぅ!!」
相変わらず、大きく明るい口調で姫ちゃん先生が入ってきたが一馬はほとんどその声は入っていなかった。一馬は教室に入った瞬間に全体を見渡したのだが、李音はひっそりと席についていたのだが、幸助は最後まで教室に現れることはなかった。
放課後、一馬は姫ちゃん先生に呼び止められた。復帰早々でごめんだけど、この前の件の話し合いをしたいというのである。既に李音や保らとは話し合いを実施しており、今日はその件について一馬に報告したいというのである。
とりあえず、一馬は予定がなかったので、生徒指導室に向かうとそこには、保と遊助、李音、そして、教室にいなかった幸助もいた。
「さて、みんな揃ったところで、今日は昨日・一昨日と話した件の総仕上げになります。中西くんと副島くんに関してはリー先生から話聞いていただき、佐々木君に関しては私が話を聞きました。そして、昨日、3人と話し合って和解することができました」
姫ちゃん先生の説明で3人が仲直りできたと聞いてようやく心をなで落とせた。
「ただ、市川くんに関してはまだ話せてないところがあるわ。むしろ松井君がいないと話さないって言ってるので、今日、病み上がりで悪いんだけど来てもらったわけ。約束通り松井君連れて来たよ。話してくれる?市川くん」
幸助は先程からずっと俯いて何も話さなかったがその言葉を合図に表を上げた。念のため、一馬の横にはリー先生たちが万全の防御体制を引いていた。
「・・・おまえ、誰だ?一馬じゃないだろ!」
一馬はその言葉を聞き、全身の血液が全て抜き取られたのではと思うくらい寒気がした。
―――嘘だろ、まさか幸助、バレたんか?―――
一馬は内心焦った。なんとか話をそらさなくちゃ。必死に考えた。
「どういう意味?ここに居るのは松井一馬くん本人よ。まさか松井君が偽ものって言いたいの?」
「そうです」
保も遊助も、そして李音も幸助が何言ってるか分からないでいた。
「なんか、一馬が一馬じゃなくなったみたいなんだ。4月になってから、なんか違うんだ。一馬なんだけど一馬じゃないみたいで、前の一馬はこんな、いろんな人に自分から話に行くやつじゃなかった。それが春休み終わってから変わっちまったんだ。一馬だけど一馬じゃない。これだって、前の一馬だたら絶対にしなかった。返せよ。一馬を返せよ」
幸助は一馬に向かって詰め寄ろうとしたので、姫ちゃん先生や李音に必死で止められた。姫ちゃん先生に促されて幸助はその場に再び座らされたが、興奮しているのか明らかに鼻息が荒い。
―――どうすればいい?どうすればいい?どうすれば―――
一馬は必死にどうすればいいか考えた。だが、全くいい考えが浮かばない。
「市川くん。松井君はどんなんになっても松井君だと思うよ」
唐突に姫ちゃん先生が語り始めた。幸助は少し落ち着いて突進しようとすることはなくなったが、未だに顔色は強ばった顔をしている。
「松井くんはとっても優しい子なんだよ、心が純粋で。ほら、前にあったでしょ。母をたずねて三千里見て泣いたこと。あれね、クラスのみんなに言ったの先生なんだ。あんな優しい子がいるなんて、先生感動しちゃって。松井くん。あなたはとっても純粋で優しい子なの。忘れないで、そのことだけは。」
姫ちゃん先生は幸助を優しく抱きしめながら続けた。
「松井君は優しいから自然といろんな子と仲良くなるんだね。今までは壁を作ってたけど、新学期になってからその壁を越えたんだね。だから、市川くん嫉妬したんだね。今まで自分だけが知ってる松井君の優しさがいろんな子と繋がって」
幸助は姫ちゃん先生の発言にあっけに取られながら聞いていた。4年の時、演劇を見て泣いたことがクラス中に知れ渡り、とても恥ずかしい感情になったのである。そのときから、一馬はクラスの人間に不信感を持ってしまい、特定の子(特に幸助と美香)しか関らなくなったのである。
一馬は何か発言しないといけないと考えていたが、まったく言葉が浮かんでこない。
―――どうすればいい?どうすれば・・・?―――
考えがまったくまとまらない。そんな中、幸助が重い口を開いた。
「・・・一馬。・・・ごめん」
その言葉だけで十分だった。そして、これ以降ほかの言葉が出ることもなくこの場は散会となった。
翌日。その日は普通に授業が始まり、何気ない一日が普通に過ぎていった。ただ、唯一違っていたとすれば、6時間目が3クラス合同のホームルームとなり運動会以降ぎすぎすしてしまったクラス同士の問題点等を話し合われた。
特に、3組の人間が一馬のことをフォローしてくれたおかげで、一馬は少し気が楽になった。
ホームルーム終了後、一馬は姫ちゃん先生に呼び出されて、教室に残ることになった。教室には一馬と幸助、李音が残り、美香は呼ばれていないが自主的に残った。
「なんだろうね、居残りって」
美香が3人に声かけたが、どこか重い空気の上3人とも何も話そうとしない。一馬はこの空間から逃げ出したい気持ちでいっぱいであった。
「みんなーーぁ!そろってるねぇー。」
姫ちゃん先生が陽気な声でみなに声をかけた。そして、その後ろからリー先生に連れられ保と優介、希と茜が一緒に入ってきた。
「それでは、今回の件でのペナルティーを発表します。これから一学期が終わるまで、放課後このメンバーで一時間過ごすこと。以上!」
「ちょ、ちょっと待てーーーー!」
一馬は思わず立ち上がって叫んだ。
「どういうことだよ先生。一緒に過ごすって」
「だって今回の件、一馬君のことを思ってこういうことになったじゃん。なんで、ホントは5人でってことにしたかったんだけどそこの女の子三人がどうしてもって言うから一緒にって」
「正確に言うとだ。今回の件はお互いのコミュニケーション不足が招いたことだ。幸い、松井君は佐々木君と市川君、中西君と副島君と仲がいいからお互いを取り持ってコミュニケーションをとって仲良くできるだろうというのが野村先生の考えだ」
リー先生が補足説明をしてくれたので、一馬はある程度理解できた。
「というわけで、名づけて『仲良しクラブ』放課後少しでも何か活動すること。ゲームでもボランティアでも何でもいいわ。んで、1週間に一回、私に報告すること。あっ、誰かの家に行くとかゲーム機とかするのはなし。ゲームはトランプとかそういうのね」
姫ちゃん先生は一呼吸おいた。
「あっ、リーダーは松井君ね。じゃあよろしく!」
―――・・・なんなんだ、これ。って、俺がリーダーって。どうまとめるんだよ、この暴れ馬どもをを!―――
一馬は教室を見渡して心の中で叫んだ。
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