オンステージ! ~アンサンブル・カーテンコール!~

岩谷ゆず

第1章 Opening Window…

(1) はじまりの物語




 舞い上がった水たまりの滴は、朝のひかりの中で輝いていた。


 ローファーの上で輝く雨のかけらを、その少女は乾いたアスファルトに振りまきながら全力で走っていた。 


 駐輪場を抜けて土崎つちざき駅の跨線橋「Weロード」の入り口に直角カーブで飛び出した少女は、雪国特有の構造である引き戸付きの入り口からエスカレーターの前に飛び込む。

 窓ガラス越しから列車の到着案内のアナウンスが流れるのが聞こえ、少女はさらにスピードを上げ、やや幅の広い階段を駆け上がってゆく。

 彼女にもう少し余裕があれば、通路には貼られた「アーニメント・スタジオ」の広告に気が付いたかもしれない。


 紺のジャケットにジャンパースカートの高校の制服に身を包んだ少女は、人波をひらひらと交わしながら、今度は階段を駆け下りる。

 サラリーマンの脇をすり抜けたとき、左手に抱えていた封筒が触れて、床で乾いた音を立てた。その封筒を拾いあげ、渡してくれたそのサラリーマンに元気よく頭を下げて少女はお礼を一言。即座にターンをきめて階段を出口に向かって走りだす。



 今日1日はちょっと特別な一日なりそうだった。

 高校生になって生まれて初めて、バイトの募集に応募する。

 

 ――ちょっと普通とはちがう仕事。

 

 その昂揚感で、すこしだけ、足がふわふわする。


 土崎駅の自動改札を抜けて、大急ぎで3番線に向かう。

 構内の階段を上るとき、3番線に5両編成の列車が停止直前なのが見えた。


 ようやくたどり着いた3番ホーム、すでに開いた列車のドアの中からクラスの友達が声をかけてきた。ラッシュのざわめきの中でよく聞こえないが、2人とも口の形で「美咲!」と呼んでいるのはわかる。列車に飛び込むと、すぐにドアがチャイム2打音とともに閉まる。

 走り出した列車の中で、間に合った安堵と少しあがった息を整えようと一回深呼吸する。そして、光を浴びると少し茶色になるショートボブの髪の乱れを、右手でかき上げて直した。クラスメイトは左手で抱きかかえていた封筒に、興味深そうな視線を向けていた。一人が美咲が胸に抱いている封筒の印刷を指差さす。


 「アーニメント・スタジオ パークアンバサダー・オーディション」


 封筒からパンフレット取り出してみせると、見開きのページにこう書かれていた。


"魔法"それは想像のものではありません。

  

夢みる願いが「こころ」にあれば、いつか、きっと

 

まぶしいくらいの夢の魔法が輝きだします。


はじめませんか、私たちと、仲間たちと。


さあ、魔法きらめく夢のステージへ!"



 二人のクラスメートが「へー」と声を上げていた。





 美咲がクラスメイトに見せたパンフレットのほかに、実は映像広告もある。このパンフレットの文章は、キャストオーディションの映像広告で全く同じ内容だった。違いと言えば、映像の最後に

 

  アーニメントスタジオ・エンターテイメントキャスト募集中!

  くわしくは、WEBサイトまたはキャスト・オーディション会場まで


 という一文が挿入されていることぐらいだった。


 文字で読むよりも映像を見せられた方が、文字通り「魅せられる」ように感じられ、特に、若い女の子には訴求力抜群と言えるかもしれない。

 現に、秋田駅の中央改札とコンコースでつながる駅ビルの入口に設置された、「アーニメント・スタジオ」の臨時広告用モニターの前には何人かの若い子が足を止めていた。その中に一人、黒髪でスラッとしたスタイルの、美少女といっても特に反論もでないであろう少女が足を止めて、モニターを見つめている。


 美咲と同じ制服の美少女は「井川さくら」と記名された学割定期を手にしたままなぜか映像にくぎ付けになっていた。


 なぜ、その映像に引き付けられたのか?

 気まぐれか、偶然かはおそらく本人にもわからない。


 イメージ映像の中のお姫様のような女の子、そして、手を引いてくれるココとミミ。


 ――――それは、初めて見る映像なのに、

  どこか懐かしく、それでいて微かな既視感を伴う光景にさくらは思えた。


 おぼろげなイメージだけれど、それは幼稚園のころ読んだ「ココとミミ」シリーズの絵本を思い出させた。

 それがキャスト募集の広告映像と気が付いたのは、お決まりの「詳しくはWEBで」という一言を聞いてからだった。募集条件が表示されると、さくらは心で「えっ?」とつぶやいた。

 

    "・パフォーマンス  ・パークアンバサダー 高校生以上"


 高校生もできる、というのも驚きだったが、パークアンバサダーの業務内容、

 

 "パーク内外の広報・親善活動 ショー、テレビ・ラジオへの出演など"

 

 というのがさらに驚きだった。

 高校生も可、なんだよね?


 「私と、同じぐらいの子が……ショーとか、するのかな……」


 一瞬表情を真剣にさせたが、それは続かなかった。


 「すごい、な……そういうの」


  とちょっと微笑んだ。


 「私には……無理っぽいし」


 少し興味が出たが、それ以上の感情はなく、左向け左して歩き出す。

 制服のスカートをひらりとさせて、学生たちと通勤者の群れの中に紛れてたちまち姿を消していった。






 さくらが人混みに消えるちょうどそのころ。

 秋田駅前の広小路にあるコンビニの中でも、同じ広告に目を通していた少女がいた。


 地元の無料ミニコミ誌が入り口脇のラックに置かれている。その中の1冊を立ち読みしていたのは、美咲たちとは違う、ブラウンのブレザーにチェックの紺スカートの制服を着た少女だった。明るい茶色がかったロングヘアのその少女はミニコミ誌の広告に軽く目を通すと、しなやかな動きで手にしたミニコミ誌を翻す。その表紙を何秒か見つめた後、目を閉じ、何かを考える。


 表紙に写っている、背が高いモデル体型少女。


 つまり、その少女自身が表紙になっているそのミニコミ誌を、その少女は優雅な手つきでラックに戻してコンビニから風のように出て行った。

 





 あと一本遅れたら遅刻確定だった電車の中で、美咲も秋田ではまだ珍しい車内のモニターを見ていた。首都圏の電車と同じドア上のモニターで流れる映像は音声は聞こえないだけで、さくらがコンコースで見ていたものと同じ内容だった。美咲が友達に指をさして教える。


 「これこれ、これに応募しようかなって思って。すごくない? 高校生でもできるんだって」

 「でもさ、これ、大変じゃない? テレビ出演とかもあるって書いてるじゃん」

 「普通に大変じゃね? 経験とかあるの?」


 美咲は同年代に比べて無い胸を張って答えた。


 「いいんだよ、ダメもとで受けるんだから。」


 応募用紙の志望動機などを書く欄を几帳面にしっかりと文字で埋めていた。


 「応募用紙にいっぱいアピール書こうとしたら、時間なくなってさ」

 「前の日に書いとけよ~」

 「寝ちゃってさ、あはは」


 美咲から3歩ほどドアの近くに、揺れる車内で吊革につかまろうと手をぷるぷると伸ばすという無駄な努力を続けていた少女がいた。

 ノンフレームのめがねをかけたその少女は、美咲の話が聞こえると小学生並みに低い位置にある顔をドアの上に向けた。だが、すでに広告が終わっていて、「次は秋田 Next Akita」という表示に代わっていて、ちょっと残念そうな顔をした。


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