第6話『すれ違うそれぞれの思い』
一馬が教室に入っても、誰も彼に挨拶するものはいなかった。むしろ冷ややかな視線のみが、彼に突き刺さった。教室を見渡すと李音、幸助、美香の三人が話しをしていた。しかし、一馬に視線を向けることはなく、むしろあえて避けている感じであった。
「はーーい!授業始めるねぇ」
姫ちゃん先生が陽気に挨拶しながら入ってきた。
「えっと、運動会お疲れ様でした。結果は残念だったけど、これにめげずにがんばろ!秋にはほら球技大会とかあるしそれで取り返したらいいから」
「先生!そのときは松井は休んでもらってください!!また裏切って3組なんかに手を貸すかもしれないし」
一馬はその瞬間、体中の血液が全て抜けるように感じた。その発言がショックなのは当然ながらそれを言ったのが李音ということがなおショックであった。
一馬は泣きそうになりながらも必死でそれをこらえた。
「佐々木君。あなた、何言ってるかわかってるの?」
「はい。わかってますよ。だって、松井は1組の裏切り者なんだから」
一馬はその瞬間席を立つとそのまま廊下へと走り出した。
「待って、松井君」
「一馬!」
一馬は廊下を走って渡り廊下の方へとかけていったが、後ろから誰かが追いかけてくる気配を感じた。
「待って、一馬!」
走っている一馬の肩をおもいっきり掴まれたので、一馬はその場で立ち止まり後ろを振り向いた。
「ハァ、ハァ、ハァ」
そこにいたのは美香であった。美香もまた息を切らし、半泣きになりそうな表情でそこに立っていた。
「一馬聞かせて。ほんとに裏切ったの、運動会で?」
「・・・美香は、怒ってるの?」
「・・・うん。怒ってる。理由はどうあれ、一馬はみんなを裏切ったのよ。クラスのみんな、一馬のこと裏切りものって思ってるわ」
一馬はその言葉に胸が締め付けられそうになった。
「けど、理由あるんでしょ。一馬が理由なくそんなことするはずないじゃん」
「美香・・・。その、なんていうか」
「松井君!大変、すぐに来て!」
姫ちゃん先生が真っ青な顔をして一馬を見つけると腕を掴んですぐに引っ張った。
「先生、痛いって。離して」
「ごめん、今それど頃じゃないの」
姫ちゃん先生は一馬を引っ張ってクラスのほうに戻ったが授業中だというのに廊下は騒がしく騒然としている。廊下にはクラスメートが半分以上廊下に出ており、罵声や怒号が飛交っている。明らかに1組だけではない。他のクラスの人間も混じっている。
「離せ!こいつぶっ殺してやる!!」
「やれるもんならやってみろや!おら!!」
明らかに殺気立った声が聞こえてくる。姫ちゃん先生はその人ごみを掻き分けて中へと入っていった。一馬と美香もその後を追って人ごみの最前列へと向かった。
「李音、落ち着け!」
「離せ!幸助。やらせろ、殺らせろや!」
輪の中心で幸助をはじめクラスメート数人が羽交い絞めにして李音を止めている。
「こすいんじゃ、てめぇ!よってたかって一人いじめて!脳みそついとんのか!!」
「てめぇに言われんか!」
もはや頭に血が上りすぎて李音はなに言っているのかわからない。
一方、もう一方の叫び声の主は保で、こちらは優介や希に止められているのだが、こちらはいささか冷静で止められてはいるが、周りの人間はそれほど力を入れていないかのように見えてる。
「やめなさい!二人とも」
姫ちゃん先生はそう叫ぶと二人の間に割って入った。
「佐々木君も中西君も教室戻って!早く」
その大声に野次馬の生徒はすぐに反応して教室に戻ったが、李音と保はピクリとも動かない。よく見ると李音のほほは腫れ上がっている。
―――李音のやつ、保に殴られたんか?―――
一馬は、今の李音に近づく勇気がなかった。何を言ったらいいのか、まったくわからない。
「・・・大丈夫?保」
一馬は、李音に背を向けて保の元へ歩み寄った。
「大丈夫だよ、心配すんな。なんかあっても俺がいるから」
「・・・裏切り者」
後ろから小さく声がした。誰が言ったのか判断できなかったが、一馬は後ろをおそるそる振り返った。
「裏切り者!!!」
李音は一馬にそう叫ぶと教室のドアを壊すくらいの勢いで閉めて入っていった。一馬はその後に教室に入るのが怖くて恐怖で立ちすくんでしまった。
結局、一馬は教室に入ることが出来ず、養護教室で一日を過ごすことになった。今、教室で一緒に授業を受けると混乱が生じるという判断なのだが、一馬にとって今日一日の心労は計り知れないものであった。いくら心は27歳の青年といってもさすがにこれはこたえたのである。
「これが朝顔の種で、こっちがひまわりの種。見たことあるね?」
「はい、リー先生」
一馬は、午前中は養護教室で過ごし、午後は3組のリー先生の計らいで3組のクラスと一緒に図書室で授業を受けることになった。
3組担任のリー先生(30代後半のベテラン男性教師である)は図鑑の写真をみ見せながら説明していた。今日は国語の授業の一環で、本を読む授業なのである。
「それでは、今から本を一冊探してきてください。借りてきた本を読んで感想文を書いて明日、提出。あっ、長編の小説とかは途中までいいから。その代わりなんで読みたかったのかをしっかり書いてくれたらいいから」
「はーい」
返事が止む前にみんな図書室のあちこちにちっていきおもいおもいに本を探し始めた。
一馬は、優介と保とともに図書館の奥の方にある難しそうな本を見ていた。
「優介って、こんな難しい本読むの?」
「うん。こういう哲学とかの本好きだから」
優介は哲学や難しそうなSFの本ばかりを見ていた。めぼしいのを見つけると開いいて少し読む。気に入れば手元に置き、その逆は元に戻すということを繰り返していた。
「この小説、面白いと思うよ。未来人が過去を変えようとやってきて色々する話なんだけどね」
「へ、へぇー」
一馬は耳が痛かった。まさに自分の事を指しているのだから。
「ねぇ、この本読んだの?優介」
一馬は別の本を指さして聞いた。
「うん、読んだよ」
「どんな話」
「えっと、未来から過去を変えようとやってくるんだけどね。例えば、歴史が動くような大事件を阻止したらどうなると思う?」
「えっ、そんなん歴史変わるんじゃ」
「と思うよね。けどこの本だと、事件を阻止しても別のところでまったく同じ出来事が起こるんだ。例えばね、こっちの本でも同じような内容なんだけど。ドイツのヒトラーっていたじゃん。後にナチスを結党して第二次世界大戦に進んでいくんだけど、この本だとナチスを結党する前にヒトラー暗殺されるんだ。そしたらどうなると思う?」
「どうなるって、戦争起こらないんじゃ?」
「ところが、この本だと暗殺されてから数年後、アメリカでクーデターが起こってナチスに似た政党が政権とるんだ。それで、これが中心になって戦争に進むんだけど。ようするにさ、地球ってこれから起こることってある程度決まってると思うんだ。そんで、そこからずれたことが起こった場合、別の所で修正して本来の道へと戻していく。そういうことが書いてるんだ。だから・・・」
突然優介は背後から拳骨で殴られその場で座り込んで悶絶した。
「いい加減にしろ!一馬のやつドン引きしてんぞ」
声の主は保で、熱く語る優介を止めてくれて内心ほっとした。
「・・・ごめん。つい」
「いいよ二人とも。てか、優介って意外とSF好きなんだ」
「うん、こういうの面白いから」
「面白いやつにはな。俺なんかちんぷんかんぷんだし」
保が頭抱えて答えた。
「・・・普通はそうだと思うよ」
一馬は、二人をフォローした。なんだか、今まで幸助とばかりおしゃべりしていたのでなんだかこういうのは新鮮である。
「さっ、本見つけて読もうぜ」
一馬は結局、優介に薦められた本を読むことにした。しかし、時間が足りないので自宅に持ち帰って読むことにした。
その夜。一馬は、ベッドに横たわると、借りてきた本を片手に考え事をしていた。
―――俺がやろうとしてることは明らかに歴史を変えようとしてることだよな。じゃあ、この本の通りだとどこかで必ずひずみが出るってことか?―――
一馬は本をベッドそばに置くと今度は携帯を覗き込んだ。
―――仮に、今回のことが保たちと仲良くなったことが原因なら、乱闘は何か別の形で起こるってことか?一体どんな形で・・・―――
『リロリロリ~ン♪』
LINEの着信音が鳴ったので一馬は携帯を除いた。見るとそれは茜からの着信であった。
茜『起きてる?』
一馬『起きてるよ?』
茜『今日、何の本選んだの』
一馬『「タイム探偵・消えたプリンセスの首飾り」「クロノ・スナイパー5 過去との決別」「ザ☆新長組6 新長組とわりと忙しい3日間」の3つ』
茜『おもしろい?』
一馬『まだ、タイム探偵しか読めてないけど面白いよ、コレ』
茜『ねぇ、明日どうする?』
一馬『行くよ。最初姫ちゃん先生と話する予定だけど』
茜『そうなんだ、あのね、一馬って保くんや優介くんとばかり話してない?』
一馬『そんことないと思うよ?』
―――そういえば、運動会のあと、どこかで茜と二人で喋った記憶がないな―――
茜『そう?』
一馬『明日、花壇に行ってみる?花のことも気になるし』
茜『うん』
一馬『OK,じゃあ明日』
茜『うん、おやすみ(=‘x‘=)』
茜は、猫の顔文字をつけて送ってきた。
―――花壇の水やり、休みもあって全然行ってないな、明日登板じゃないけど行ってみるか―――
一馬は携帯の目覚ましをセットして眠りについた。
翌日。一馬は一人で登校することになり通学路をトボトボと歩いていた。憂鬱である。学校着いたところで今日も養護学級に行くのは目に見えている。
昨日の晩、姫ちゃん先生から両親に電話連絡があったそうだ。一馬への配慮から、直接何があったかを聞かれることはなく(むしろオトンはある程度事情を知っているのであるが)朝も普段通りに声かけられて出てきたのである。
校門をくぐる時点では誰にも会うことなくそのまま下駄箱に行ったのであるが、今日はなぜか騒がしい。一馬はおそるおそる行ってみるとそこには黒山の人だかりがあった。
―――嫌な予感がする。この中心にいるのってまさか?―――
「てめぇ、偉そうに!いいかげんにしろ」
「調子こいてんじゃねぇぞ、おらぁ!」
―――やっぱりだ。保と李音だ。一体朝っぱらから何やってんだよ―――
一馬は半分呆れ返っていたが、その後ろから右肩をとんとんと突っつかれたので一馬は後ろを振り返った。
「おはよう、一馬」
声の主は茜と美香であった。二人は一馬に隠れるように促しながら事情を説明した。
「朝、登校したら保が待ってて、昨日の件とか李音に説明しようとしたの。そしたら、幸助が割って入ってきてそれに一緒になってまたあの調子で」
「今、希が先生たちを呼びに行ってるから一馬はこっちから教室に」
茜は一馬の手を引っ張って下駄箱を出て裏から校舎に入ろうとした。
「キャッ!」
突然鈍い音がして茜がその場に座り込んだ。見ると左手でこめかみを押さえていて、すぐ横にはリコーダーが転げ落ちた。リコーダーにはローマ字で『SASAKI』と刻印されている。
「大丈夫!茜」
美香の声掛けに茜は反応しない。誰かが投げられたリコーダーが茜のこめかみに命中したのだ。
「てめぇ、ふざけんな!!」
「るせぇ、先に出したのお前だろ」
李音と保が殴り合いのケンカを始めていた。それも、ランドセルの中に入ってるものを投げつけたりしながらド派手に。
保は優介が、李音は幸助が止めようとしてるが全く手がつけられない。
「茜!しっかり、大丈夫!」
美香が懸命に声をかけているが、茜はうずくまって動けない。
「茜、見せろ!」
一馬は抑えてる手を離して傷口を確認した。赤く晴れ上がり、出血こそしていないが、かなり痛そうである。
「一馬、私、大丈夫だから」
茜は涙声のか細い声で答えたが、全然大丈夫そうではない。
―――・・・ふざけんなよ、てめぇら!!―――
一馬は脳みそが沸騰した。その場にランドセルを置くと人だかりをかいくぐり中に入っていった。そして、李音に気づかれないように背後に回ると一気に突進した。
李音は背後からの一馬のタックルをモロにくらいそのまま押し倒された。そして一馬は、李音に馬乗りになるとそのまま目を狙って無言で殴り始めた。
「一馬!やめろ!」
すかさず保と優介が止めに入るが、一馬はその手を振り払うと李音の顔面を再び殴った。
「いいかげんにしろ!俺がどんな気持ちかわかるか!みんなに迷惑かけてるのわかるか!茜に怪我させて何してんのかわかるか」
李音両手で顔を守ろうとするのでやっとであるが、一馬はそれでも殴ろうとしていた。
「ふざけんな!!」
突然、一馬は後頭部に強い衝撃が入ったと思った。それと同時に一馬は前に吹っ飛んでそのままスノコに思いっきり顔面を擦った。
「てめぇ、調子乗るのもいいかげんにしろ!!」
そこに立っていたのは幸助であった。幸助はそのまま一馬に突進するとそのままジャンプして膝立ちしている一馬の顔面に蹴りを入れた。一馬はその蹴りをモロにくらいそのまま後ろに吹っ飛んで、受身を取れず後頭部を思いっきり廊下の床に打ち付けてしまった。
「てめえむかつくんだよ、みんながみんながんばってんのに自分だけいい格好しやがって。副島のハチマキの件だって、みんなにちゃんと言えばわかってくれるのにどうして言わないんだ!!自分だけいい格好しようとすんな!この、裏切り者!!」
一馬は確信した。昨日、廊下で最初に「裏切り者」と叫んだのが幸助であると。しかし一馬は幸助の声は聞こえるのだが、答えることができなかった。口が、動かない。目があかない。何も見えない。そして頭のあたりから何か生暖かい液体が広がっていくのを。
「キャァァァーーーーーーー!」
「松井!しっかりしろ!おいぃ!」
複数の女子の悲鳴がこだましていて、複数の教師の声が顔面への軽い衝撃とともに聞こえてきた。おそらく、ビンタしてるのであろうが、一馬はぴくりとも動かない。そして、その次の瞬間から一馬はなにも聞こえなくなり、真っ暗になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます