第104話

そう、3月23日は蘭の卒業式だった。

「保護者とともに、8:30までに学校に到着し、保護者は体育館に、卒業生は教室で待機。式は9:00開始。」

プリントにそう書いてあった。当該プリントは3月頭にもらって来ていたため、私は数週間〝卒業式の日は、何が何でも朝、良い頃合に起床せねばならぬ〟との脅迫的観念に苦しめられる羽目になった。同月13日の父の葬儀は突発的事項だったが、それ以外今月のスケジュール表に午前中の用事は入れられないぞ、と躍起になっていた。のに、これだけは致し方なかった。

万が一そんなコトになれば「一生恨んでやる」と蘭には言われたが、私が保護者席にいない長女の卒業式を何度か描いては見た。午後5:00より謝恩会が行われるのが救いであった。もしもの場合でも、謝恩会には出られるはずだ、と、わが胸の緊張を何度ほぐしたことか。


今考えてもオソロシイが、その日は熟睡できない「不眠の日」に当たった。文字通り大当たりで、早朝起床を可能にしたのだ。「不眠の日」と「起きられない日」が不順ながら交互にやって来る確率50/50のギャンブルな日々。とにもかくにも万々歳だった。


さて、今年から中国人技能実習生が半減し、私の日本語講師報酬も半分になろう中、市内のある縫製工場に、同23日、一人の中国人技能実習生が来日し、24日から日本語講習がスタートすることになっていた。

会場は車で約45分かかる町住民センターの一室。平日9:00〜17:00。

4月からアフタースクール指導員職に就くので、3月だけでも講師をしたかったが、朝早い上にフルタイム稼働などとても無理、やっぱり無理、と涙を呑んで辞退したのだった。もう一人の講師・田川先生が務めてくれている。彼女も経済的に苦しいと公言しているので、喜んで助けてくれるだろう。

大きな仕事を見送らねばならないのは非常に遺憾である。帰国定住後こんな事態は初めてだ。

その代わり、アフタースクール指導員助っ人職(スポット)に登録しているおかげで、春休み初日25日以降の平日に出動願いをもらい、午後の部なら行けます、と応諾した。


辞令は24日に出た。夕方6:00過ぎ、市役所子育て支援課の足立課長から電話がかかった。この人が人事担当だと聞いていた。スポット要請が多く、指導員の先生方も児童たちとも馴染みの深いRアフタースクールが本命だったが、思わぬKアフタースクール勤務と告げられた。RからKまで車で15分ほどかかるかかからないか、という位置関係にある。比較的若い指導員は遠方の勤務先に組まれやすいと言った人がいたが、ちょっと頷けた。40代だとこの仕事では若手に入る。

辞令には、〝ははーっ! 謹んでお受け致しまする。〟と答えるしかないので、そうした。


翌25日、午前10:00まで昏睡していた私は、起床後意識が澄んで来るのを待って、足立課長の指示に従い、Kアフタースクールに電話を入れた。

新任や異動の際、事前の顔合わせは必須らしい。31日まで午後はRアフタースクールに出勤するため、来週28日(月) 午前中に伺う、と返答した。

しかし、懸案の、

1) 4月上旬にある春休み中の平日4日間は、体調不良のため、午後勤務に

してほしい。

2) 指導員何名体制で運営されているか。

はその電話で告げた。

1)は、聞いておくが、詳細は顔合わせの時に。

2)は、4名。

とのこと。1)は気がかりだが、4名には安堵した。2人体制の所は、人間関係がうまく行かない場合ツラいし、休みが取りにくい難点があるからだ。


身体は変わらず重く意のままにならないまま、仕事のシフトだけがほぼ自動的に組まれて行くのに戸惑う。

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