第12章 手をつなごう

(1) ゆずれない!


 「テーマパークなんだから、ゲストの事を考える方が、大事だと、思う!」

 「私たちはアイドルとして呼ばれてるんだから、アイドルらしい個性こそ大事でしょ!」


 ――――・・・・・!


 「むむむ・・・」

 「ぐぬぬ」


 お互いを睨み合うさくらと佐竹の間で、わかばはアタフタとあわてていた。


 「けんかはだめですよぉ~」





 

 

 ――今から数分前


 夏休みが明けてから最初の水曜日。


 この日は学校が終わってからアウローラとフィギュアが合同トレーニングを行っていた。本番が近いこともあって、ゲストアーティストとして呼ばれることが決まってからほとんど毎日、フィギュアたちはここに通ってトレーニングを受けていた。


 ダンスレッスンにはSTARも加わっていて、フローラとフィギュアが前列で、その後ろにSTARが並んで踊っていた。本来なら後列にさらにフェアリーリングがいるのだが、今は舞と藤森がいばら姫の城周辺でグリーティングを行っているので広森だけが参加していた。


 普段はぴゃーっと動き回るこまちもレッスン中はオンステージでは決して見せない真剣な表情を浮かべ、小柄な体の全身をつかってリズムを刻んでいた。


 トレーナーは9人の様子を見ながら、右目の眉を微妙な角度で曲げて観察していた。

 右の眉が吊り上るのは、その出来に満足していない時の特徴だった。


 トレーナーが満足していないのは、フローラとフィギュアの動きがしっくりこないからだ。別にステップや振り付けを間違っているわけではない。動き自体は正確で、美咲の動きも盆踊りなんかではなくなっている。

 だが、視線や表情のタイミング、体の伸ばす方向などが微妙にずれているのだ。

 

 フローラは動きが揃っているが今一つダイナミックさが欠けていて、フィギュアの動きはさすがに現役アイドルだけあって躍動的で歌と動きが一致しているのだが、なぜかバラバラな印象を感じさせる。フローラだけ、あるいはフィギュアだけなら、これはこれでいいのだろうが、6人が前に並んでステージ立つとなると、微妙なチグハグさというものを感じてしまう。 

 

 そこで、ダンスが終わったタイミングで、6人に「動きやタイミングが微妙にそろってないからそこに意識を集中して」と指導した。


 だが、その指導が逆に仇になったのか、今度はフローラの動きにばらつきが出て、逆にフィギュアの動きが遠慮したようなダイナミクスさに欠けるような動きになった。


 さすがに、どう指導しようか悩んだトレーナーはその美咲のいうところの「でっかいお胸」を強調するように腕を組んで「……まずは、振り付けと歌を完璧にすることを考えようか」とだけ指導した。無理にあわせるように指導するとかえっておかしくなりそうだと判断したようだった。そのトレーナーの考えを察したようで、さくらも佐竹も口をきゅっと結んでしまった。あまり良い事ではないというのは誰でもわかる事だった。




 一通りダンスのレッスンが終わり、各自でストレッチする時間になった。

 体格の関係でこまちと組んでいたわかばは、「どうでしたか? 私たちの動き」と尋ねた。こまちはむむー……と伸ばしていた上半身を起こした後、少し考えながらわかばに顔を向けて答えた。


 「統一感?」


 こまちは意外と遠慮はないようで、いつにない真面目な顔でストレートに指摘した。

 わかばは「や、やっぱり、そうですか……」とがっかりしたというか、あるいは逆に予想していたというような表情を浮かべていた。

 そのわかばの頭に、こまちは手を置いてポンポンと軽くなでた。


 「時間 まだある 大丈夫!」


 その光景は小さな子が頑張ってお姉さんをしているように思わせるものだった。

 わかばが「はい!」と返事すると、こまちの後ろで不穏な空気を漂わせていた佐竹とさくらが目に入った。



 ――― それが、さくらと佐竹の「けんか」に至る過程であった。


 「むむむ……」

 「ぐぬぬ……」


 さくらが言いたいことはこうだ。


 ここはテーマパークで、自分たちはそのテーマパークのステージに立つんだからゲストのイメージ通りにテーマにあわせてショーを演じるべきで、お互いに動きには統一感を出すべきだ……


 一方、佐竹が言いたいことはこういうことだ。


 私たちはアイドルとして呼ばれているし、アイドルとは自分の魅力でお客さんを喜ばせるものだ。だから、自分らしさとかキャラクター性とか、そういうのが一番大事だ……


 お互いがお互いに自分のポリシーとかやり方に関わることだけに、どうも引くに引けないようだった。だから二人とも柄にもなくお互いに睨み合いみたいな状態になっていたのだ。さくらが他人にこんなに自己主張するなんてめったにないことで、美咲は驚いて目を丸くしていた。興味深い、というのもあったかもしれない。


 お互いが「ぐぬぬ」とにらみ合っているなか、わかばが「ケンカはだめですよぉ」と佐竹のトレーニングウェアの裾を引っ張っていた。


 ドリンクボトルのストローをくわえていたさつきは、すぐ隣に立っていたいずみに興味深そうな、それでいてあまり深刻ではなさそうな声をかけた。


 「さくらちゃん、熱血系? なんかぁ、青春的な?」

 「いや、さくらは熱血とは真逆な子だと思うんだけど……」


 そういうと、イシューカウンターで借りてきたフェイスタオルを2人分もって佐竹とさくらの間に割って入った。


 「はいはい、そこまで。ブレイク終わっちゃうよ? 二人とも間違ったこと言ってないし、今はダンスと歌を完璧にすることを考えよう。というわけで……」


 両手に持つ長方形に畳んだフェイスタオルをさくらと佐竹の肩にポンと当てた。


 「とりあえず、顔洗っておいで。汗すごいよ?」


 そういわれたさくらと佐竹は、きょとんとしながらお互いに視線を交わした。

 どうやら佐竹の方が年上な分だけ先に折れることしたようで、


 「そうだね、ありがとう。顔洗ってくる」


 と言って、少しうなずいてからフェイスタオルを受け取ってトレーニングルームを出て行った。一方さくらは、その背中を視線で追っているうちに我に返ったらしい。

 急に湯気を立てそうなくらい顔を赤くすると、両手でフェイスタオルをぎゅ~っと握り恥ずかしそうにしていた。


 「わ、わたし、なんで、あんなおっきい声、を……!?」


 美咲が近づいてきて、さくらの頭をなでながらいつもの人好きする笑顔を見せた。


 「いやいや、さくらも熱くなることがあるんだねぇ。なんか、かわいいよ?」

 「ややややっ! か、かわいいとか!? あ、か、顔洗ってくる、ね!」

 「あー私もいくー」



 美咲がさくらと一緒にドアを開けて出ていくのを、いずみは少し心配そうに見送った。一連の様子を見ていた広森が近づいてきて、心配したのかいずみに視線を送った。


 「さくらちゃん、大丈夫? 佐竹ちゃんと性格合わないのかしら?」

 「う~ん……そんなことないと思うんだけど。むしろ、佐竹とは仲良くなりそうって思ってたんだけど」

 「そうなの?」

 「うん、勘なんだけどね」


 一応フローラのリーダーになっているいずみは、美咲とさくらのメンタルな面にもそれなりに気を使っている。だから先ほども割り込んでいったのだが、だからと言ってもう高校生にもなったのに『けんかはだめよ、なかよくしましょうね』というのも変な気がするのだ。幼稚園じゃないんだから。


 もっとも、さくらも佐竹もその意味では十分大人で、いずみが割って入った段階で言い争いをやめている。それはそれでいいのだけれど、個人的には取っ組み合いになるとか活動に支障をきたさないレベルでもう少しケンカしてもいいとは思っている。

 雨降って地固まるともいうじゃない。それがいずみの思いだった。

 

 いい意味でも、悪い意味でも二人は似ている気がする、といずみは思うのだが、それをみんなの前で口にするのもどうかと思い、いずみはとりあえずこの場でそれをいうのはやめることにした。



 数分後にトレーナーとさくらたちが戻ってきて、次のトレーニングに移った。






 

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