第二十五話 艦長、真の敵です。
ティーターン艦長であるディオスが派手な装飾の輸送機に乗って現れたのはそれから数時間後であった。
──そんな長時間何をしていたか?
ディオスは長々と語っていたのだ、誰も聞いていないにも関わらずカメラに向かって……。
それから話終え、汗だくとなった彼は、姫へ謁見のための身だしなみとして、入浴、エステ、マッサージを経て、髪型のセット衣服の着用を行い、ようやくやって来たのであった。
その間、四度程カグヤが主砲をぶっ放しそうになったのは言うまでもない。
「アーヤセーヌゥゥゥー──ぐっはっ!?」
そんな完璧にコーディネートされたディオスは、カグヤに抱きつこうとして喰らったカウンターパンチにより、容易く崩壊した。
「アヤセーヌ……久々に会ったら随分と荒々しくなったんだね……」
「アンタにはこうするのが正しい接し方だと思っただけよ」
「ハッハッハ、そんなに僕のことを考えてくれてるのかい? いやー、記憶がなくなってもやっぱり僕たちは赤い糸で繋がってるんだ──がはッ!!」
続いて強力なボディブローが腹部に刺さる。
待たされたイライラの発散が出来たせいか、少しカグヤも楽しそうだった。
「うっさいわ! アンタのことなんか忘れたわよ!! 面倒だからとっとと連れていきなさい!」
「いいのかカグヤ? もう通信障害もないんだ、アレでも親父なんだから連絡ぐらいとれば……」
「……いいのよ、アイツは私達に山ほど隠し事して、エーテリオンを私物化しようとしてただけなんだから」
エーテリオンを私物化していた張本人は、自分達を騙していた帝の事を軽く切り捨てる。
「送別会ぐらいやってからでも……」
「この戦いが終わるかもしれなのに、悠長にそんなこともしてられないでしょ? それに、攻めてこれるってことは、帰って来れない場所じゃないってことよ。今度は話を済ませてから、ちゃんと帰ってくるから、それまで待っててくれればいいわよ」
一時の楽しみよりも、早期の平和を姫としての責任からか、カグヤは出来るだけ早い帰還を望んでいるようであった。
「では行こうかアヤセーヌ、帰ったら早速式を上げよう! めでたいことは多い方がいい、そうに決まっている! うん!」
「はいはい、アンタはうるさいから少し黙って──」
「カグヤ!」
「──っと……指輪?」
今まさに輸送機に乗り込もうとしたとき、呼び止められたカグヤは反射的に飛んできた物をキャッチすると、投げた相手を急いで確認する。
──飛んできた方向に立っていたのは飛鳥であった。
「なによこれ」
「俺の秘められし力を抑えるために、聖なる力を秘めた秘めたる指輪だ」
「ヒメヒメいいすぎよ、新手の嫌がらせ? だいたい、力抑える指輪渡したらアンタはどうすんのよ……返すわよ」
「そ、それはスペアだからいいんだよ」
「スペアって……秘めたる指輪いくつあんのよ……」
キャッチした指輪を呆れた目で見つめながら、飛鳥のアホらしい言葉にツッコミを入れていく。
「とにかく、これから一人になるんだ、お守りみたいなもんだよ。何かあった時は祈りを捧げ──いや、助けを呼べば、正義の主人公が必ず現れるからな」
「何かあったときアンタなんか呼んでどうすんのよ。逆にややこしくなるに決まってるわ……でも──」
カグヤが輸送機の中へと入ると、ハッチがゆっくりと閉まっていく。
閉まりきる前にクルリと振り返ると、飛鳥に向かって言葉を続ける。
「ありがたく貰ってあげるわ。じゃあね、飛鳥」
彼の名前を呼び終えると同時にハッチは閉鎖され、輸送機はティーターンに向けて飛び立っていった。
「へっ、最後まで偉そうにしやがって……」
輸送機の行方を目で追いながら、静かになった格納庫で飛鳥は小さく呟いた。
……
「これがティーターン……」
「そうだよアヤセーヌ、主砲は上部下部合わせて26門、副砲は36、対空レーザーは52も装備してる! EGも30機以上入るし、大型のエーテル製造炉もあるから、アモールもほとんど枯渇しないし、機体の整備もすぐに出来る」
「製造炉? アモールってなに」
「アモールは特攻兵器……今までアヤセーヌ達が倒していたアレだよ。でも安心して、アヤセーヌはまだ誰もローメニアの人々を殺してはいない、アモールは無人機だからね!」
「アモール……ね。まさかそんなに簡単に造れたなんて」
時に主砲でなぎ払い、飛鳥達がEGで殲滅してきた敵……それが彼らにとって取るに足らない存在だと知り、ショックを受けるカグヤ。
そんな雰囲気を悟ってか、それとも通常運転なのか、ディオスはペラペラと話を続ける。
「でも、簡単に作れるのはティーターンぐらいだよ。アールテーミスレベルの戦艦のエーテル製造炉はここのに比べて小型で、数も一つだけだしね」
「ふーん」
ズラリと並ぶヘイラーに似た灰色の機体を見据えながら、ディオスの言葉にから返事を返す。
「よかったらもっと見ていくかい? ここの上には第一格納庫があって、そこには新型のティーラルキアが……」
「いいわよ、興味ないし」
その時カグヤは確信した。
あの場で大人しくせず彼等と敵対していれば、こちらの被害はタダでは済まないと。
自分が素直に従うことでみんなを助けられた、と。
それが、頼る人もなく一人になった彼女の心を少しばかりだが癒すのだった。
「さて、ここが君の寝室──アヤセーヌスウィィィートルゥゥゥムだよ!」
連れていかれるままついていくカグヤを待っていたのは、まるで豪邸の一角のように豪華な寝室であった。
赤い絨毯、輝かしい照明、クローゼットにドレッサー、屋根付きのベッド……まさに姫の部屋と呼べるものであった。
「……豪華ね」
「喜んでもらえて光栄だよアヤセーヌ。時間も時間だ、今夕食を持ってこさせよう……カイセル、予定通りだ」
「承知いたしました」
カグヤにとってのジャンナと同じように、ディオスの側近であるカイセルの名を呼ぶと、ペコリと礼をしその場から去っていった。
「……ようやく二人っきりになれたね、アヤセーヌ! さっそく一夜を“共に”過ごそう──かはっ!?」
「見境なしなの!? アンタは!」
顔をうっすら赤く染めたカグヤはディオスに向かって鉄拳をお見舞いする。
「じょ、冗談だよ。大事な君にそんな事するわけないだろ?」
「ふーん……どうだか」
「信用されてないなぁ……それじゃあまずは故郷の話でもして、距離を縮めるとしようか……」
故郷、という言葉を聞いて、カグヤは黙って反応を示した。
自分が産まれた、自分の国……全てを忘れてしまった星の話……それは、これからの自分に必要な物であった。
「ローメニア星、この名前は君の一族が全土統一から名付けられて……」
「その辺はあす──仲間から聞いたわ。この数世紀、ローメニア家を柱として成り立ってるんでしょ」
「成り立ってる、と言われると、今はかなり不安定な状況だね。だって、そのローメニア家が十二年もいなくなってしまったんだから……不幸中の幸い、エーテリオンに乗って単身行方を眩ましてるわけだから、死亡扱いされなかったのが救いだったかな……もしも戦艦が宇宙の
「……」
ヘイラー、アルテーミス、ティーターン……エーテリオンやエーテリアスを凌ぐ数々の兵器を目の当たりにしたカグヤは、その言葉の重みと、自身の重大性を心に感じ、押し黙ってしまう。
「……アヤセーヌのこの星での名前は……カグヤ、だっけ? いい響きだね……君はアヤセーヌと呼ばれるよりもその名前で呼ばれるのが慣れているようだから、これからは僕もそう呼んであげるよ。そもそもカグヤは、ローメニア家が数世紀に渡ってその座を守り続けられたのは何故だと思う?」
「……? 全員が良い主導者だった……から?」
「はは、そうじゃない。ローメニア王家の中にも色々と特殊な王は存在した。絵に見るような圧政を強いる者、色好きで側近を数百の女性で囲わせた者、少年が好きな者もいたし、政治を下に押し付けて一人旅を楽しむ者もいた……あとは──」
「あー、聞きたくないから本題を続けて……」
一体自分の先祖はどれだけ曲者揃いなのか? 興味本意で知りたいという気持ちもあったが、聞いてしまえば後には引けない気がしたので、カグヤはペラペラと話すディオスを止めた。
「ああ、わかった。ローメニア家が王家として数世紀機能できた理由……それは──力だよ」
「……力?」
「そう、力だ。それも戦争を抑止できる程のね」
「一体なんなの、その力って……」
「……初代ローメニア国王は元々科学者でね、それこそEGの設計に関しては天才と呼ばれるほどの頭脳を持っていて、今のEG設計の根幹を担ったと言ってもいい人物さ……その人は戦乱の中とあるEGを奇跡的に作り上げた……」
一息ついたディオスは表情を一転させ、鋭い目付きで言葉を続けた。
「
「イクス……ギア……」
「僕も実物を見たことはないが、初代国王はその機体を使い、たった一人で世界を征した……そんな、神のような力をローメニア家は保有し続けている」
「だから、他の奴等はローメニア家に手出しができないってわけ……? だとしたら、今頃誰かに取られてるんじゃないの?」
王家不在の今、ExGが完全にフリー状態ではないのかと思ったカグヤ。しかし、ディオスは小さく笑い話を続ける。
「まさか、そんな兵器を誰の手にも届く場所には置かないさ……先代はちゃんと強固な保管場所を用意して、錠もかけた──」
カグヤの白く艶のある手を取り、その手を彼女の目の前に強引に持っていく。
「ローメニア家一族のみに解錠できる、生体認証の錠前をね」
「ちょっと……何触って……」
「ローメニア家の歴史において王女は決して少なくない……だが、婿入りしていく男に与えられる特権など何もない。王家にとって他所の男など、ただローメニアの血筋を絶やさないための子種にしか見られていないんだ!」
「痛ッ──!」
自分に対する不名誉な呼び名に腹を立てたディオスは、掴んでいるカグヤの手を強く憎しみを込めて握りしめる。
その痛みに思わずカグヤも声を出した。
「僕はそんな王家の子種として一生を終えるつもりは更々ないんだよ。僕はね、ExGの力を使ってローメニアの神になるんだ……先代を薬で葬って、あとは君に開発した記憶消去のエーテル弾を撃ち、僕の
掴まれていた手を引き抜き、全身の力を込めた体当たりによりディオスを押し飛ばし、扉の近くへと逃げるように距離を取る。
「ペラペラペラペラ、よく喋るわね! 何? 帰ったら結婚式よりも死刑執行が望みなの!?」
「フフフ……この艦に君を助ける者は誰もいないし、アルテーミスの連中が、ここで君の身に何が起こっているかを知ることはできない……逃げ場はないよ?」
「くっ……!」
「君がエーテリオンで逃げたこと、今では感謝しているんだよ? 婚約者として他の貴族よりも戦力の増強に力を入れることができたし、何よりコレの開発にも成功した」
「なによ……それ」
ディオスが腰から引き抜いた物、それは拳銃に近いフォルムの、怪しい兵器であった。
「記憶消去なんて回りくどい物じゃない、撃った相手を文字通り奴隷にできる服従作用を持つエーテル弾……前回と違って効果は即効性だ」
逃げ場がないと言われたせいか、カグヤはゆっくりと扉から離れ、壁を伝って窓側へと移動するが、ディオスは彼女を追い詰めるように距離を詰めていく。
「さあ、帰ったら予定通り式を上げよう……そして君は宣言するんだ、彼がこの星の新たな王だ、ってね、ローメニア政権は終わり、新しい政権が始まるんだよ、フフッ……それじゃあ、僕だけの姫になってくれ──カグヤ姫」
銃の引き金に指を掛け、ゆっくりと掛けた指を引いていく。
逃げ場も為す術も無くなったカグヤの頭の中に過ったのは、出発前に渡され、人差し指に通していた指輪と、渡してきた彼の言葉だった。
──助けを呼べば、正義の主人公が必ず現れる。
我ながらそんな不確定なものに頼るなんてどうかしている。だが、自分に残された事など、ただその名を叫び、聞こえるはずのない助けを呼ぶだけであった。
「──ッ! 飛鳥ァァァァァーッ!!」
「ふん、いくら叫んだところで助けな……ど……」
ティーターンの主砲は26門、副砲は36門、対空レーザーは52門存在し、例え下から敵が攻めてきたとしても、その半数の砲台が待ち構えており、事実上その弾幕の壁を抜けることは並の機体やパイロットでは不可能と言える。
ましてや十二年も昔の機体が、たった一機で新型戦艦の攻撃を潜り抜けるなど、あり得るはずがなかった。
──では、今目の前にいるのはなんだ?
勝利を確信したディオスの目には、ブレードをこちらに向けて突き立てようとする改造されたエーテリアスの姿があった。
「カグヤァァァァァーッ!!」
それは夢や幻ではなく、二人の前に突如として現れたアマツはブレードを室内へと突き刺し、カグヤとディオスの間に割って入っていった。
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