第93話 アボットの町を出発です
「まあ、なんだ。今度ゆっくり来るから、それまで神のみもとへなんぞ行くなよ」
「わしも年じゃしの。それは分からんぞ」
「町長の護衛相手に大立ち回りしてたのに、何言ってんだ」
ロウ神官、そんなことしてたんだ。
さすがフランクさんの育ての親だ。
「うちの子供を攫われて、大人しくしていられるわけがなかろう」
「まったく……。変わんねぇな、あんたは。安心しろ。爺さんがくたばりそうになったら、俺が回復してやるぜ」
「お主の世話になるほどモウロクはしとらんわ」
「……まだまだ長生きしそうで安心したよ」
フランクさんにとってロウ神官は育ての親ですもん。心配するのは当然です。
「まったく。心配なら心配って素直に言えばいいのにねぇ」
「誰も心配なんてしてねぇよ」
呆れたようなルイーズさんに、フランクさんはムッとして言い返す。
「きゅきゅきゅーっ」
ぺしぺしと、ルアンがフランクさんの頭を軽く叩く。
「ほら。うさちゃんもそう言ってるじゃないか。素直におなり」
「うるせぇっ」
そっぽを向くフランクさんの耳が赤い。
私は思わずアルにーさまと目を合わせて微笑んでしまった。
「助けてくれてありがとうな」
町の入り口まで見送りに来てくれたまーくんが、私たちに向かって頭を下げた。
「僕たちは騎士だからね。民を守るのは当然だよ」
アルにーさまがまーくんのオレンジ色の頭をくしゃりと撫でる。
私もその横で頷いた。
「いえいえ。みんなが見つかって良かったです」
「ああ……。お前も、またこの町に来いよな」
まーくんの言葉に返事ができずに口ごもる。
また、かぁ。
この町を出発したら土の迷宮へ向かって、その後は炎の迷宮に……。
そして全ての鍵を集めて賢者の塔へ行けば、元の世界に帰ることができる……はず。
だから多分、もうこの町へは来れないと思う。
言いよどむ私に、まーくんは笑顔を浮かべた。
「近くに来た時でいいからさ!」
「うん。そうだね」
確かに、またここに来ることがあるかもしれないもんね。
「じゃあまたな、ユーリ!」
「またね、まーくん」
名前を呼ばれるのって、なんだか友達っぽいよね。
アルにーさまやアマンダさんは年上だから……。まーくんはこの世界での、初めてできた友達だよ!
「少年のスライムは私が責任を持って研究するので、心配せずともよいぞ」
カリンさんはホクホク顔で腰につけたスライムバッグを撫でた。
まーくんがベッドの下で飼っていた魔鉱石スライムは、ロウ神官がキュアで清めた水で浄化されているから、まーくん一人に特別に懐いているっていうわけじゃなかった。
それで今後の餌のこともあるし、カリンさんが引き取ることになったの。
さすがに魔鉱石だと餌代が高すぎだもんね。
その代わり、ロウ神官がキュアでスライムを浄化し、聖水を与えた子を教会で飼うことにしたらしい。
カリンさんが、よく観察してそのレポートを送って欲しいとロウ神官に頼んでいた。
「じゃあ行こうか、ユーリ」
「はい。アルにーさま」
まーくんに手を振って町を出ようとした時、一台の豪勢な馬車が町へと入ってきた。
その馬車はなぜか私たちの前で止まる。
カーテンを開けて窓から顔をのぞかせたのは――イゼル砦で出会ったレーニエ伯爵だった。
ええっ。ぽんぽこ腹黒ダヌキが、なんでここにいるの?
もしかして、アマンダさんをストーカーしてやってきたとか!?
「おや、これはアルゴ殿ではないですか。このようなところで奇遇ですな」
ちょっとたれ目でタヌキそっくりのレーニエ伯爵が、意外そうに眉を上げた。
「本当に奇遇ですね。……レーニエ伯爵のように多忙なお方が、なぜこのような場所に?」
「この町の町長から、重要な話があるとの知らせを受けましてな。詳しい事はこの町で、ということだったのですが……」
「町長のボーワンは子供を誘拐した罪で捕縛されました」
「誘拐ですと! それはまた、どうしてそのようなことに」
大げさなまでに驚くと、レーニエ伯爵は後ろを向いた。
「クルム。残念ながら無駄足だったようだ」
「町長が逮捕されたのであれば、ロクな話ではなかったのでしょう。むしろ犯罪に巻きこまれずに済んで幸いでした」
「確かにそうだな。仕方ない。では帰るとするか」
「はい」
そのまま窓を閉めようとしたレーニエ伯爵は、ふっと思いついたようにアルにーさまを見た。
「しかし、アルゴ殿たちはなぜここに? カラーラの大理石に興味が御有りでしたかな?」
「いえ。こちらのフランク神官の師がこちらにおいでと聞いて、少し立ち寄ったまでです」
実際は誘拐事件の事を聞いてやったきたら、たまたまフランクさんの育ての親であるロウ神官がいたんだけどね。
でも、良い子は黙ってお口にチャックです。
視線をそらして子猫サイズのノアールを抱っこしていると、レーニエ伯爵の方から凄く視線を感じる。
でも見ないよ。うかつに目が合って話しかけられたらボロが出ちゃうかもしれないからね。
その後も貴族らしい遠回しな会話を続けた後、レーニエ伯爵の馬車は元来た道を帰っていった。
ふう。緊張した……。
「どう思う?」
馬車を見送ったアルにーさまが、真剣な表情で隣のフランクさんに尋ねる。
「ありゃぁ、ここに魔鉱石があったのを知ってるんだろうな」
「そうでなきゃ、こんな所まで来ないだろうしね。裏で糸を引いていた可能性もあるけど……。レーニエ伯爵はあれでいて切れ者だ。直接法に触れることまではしないだろうから、誘拐は町長の独断だろう」
「だろうな」
「でもレーニエ伯爵が……というより、クルムがあのゴーレムを見つけなくて良かった。彼は『
「ああ。危ない所だったな」
確かにあんなゴ-レムみたいなのがたくさんいたら、革命を起こせるくらいの戦力になっちゃうもんね。レーニエ伯爵にそういう野心があったとしたら、危険だよね。
……あるのかな? 分かんないけども。
「おい、爺さん。またあのレーニエ伯爵が来ても、ゴーレムの封印を解くんじゃねぇぞ」
「ふん。お前に言われるまでもないわい」
「そんじゃ、元気でいろよ」
「お主たちも達者でな」
そして私たちは大きく手を振って、アボットの町に別れを告げた。
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