第77話

宮下さんとでワンセットととらえられていた研修期間が終わり、師走に入った。たった8日間、40時間の研修はやはりあっと言う間だった。人手不足ゆえ、早い独り立ちが求められた。年末は行事が多く、書店も売上が伸びる時期で、プレゼント用のラッピング作業も余分に増える。新米店員の私は、戦力になろう!というより、足手まといになってはならぬ、と自分に言い聞かせた。常にメモを取り、勤勉に働いた。

それなのに、たびたびミスを冒し、黙っていても怖い店長に叱られた。地獄耳なのに、店長の指示を聞き間違えたケースも数回あり、不思議でしようがなかった。還暦前後と思しき店長の声はクリアではない、と言えば言い訳になるし、私もトシなのかな、と悲しく疑ったりもした。大型書店の業務は複雑多岐にわたる。単なる店員ではなく職人ぽい仕事が要求される。そこが面白いのだが、一人前になるまでには幾多の研鑽が必要だった。


2013年5月、若年性白内障の手術を受けた。小2以来のど近眼、ど乱視だった私は、むしろ白内障手術を心待ちにしていた。台湾時代より白内障は進み始めていたが、手術には早かった。

国際離婚し、帰国後約10ヶ月で、ようやく医師のGOサインが出た。

現代の白内障手術は進歩し、人工の水晶体に近視や乱視矯正可能機能が付加されている。レーシックより安価、安全に0.01の近視が10倍以上改善されるというのだから、待ちわびた手術だった。

近くで名医を探し、両眼とも施術。無事成功して、現在は平均0・7くらい見えるようになった。基本的に裸眼で生活できる。パラダイスである。

玉に瑕なのは、強制的に老眼になってしまったことである。人工の水晶体は調整能力がないため、一定の距離より手元と遠方を見る際、補助器具、すなわちメガネに頼らねばならない。

書店のレジから左に1.5m地点に置かれたパソコン無くして、様々な業務は成り立たないのだが、これが苦手で困った。立った姿勢で画面を見る際、エプロンのポケットに収納してあるメガネを取り出し、かけて、画面に焦点を合わせる動作も、在庫状況、入荷予定日、発売予定日、入荷が迅速なブックライナーからすぐ入荷可能か、ダメなら出版社に問い合わせ、希望の商品があるか尋ねるか、などなどをチェックする作業もひと苦労、且つ難儀だった。見たい画面を数ある資料の中からトップページにすばやく引っ張ってくるのには、かなりの熟練が要求されたのだ。機械音痴を自認する私は、職場にあるパソコン恐怖症だった。


そして、あろうことか、それとSさんよりもっと恐ろしいものが、この書店にはあったのだ。


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