魔性の王〈4〉



「たりない……?」




「そうだよ、リシュ。更なる力を俺は求める」



 リシュが離れても、ロキルトはすぐに追い付いてしまう。



「俺はおまえが隠してるもの……すべてを視てみたい。まだあるんだろ、秘めた力がその身体や血に。それが欲しいんだ、リシュ」




 ロキルトは腕を伸ばした。



 リシュはそれをなんとかかわし、長椅子に駆け寄った。



「そんなものはないっ! 母様がどんな想いであなたに血を分け与えたと思ってるのっ……禁忌を冒してまで!」




 なぜ……母様は



 この人を……


 毒から助けようとしたの?




 魔性になると知っていて。




 でも。


 そんなの……今のわたしの状況と一緒か。



 きっと館の者たちや街の人たちを人質にとられて……。




「あなたこそ、さすがに父と息子そっくりだわ、あのルクトワ王に!」




「なんだと⁉」




「六年前、あなたが毒を盛られて瀕死の状態になったとき、母様はルクトワ王の命令で王宮へ戻された。たぶん、行かなければきっと、母様の大切なものが奪われそうになったのよ。今のあなたがしていることと一緒よ!

 わたしはあの王が憎いわ。好きだと思ったこともない、今でも大嫌い。

 あの人が母様を呼び戻したりしなければ……」




 母様が……あなたと出逢わなければ。




「母様、こんなところに連れ戻されたりしなければもっと長生きしたはずよ。早く死んだりなんかしなかった! あなたのせいよ!」




「黙れっ、俺をあんなクズと一緒にするな!!」




(……クズ?)




 リシュとは違い、前王ルクトワと血の繋がるロキルトが、父王である男をクズ呼ばわりしたことにリシュは驚いていた。




 そしてより一層薄く淡い紫色へと変化したロキルトの髪に、リシュは動揺した。




 こういった状況で薄くなるということは、苛立ちや怒りからなる気分の高揚が髪色を薄く変化させているのだろうか。




 そして気持ちが落ち着いているときの方が、おそらく本来の色、黒紫に近くなる……のかもしれない。



 リシュを見つめるロキルトの眼差しは怒りに満ちていた。



「俺は違う。あいつとは違うっ……」




「嘘よ。母様のときと同じように、わたしを脅しているくせに。違うなんて言えないはずよ。でもわたしは母様と違う。わたしがあなたに与えるものなんて何一つないから! だから脅しても無駄よっ」



 叫んだリシュを、しばらくは暗い眼で見つめていたロキルトだったが。



 彼はやがてリシュから視線を外すと、押し殺したような声でクスクスと、狂気めいた笑いを漏らした。



 そして、再び顔を上げたかと思うと、低く笑いながらリシュに迫った。



 リシュは逃げるように離れたが、手を伸ばし追いかけてくるロキルトから身をかわしていくことが精一杯だった。



「まるで逃げ足の早いリスのようだな。もっと広い部屋を選べばよかったか? ここでは狭くて鬼ごっこもできないな」



 ふふふ。と、笑いながら。



 ロキルトは狭い室内を動き回るリシュの後を追う。




 結局、部屋をぐるりと一回りしただけで、リシュは足を止めた。



 今度こそ追い詰められ、ロキルトの腕に捕らわれてしまう予感に慌て、とっさに首を巡らせたとき、大きな窓に視線が向いた。




(……あそこから外へ……)



 そう考えて我に返る。




 逃げてはいけなかった。



 リサナに誓った。



 真っ直ぐ立って、前を向いて。


 ここで、この王宮で逃げずに、自分の足でしっかり立っていないと……。




 わたしを守ってくれた



 リサナは



 もう……いないのだ。





「終わりか、鬼ごっこは」




 ロキルトはもう笑ってはいなかった。



 感情の見えない冷たい瞳がリシュに向いていた。




 ───わたしは色を纏っただろうか。


 彼に対して。


 悪意という忌々しい、紫のあの色を。



(わからない……)




 ロキルトに対して怒りや憎しみ、そして恐怖が全く無いわけではなかった。



 けれど……。



 ロキルトを前にすると、どうしても母の面影が、リサナの想い出が心に浮かぶ。




 それはいつもロキルトの思い出話をする場面ばかりだ。




 悔しいほどに。


 切ないほどに。



 その声とともに……。



 彼のことを話すリサナはいつも笑顔だったから。



 それを思い返すたび、リシュは感じる。



 もしかしたら自分はロキルトのことを心底憎んだりはできないのではないかと。




 自分以外の子供の事を楽しそうに話して聴かせたあの思い出に……目の前の彼に。


 嫉妬は抱いていても。



 あの思い出話があるかぎり悪意は。


 ……心の底から湧き上がるような憎しみや悪意は……。


 なぜか抱けなかった。




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