ザコキャラコンソレーション

増岡

序章

◆0:夏休みの幕開け

 その人は、黒板にチョークを走らせていた。


 カッカッカッカッ。

 小気味の良い音。


 その人は、時々首を傾げた。

 芸術家が自分の作品の出来具合を確かめるように。


 その人は、腕を下ろして黒板に書いたメッセージを読み返した。


 悩みに悩んで決めたメッセージ。

 カッカッカッカッ。

 問題は無いだろう。


 その人は、そう自分を納得させ、いくつものカラーチョークを握りしめて黒板の空白――黒色――を埋めて行った。


 その人は、これから自分が行う事が、そして今まで自分が行ってきた事が、正義であることを願う。


 その人は、あの人に決して無慈悲な死を与えはすまいと、決意を新たにする。







【以下はとある週刊誌からの切り抜きである】


 ××県××市××町にて、一昨日土曜日の未明、高速バスとバイクの衝突事故が発生した。


 ××高速を降り同市の停留所へ向かう途中に起きたものとみられる。


 夜行バスの乗客28名の内3名が重軽傷を負い、5名が意識不明の重体で病院へ運ばれた。


 衝突したバイクの運転手××××さん(16)も右足を切断、肋が肺に刺突するなどの重体で病院へ搬送されたが救急車の中で死亡。またバス運転手××××さん(48)は火傷を負うなどし意識不明の状態である。


 警視庁××署は現在事故について調べており、彼の意識が戻り次第詳しい状況を聴取する予定。



 バスを運行していたのは、運送会社××の委託を受けた××観光。伸び悩む売り上げ面から、一時的に集中する需要に耐えるだけの雇用が十分に確保できない状態だったと言う。


 乗務員の多くは一日10時間を超える勤務が常態化しており、また乗務員の不足から一週間に一日休みが取れないこともままあった。


 運転手の××さんはこの日12連勤目だったと言う。彼は社歴8年目、別の会社での期間を含めると23年目となる大ベテランであり、毎年行う健康診断でも運行に問題はないと判断されていた。


 今回の事件をもって、国土交通省は××観光会社に立ち入り調査を行い出発前に行う点呼や健康確認の記録に不備はなかったか調べる。



 事件を目撃していた10代の学生は、


「どんっという音がした。嫌な臭いがしてどこかに火がついたのが分かった。乗客たちが何か叫んでいて、頭から血を出してる子どももいた。こんな事故はなくなって欲しい」


と語る。



 夏休みを目前に控えた帰省ラッシュが始まるこの時期に代表されるように、年末年始や春、秋口に集中して高速バスの事故が発生する傾向にある。


 再三再四交通省は各運送会社観光会社へ事業者の適正な事業運営の確保、乗客、従業員の安全・安心の確保を呼びかけているが、次から次へと発生しているのが現状だ。昨年度の貸切バスの事故件数は297件であり5日に4回以上起きている計算。



 以下にこの度事故に遭われた方々の名前を上げる。

重軽傷者……××××さん、××××さん、××××さん。

意識不明……××××さん、××××さん、××××さん、××××さん、××××さん。









 少年は毎夜夢を見る。

 果てなき海を彷徨う夢を。

 そして決まって、溺れ死んだ時に朝が来る。

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