第3話 探索者の心得
三島さんはその場にいた全員に軽い挨拶をすませると、昨日のカウンターではなくソファー席に座り。
「ウカ様コーヒー、みのりんと少年、食べ終わったらまたこっちへ来てくれ」と言って、備え付けの新聞を読み出した。
僕と伊吹も大人しくそれに従う。
「なんだ、もういいのか?」と三島さんが迎えてくれた。
――「あらためて今日の仕事の話なんだが、昨日も言ったとおり向かうのは山梨県の堕日市、しかもネットの航空写真で見るとかなりの山奥みたいだな、ただ車で屋敷のそばまでいけるようだからそこは安心していい」
「車は三島さんが?」
「あぁ俺が出す、目的は
「電話じゃダメなんですか?」
「電話はないようだ、わかっているのは住所だけ」
「留守だった場合は?」
「その場合は張り込みになる、実際に会って返すか返さないかの確認をとるのが目標だな」
「手荒なマネはしないんですよね」
「当たり前だろ、高校生になるかならんかのガキ2人連れてそんな仕事はしない、ただ探索者としては1人前として扱うからそこだけは覚悟してほしいな」
「伊吹は何もないの?」と質問を振ってみる。
「研究会からの難易度はいくつですか?」
「☆1個だ、遭遇しない可能性もある難易度だな」
「りょうかいで~す」
探索者ってオカルト趣味者ってことで良いんだよな、これで晴れて僕も変な研究会員に仲間入りか、トホホ。
「質問は以上かな、じゃ今日はよろしく頼む」握手を求められたのでそれに応じる。
「車を回してくる、ウカ様コーヒー代は帰ってから払うわ」とカランカラン、飲み逃げしていった。
「2人もモーニング代、帰って来てからでいいから」と佑香さんが微笑みながら言う。
「でも」
「それがここのルール」と食器をかたづけはじめる。
「ひとつお願いを」と突然声をかけてきたのはゴスロリ人形だ、紅茶をすすりながら、
「もし何か不思議な物があればお願いします」と続けた。
「は~い、
そうこうしてるうちに外からクラクションが聞こえてくる、プップッ、
「じゃ、いこぉ~」と伊吹が元気よくこぶしをつきだし歩き出した。
――表にはワゴン車が止まっていた、助手席には僕、伊吹は後部座席へ乗り込む。
【
伊吹は後部座席でつまれた荷物を遠慮もせずに物色している、ゴソゴソ。
「みのりん、あんまり仕事道具をいじらないでくれよ」と三島さんが軽く注意するが、
「は~い」と気のない返事を返し、やめる気配はない。
【
この
「屋敷まで大体どのくらいですか」と僕がたずねると「ナビによると高速使って2時間だな」とのことだった。
「おっ恭平君いいね、時間を気にするのは探索者の素質あるよ」と伊吹がよくわからない棒を振り回し後部座席から言ってくる、遠足に行く小学生のように興奮している、めんどくさい奴だ。
「夜までには帰りたいしなっておい、みのりんそれスタンガンつきだからな」
「は~い」
さて、車に乗ってる間、何もしないのはもったいない。
僕はスマホを取り出し、海野幸人について検索する。
ネットに記載されていた情報によると、海洋学の元大学教授で現役時には太平洋の海流温度の変化を正確に予測したことで有名になったらしい。年齢は106歳、生きてるのか、この人?
【
おそらくここまでは
299 名前:名も無き学者 投稿日:2014/02/11(火)
海野先生、中年にしか見えないけど100歳こえてるってマジ?
300 名前:名も無き学者 投稿日:2014/05/15(木)
この前、旅行費せびられたわ、貸すつもりなかったのに貸してしまった
301 名前:名も無き学者 投稿日:2014/09/07(日)
あの爺さん最近欲しかった本を手に入れたって喜んでたな
302 名前:名も無き学者 投稿日:2015/08/08(木)
>>300
俺も経験ある、それから学会で見かけても近づかないようにしてる
303 名前:名も無き学者 投稿日:2015/10/11(日)
爺人気あるよな、話聞いてると洗脳されそうな感じになる
304 名前:名も無き学者 投稿日:2015/10/15(木)
また調査資金集めてるらしい
305 名前:名も無き学者 投稿日:2015/12/23(水)
政府とコネクションもあるしな、あの人
306 名前:名も無き学者 投稿日:2016/01/20(水)
海野爺、金返せ
こんな感じに悪口が並んでいる。
今日は2016年3月21日、海野について書かれた最新の書き込みは1月20日だから、案外これを書いた人が依頼者なのかもしれない、そう思うとおかしくなってくる。
車は順調に高速へはいり、山梨方面に走る。
「何か買いたい物があれば談合坂サービスエリアに寄るけど、どうする?」
と三島さんが声をかけてきてくれる。
「慶司さんのおごりですか?」と伊吹が身をのりだし聞くと「あぁ経費で落とすからいいぞ」と大人な三島さん。
「やった~」と無邪気に伊吹が喜んで「恭平君、探索者が仕事前に買い物に行くのは大切な事なんだよ」とこちらに振ってくる。
「あ~はいはい、それも爺ちゃんの教えですか?」
「そうだよっ」とドヤ顔で言い返された。
談合坂サービスエリアは大きなSAで日用雑貨の類も売っている。
僕は三島さんから渡された千円札でペットボトルと菓子を、伊吹はライターと新聞紙を購入していた、何か燃やすんですか?
僕が不審そうな顔をしていると彼女は「最後の手段だよ、死ぬ時は一緒だよ」とにっこり笑いながら言う。
本当に何をしに行くんだろうか、だんだん不安になってくる。
それからトイレを済ませた三島さんと合流し、目的地へ順調に進むこととなった。
――高速を降り、田舎の山道を走っていく。
故郷の奈良にどことなく似ているのがうれしい。
ちょうどガスライトを出て2時間、別荘地の共同駐車場につく。
「ここから歩いて15分くらいの場所だ、とっとと行こう」
三島さんが先頭で歩き出す。
天気は曇り、それに加え生い茂った木々が光をさえぎるため、朝と言うのに森の中はどんよりと暗い。
スマホを確認するともちろん電波は届かない。
早く終わらせよう、僕の予想ではチャイムを押して海野が出てきて、「金を返してください」「返さない」で終わるはず、昼食は近場で何かおごってもらおう。
しばらく歩くと洋館が見えてくる。
背の低い柵が館を取り囲むように地面に刺さっている。
その柵の向こう側、つまり庭だと思われる領域は枯草に染まったいた。
洋館の周りは春の息吹を感じさせる淡い緑色なのに、ここだけが薄汚れた茶色をしている、少し不気味な感じがしたが除草剤か何かをまいたのだろう。
2人はかがみながら枯れ草を調べだした。
【
僕は洋館の周りを歩いてみる、高さは無駄に3階建てのようだが、意外と広くはない。
窓にはカーテンがかかっていて中を覗く事はできないが、案外普通の家だ。
それよりも、この枯葉の上を歩く感覚の方が奇妙に感じた。
一周していると、2人が追いかけてくるのがわかる。
振り返り、怪訝そうにしている2人に「何かあった?」そう聞くと
伊吹が「恭平君、単独行動は絶対にダメ、わかった?」
「家の周りを歩いただけだよ?」
「それでも必ず報告してから行って」と伊吹が僕にそんな注意をしていると、
「早いところ済ませるか」と三島さんが提案してきたのでうなずき同意する。
玄関の前に立ち、三島さんがチャイムを押す。
何も聞こえない。
「壊れてるのか?」もう一度押す。
【
「鳴っていませんね」と報告すると「電気自体がきていないようだな、しょうがない」
ドンドンドン、「海野幸人さん、おられませんか?」ドンドンドンと三島さんがドアをノックしながら大声を上げる。
それにも反応がない、最悪だ張り込みになる。
あ~ぁ、そう思いながらその場にしゃがみこむと、
【
「なんだこれ」そう言って紙を引き抜くと、2人も顔を寄せてみてくる。
【
「お入りください、だってさ」
「よく読めたね恭平君」
「う~ん」と三島さんがいぶかしげにドアノブを回すと、確かに鍵はかかっていないようだ。
「開けるぞ」
「いこぉ~」とふざけた声を出したのは伊吹の奴だ、僕もなんだかよくわからなかったが頷いた。
この時、ドアは軽々しく開けてはいけないと言う探索者の心得を全員が忘れていたのだった。
――三島さんがドアを少し開けた瞬間、屋敷から強烈な風が吹きドアが全開になる。
それと逆行するかのように、見えない力に首根っこを捉まれ、そのまま全員が屋敷に飲み込まれていく、自分の体がブクブクと泡を吹き液状化しながら溶け去っていき、灰色の骨が姿を現す。
その骨でさえも一瞬で粉々に砕け、砂となって消えていく、そして残った脳だけが息をしながら腐敗して一生を終える。
【
【
【
【
そんな冒涜的な感覚に襲われ、僕たちは気を失った。
――腐った魚をビニール袋に入れ嗅がされているようなそんな臭いに、僕は嘔吐しそうになり目を覚ました。
倒れていたのは石畳の上でその冷たさが頬に残る。
薄暗いその空間は思ったより広く円形になっている。
【
【
明かりは正面にある両開きの扉から漏れる光だけだった。
辺りを見ると伊吹と三島さんも倒れている。
「伊吹、大丈夫か?」息があるのを確認すると、三島さんにも同じように声をかける。
「くさっ、なんだここは?」先に気がついたのは三島さんだった。
「大丈夫ですか?」
「あぁ、なんとかな みのりんは生きているのか?」
「怖いこと言わないでくださいよ、生きてますよっ!」自分の声が大きいことに僕は驚いた。
「すまない」そう言って三島さんは目を覚まさない伊吹の様子を見る。
【
「むひひひひひひ」気がついた伊吹は、どこか一点を見ながらそんな風に笑っている。
あの可愛らしい顔は歪み、涎さえ垂れ流しながら上半身を起こした。
「伊吹?」そう声をかけると伊吹はクワァと瞳を膨らませこちらを見る。
「グフフフフフ」そう笑うと飛びついてきた。
「どうやら狂気に陥ってるようだな、危険な物ではないようだし放置するか」三島さんはこちらに興味を失ったのか辺りを見渡している。
【
いやいやいや、この伊吹は危険だろ。昨日の階段下そのまんまの状況を楽しむ事はできない。
相変わらずモチモチした物体を引き離し、「落ち着け伊吹」と話かける。
ここまでは同じだった、ここからは違う展開が待っていた。
【
引き離したはずの伊吹がその巨体をまた僕に被せてくる。
その怪力に抵抗できなかった僕はされるがままになる。
「キョウちゃぁぁん 会いたかったよぅ」と骨が折れそうな勢いで絞めつけてくる。
「三島さん・・・・・・」と助けを求めようとすると、なにやら床を調べているようだ。
そうしてる間にも伊吹は奇妙な声を出しながら僕を押し倒し体をこすり付けてくる。
本気で意味がわからん、しがみつかれている間天井を見る羽目になってしまう。
天井、だと思いたかった。
それはゆらゆらと光を乱反射させている、まるで水面のようだ、いやそうではない水面が天井に存在していた。
【
その中を何かが泳いでるのがわかる。
明かりが乏しくてよくわからないが、巨大なそれは人と魚を掛け合わせたような顔をしている。
そして、水面から顔を出したそれは僕を睨みつけながら吐き気をもよおすような生々しいドロリとした体液を垂らして来るのだ。
それが顔面にかかり皮膚が腐っていくような錯覚に陥る。
【
ゾっとした感覚に体が震える。
たしか伊吹はこのSAN値チェックに失敗してからアイデアを成功させて発狂したんじゃないのか?
次はアイデアか? そんなことを冷静に考えている自分が嫌になってきた。
しかしアイデアの
伊吹が怪力で絞めつけてくれているお陰だろうか、もう一度三島さんに助けを求めると今度はそばに来てくれた。
「若者は盛んだな」倒れている僕たちを見くだしながらそう言った。
「助けてくださいよ」
「みのりん、もう回復してるだろ? いい加減離れろよ、ナイト君が困ってるぞ」
そう言われると、すでに奇妙な声を上げていなかった伊吹が超あわてた様子で離れていく。
「いま回復しました、たったいま回復したんですぅ」顔を真っ赤にしながら口元のよだれを手で拭き、何かをごまかそうとしているように早口で答えた、大丈夫そうだ。
そして僕たちはここから脱出するため、あがくことになる。
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