第29話 いざ永井邸へ
丁字先生に誘導され生徒指導室へ入室すると、先客がいた。
「亜美さん、いいのかい?」
古堂先輩は僕の顔を見るなり、呆れた顔で丁字先生に訊ねる。
「えぇ、この子も知っておいた方がいいでしょう」
「亜美さんがそういうなら、僕は従うまでさ」
よくわからないが、促されるままに、僕も席に着くことになる。
「さてと、じゃ先に鈴森君、本をまた奪われたらしいけど、探す当てはあるのかしら?」
「あっあの……」少し迷ったが、そろそろ写本も終わってる頃だろう、そう思い真実を告げた。
「それは少し気になるね」と古堂先輩が話し出す。
「実はさ、君から話を聞いた後、司書さんや亜美さんから話を聞いてね、どうやら、御須門学園高等部は神話生物の侵入を許したことがわかったんだよ」
丁字先生が補足する。
「エルダーサインが消されてたの、こんなマークよ」
と紙に歪んだ五芒星に真ん中によくわからない印が付いた絵を見せてくれた。
「昨日、チョークを相場の10倍の値段を出してまで、買いに走り回ってたのはそのせいさ、予備の物まで全部やられていたからね」
「蘭ちゃん、大学に応援を要請すればよかったのに」
「亜美さん、高等部の自主独立のためにそれはできないさ」
意味が解らないのは、僕だけのようだ。
「あのエルダーサインって何ですか?」
「あっ、エルダーサインって言うのはね、特定の神話生物にのみ効果を発揮する魔除けのようなものよ、効果は微妙で、全く意に介さない奴もいれば、絶大な効果を受ける奴もいるわ」
「ないよりはマシという物だけど、こういう施設には必ず配置されているのさ」
そう言えば、どこかで見たことがあるな。
「いま、高校という話でしたけど、図書館は共用施設ですよね?」
「あぁいい所に気がついたね、図書館のエルダーサインは昨日の午前中は潰されていなかった。しかし午後には潰されていたらしい、何か引っかからないかい?」
「本が盗まれたのは早朝でしたよね?」
「その通りさ」
よく意味が解らない。
「僕らも今の状況をよくわかっていないからね、君がわからないのも無理はないさ」
「鈴森君、とりあえず本を急いで取り戻してきて、いいかしら?」
「はい、わかりました」
その時、ちょうど終業のベルが鳴った。
――バス停で待っていると、夢子ちゃんが同級生を引き連れてやってくる。
流石新入生代表である、威風堂々としたものだ。
「迎えがいたのだ、ここでバイバイなのだ」
そう言うと、夢子ちゃんの友人たちは「またね夢子ちゃん」と小学1年生らしい可愛い声で去っていく。
「ガスライトへいくのか?」
「うん、そこから永井さんの店に行くつもり」
「夢子も行くのだっ!」
永井邸と言うワードに異様に喰らいついた幼女を引き連れ、僕はガスライトに向かった。
カランカラン、と店の中に入ってみれば、三島さんが1人カウンターの中に入り込み、勝手に酒を取り出してきて飲んでいる。
夢子ちゃんはさっと僕の後ろに隠れた。
「佑香さんに怒られますよ?」
「ん? 恭君か、もう怒られた後だからへーきへーき」
「永井さんは?」
「それがまだ来てないんだな、これが」
「はぁ……」
酔っぱらっているのか、なんだか上機嫌だ。
「これから永井さんの家に行くんですが」
「おっ、俺も行く」と三島さんが酒瓶をカウンター下に戻した。
三島さんが酒を飲んでいたこともあり、期待していた車は出せず徒歩で向かう事となった。
骨董店の前に着くと普段と変わらず営業しており、店の奥には多田さんとはまた別のアルバイトの姿が見えた。
三島さんはその人に軽く挨拶をすると、素早く店の階段を上がっていく。
三島さんは3階に着くと、店内を見渡してから、この先関係者以外立ち入り禁止と書かれた階段を昇っていく。
「どうかしたんですか?」
「いや、ミッチーいるかな? と思って」
女性マネージャーさんのことだろう、彼女もまた永井さん同様、店にはほとんどいない。
最上階に着くと、会社の事務所のようなドアの前に永井と表札がかかっており、インターフォンが備え付けられている。
三島さんはできる限り身なりを整えた後、それを鳴らした。
――そして、ゆっくりとドアが開く……。
出てきたのは、マッシュルームヘアーの男性だった。
慌てて夢子ちゃんに確認をしようとするも、独断専行型の探索者である夢子ちゃんは開いたドアと男の隙間へ「探検なのだ!」とその小さな体を生かして侵入を試みていた。
【
どうしようかと迷い三島さんの方を見ると、こちらはこちらで険悪な雰囲気が漂っている。
「失礼だが、永井晶子さんの縁者か?」ドスの利いた声で三島さんが聞くと、男は夢子ちゃんの侵入を阻止しながら、
「俺、永井じゃないよ。最近そういう言いがかり多くて困ってるんだよ、ネットか何かで晒されてるみたいで、じゃ」
どこかで聞いたセリフを吐いたと思った瞬間、ドアを閉める。
【
「んなぁわけねぇーだろっ!」三島さんがブチ切れ、ドアが閉まるのを靴で防いだと同時に。
【
ドアをバンッ! 男をドンッ! と押し倒した。
「ぐぁ」
「よくやったのだ」と障害物がなくなった夢子ちゃんは、男を踏みつけながら中へ乱入していった。
確認くらいさせて欲しかったが、幼女に踏まれているこいつはアレに間違いないだろう。
「三島さん、こいつ神話生物ですよ、たぶん」
「お? そうか……人じゃないのか、じゃ遠慮しなくていいな」
「ヒィ」
バキバキとこぶしを鳴らした三島さんに、男は怯えるように奥へ逃げていく。
奥にはすでに夢子ちゃんがいるため、こちらも急いで中に入る。
中は永井さんらしいゴシック調の部屋で、壁は灰色、床には真っ赤な絨毯が敷かれている。玄関すぐの廊下を進むとダイニングルームが見えてきた。
男はその隅でこちらを見ながら怯えている。
「ふっ不法侵入だぞ、けっ警察呼ぶぞ」
そんなことを叫んではいるが、心配なのはガスライト支部が誇る美女軍団だ、僕は男を三島さんに任せて、隣の部屋へ急いだ。
隣はリビングルームになっているようで、フリフリのシーツで装飾されたソファーの上に永井さんと優奈さんが座っているのがわかった。
「伊吹は……、伊吹! どこだ!?」
しかし、返事は帰ってこない。
夢子ちゃんが永井さんの顔を覗き込んでいる。
「あきこおねえちゃん、だいじょうぶなのだ?」
その答えもない。
僕も慌てて状態を確かめる。
二人ともどことなく乾いた感じがする、いつもは魅力的な唇が
そして、その目はどこかを遠くを眺めているかのように見開いている。
「大丈夫ですか!?」
その問いに、やはり応答はない。
夢子ちゃんはセンターテーブルに置かれていた『イステの歌』に手を伸ばし、それを調べ出した。
「三島さん!」
「どうしたっ!?」
男の方を警戒しながらも、僕の呼びかけで三島さんが永井さんの様子を見る。
「アッキー、おいっ」
三島さんの注意が完全に永井さんに移った時。
「そこの子供、それを返せっ!」
男が包丁を振り上げ、それが三島さんの腕に突き刺さった。
「ぐっ」
【
三島さんはそれに堪えながらも得意の組み付きを繰り出した。
「おい! チビ、おまえは逃げろ」
そう言われた夢子ちゃんは、パタパタと本を持ったまま部屋を出ていく。
三島さんは容赦なく首を絞め続け、男はそのキノコ髪を乱しながらも抵抗するものの、僕も組み付きに参加すると、諦めたのか動かなくなった……。
「死んだか」
「えっ?」
慌てて息や脈をみると、確かに亡くなっている。
【
【
人かもしれない者を殺してしまったという罪悪感に頭が真っ白になる。
「こんな簡単に死ぬんだ……」
「あ? 人じゃないんだろ」
三島さんは、そう自分に言い聞かせたのか腕の治療をし始める。
【
僕は深呼吸をし、永井さんと優奈さんに息があることを確認、何とかできないか試みる。
【
しかし、これ以上どうすることもできないと悟り、伊吹を探す。
廊下横の部屋に入ると、そこはどうやら寝室らしく、夢子ちゃんが机に座りながら本を読んでいた。
非常事態なのにのんきと言うか、マイペースな子だ。
「伊吹! いないのか!?」声を張り上げながら部屋を探すと、異変に気付く。
ベッドの表面が真っ黒なのだ。
漆黒というか、光を全く受け付けていない空間が、そこに存在するかのように思えた。
【
ふと流れたSAN値チェックのログに神話的現象なのかと感心してしまうほど、見事な暗闇がそこには広がっていたのだった。
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