明日の選択を

歌峰由子

第1話 明日の選択を


『信愛なる愚鈍な民衆諸君に、処刑台より愛を込めて最期の言葉を贈ろう! 私を殺した事実を君たちは将来、永久に自らの汚点として残すであろう!! 私はそれを天より見守ることとするよ。私は永久に君たちを赦そう!』

 あーっはっはっは! 華麗にそう高笑いして、男は断頭台の露と消えた。小規模ながら惑星国家一つを数十年にわたって牛耳り独裁した男の、なかなかどうして天晴な最期だった。

「で。どうするよ? 今後の展開はオメー次第だぜ、レジスタンスのリーダー君よ」

 そう尋ねたのは黒づくめの格好に狐の面を被った奇妙な男だ。彼は別星系の別国の特殊部隊の工作員で、この国を転覆させるためレジスタンスに力を貸していたのだ。

「決まっている……みんなで国を建て直すんだ」

 まだ二十代半ばの青年が、そう希望と決意に燃えた眼で空を見上げた。狐面の故郷と違い淡い青緑色の空に、小ぶりな太陽が二つ光る。

「建て直す、ねェ……」

 青年の無知ゆえの眩しさに、狐面の下で男は目を細める。この星は彼の故郷と違い、惑星大気中で呼吸はできない。人々は地表にドーム型コロニー都市を形成してそこに住んでいた。合計五つあったコロニー都市を制圧し、レジスタンスは革命軍となって独裁者を倒して現在に至る。革命軍はコロニーの端、低い天井と不潔な環境に生まれ育った、いわばスラム街の貧民がほとんどだ。環境の良い場所にすまう富裕層を打倒して、国民全員に平等な生活を。そう掲げた彼らは、ただの無知な暴徒だったのか、それとも真の自由を勝ち取る英雄だったのか。それが決まるのは今これからだ。

「アンタには感謝している。何者なのか知らないが、アンタの助けが無ければ僕たちは奴を倒せなかった。ありがとう」

 素直に真っ直ぐ頭を下げられて、狐面は困ったように己の頭を――見事な黄金色をした金髪を掻き回した。疑うことを知らない。誠意と熱意だけで、革命軍を引っ張ってきたような男だ。狐面は結局、この国を亡ぼすため最も効率が良い方法として、この青年に力を貸したに過ぎないのだが。

「――なあ。オメーはそうやって俺に、こんな顔も見せねぇ奴を信じ切って頭を下げるがよ。実は俺が、ただの愉快犯だった、ってんならどうするよ」

 志も特になく、ただこの国を混乱に陥れることを楽しむトリックスターだとしたら? そう尋ねた狐面に、顔を上げた青年はきょとんと目を瞬いて、それから気の抜けた笑いを漏らした。

「ははっ、そんなの元から知ってるさ。何で今更そんなことを?」

 明るく言いきられて、あれっ? と狐面は首を傾げる。それがさらに可笑しかったのか、青年はなおも笑いながら続けた。

「だから『狐面』なんだろう? てっきりそう思っていたんだが。あんた自身に、この星に興味が無いのは見てて分かったよ。でも、俺達を裏切るつもりもないのも分かった」

「――だからって、オメー、『親友』より俺を選んだってのか」

 純粋なだけの坊ちゃんだと思っていたのに。これは存外、大物かもしれない。彼の親友は、彼と共に育ち、彼と共に革命を志した。だが、直情で頑固だったその親友殿にとって狐面はどうしても気に入らぬ相手だったらしく、リーダーである青年は親友と狐面、どちらをとるか選択を迫られた。

 あの時既に、狐面に革命の志が無いことくらい見抜いていた、とそう言うつもりか。

「あいつはきっと……分かってくれた。いや、分かってくれなくてもいいんだ。それぞれ、別の道を歩んでも同じ『自由』の為に戦えたのだから」

 青年らと袂を別った親友殿は、別の抵抗軍を組織し華やかに散った。拳を握り締めそう言い切る青年に、ふう、と狐面は溜息を吐く。まったくこれはどうしたものか。

「…………いいこと教えてやるよ」

 腕組みをし、ふう、と溜息を吐いた狐面は近くの瓦礫に背を預けて低く言った。青年が訝しげに顔を上げる。

「――っと、俺はアキツの工作員だ。この国……大和国のユウリャク政権が目障りだっつーお達しを受けて、この国を滅ぼしに来た。まあ、その仕事はオメーのおかげでサッサと済んだんで、これでウチに帰れるわけだが…………」

 さすがに青年が目を丸くする。狐面は、そのトレードマークである白狐の面に、黒い皮手袋をはめている手をかけた。面を外す。碧色の空の下、苛烈な二連太陽の光の下にその顔が露わになる。

「あんた……」

 驚いて言葉を失う青年の前で、狐面は皮手袋も外して見せる。その指には、肉食獣の鉤爪が。そして青年と真っ直ぐ交わる視線は、鮮血のように真っ赤な光彩に、針のような細く縦に割けた瞳孔を持っていた。

「俺は――まあ、いわゆるバイオロイドってやつでな」

 口を開けば、犬歯と呼ぶには立派過ぎる牙が覗く。狐面の男は軽く肩を竦めて笑って見せた。

「こんなナリの反面、オメー等じゃ出来ないことも色々できるワケよ。そんで、お前さんにも報告しないところで、色々この国のことを調べ廻った。その結果なんだがな」

 こんなことを話すのは、せめてもの贖罪か。否、今更そんな殊勝な心掛けが出来るほど初心でもない。こうして滅ぼしてきた国はいまや数知れないのだ。

 正面から青年が狐を見据える。この異形を前にしてなお怯まず、その言葉に耳を傾けようとするこの青年に、要するに狐は絆されたのだ。わりとよくあることなので、郷里の同僚や上司も大して文句は言わないだろう。任務はもう果たしている。

「この星のドーム型コロニーは限界に近い。あと十年もすりゃあ寿命が来る。大気循環装置が壊れちまって、みんな窒息死だよ。――だからあの野郎は船を作ってたんだ」

 あの野郎。小さく青年が復唱した。それは先日高笑いしながら散った独裁者のことだ。苛烈を極めた圧政と生死ギリギリまで搾り取る重税。それに苦しみ果てた人々は数知れない。それを踏み台にして、あの男が目指していたものは。

「野郎は方舟を作ってたのさ。この終わりを迎える星から逃げ出すための方舟をな」

「…………まさか、じゃあ、奴の最期の言葉は」

「そういう意味さ。確かに奴は独裁者だったし、仮に方舟が出来たとしてそれに乗るのは上の肥え太って腐りかけた豚どもだけだったろうが……舟が必要なのは事実だ」

「修復は出来ないのか。コロニーの!」

「無理だな。そいつは……ロストテクノロジーってやつだ。オメー等の十何代か前の御先祖しか知らねぇ。俺らにも分からねえ。どこかの学都に行って調べ廻りゃ分かるかもしれねえが、その間にタイムアップだろうな」

 呆然と青年が突っ立っている。いう訳にはいかなかった。革命軍と現政府の講和など狐には許されなかった。だが……。

「方舟の建造は進捗四割ってとこだ。本当なら今時点で六割行きたかったんだろうが、色々邪魔も入ったからな。これから先の時間を考えりゃ結構厳しい」

「……どうすれば。俺は、どうすればいいと思う」

「俺に尋ねていいのかい?」

 苦笑した狐に、青年も笑った。

「他に誰も知らないんだろう? 事実は自分で確かめればいい。だがそれにも情報は必要だ」

 決して馬鹿ではない。だから肩入れしてしまう、と狐は内心笑う。

「一人目の独裁者は去った。この国には次の悪役が必要だ。――世界で賢く一番優しい悪者が、な……」

 方舟にはどう頑張っても国民全員は乗せられないだろう。彼はこれからそれを背負う。重税と苦役を強いて突貫で方舟を作り、そこに国民の何割かを乗せる。誰を乗せるかの選択すら、きっとこの青年の肩にかかる。

「わかった……。大丈夫だよ、今までだって悪者さ。なんたって反政府過激派組織の首魁だからな。それが独裁者に変わるだけだ」

 明るく笑んで見せる青年は今度こそ眩しい。狐も目を細めて笑った。



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Twitter企画 #創作onewrite 参加作

使用お題:「世界で一番優しい悪者」「処刑台から愛を込めて」「愉快犯の供述」「今後の展開は君次第」

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