(7) 私たちのお店
トラックのドライバーはサービス道路を構内の制限速度で走行していた。
ワードローブビルに近づき横断歩道の近くで減速した時、車線の真ん中付近に奇妙なものが突っ立っているのに気が付いた。ブレーキペダルを踏んで減速し、停止線で停止してもそれは退く雰囲気はなかった。不審に思ったドライバーは窓を開けて、それに声をかけた。
「どうしたんだい?」
そこには土台になって踏ん張るつばさと、肩車され涙目になりながら両手を広げるこまちがトラックを通すまいと通せんぼしていた。トラックの後ろにはようやく追いついた田澤が、ぜいぜい言いながら膝に手をついて肩を上下させていた。本社A館からでて追いかけていた大川さんもフラフラになりながら、こまちたちの後ろに追いついて、汗で顔を濡らしながら「間に合った~」と胸をなでおろした。
ドライバーはトラックをパイレーツ・コーストのバックステージに回してくれて、STARの3人も大川さんも手伝って本来破棄する看板と交換していった。作業を終えて走り出したトラックの運転席の窓を開けて、ドライバーが手を振って挨拶するのに4人で手を振りかえして見送った。
トラックが角を曲がって消えてゆくのを見ながら、田澤がぽつりと口にした。
「本気で走ったの、インターハイ以来だ……」
つばさが驚いて田澤に顔を向けた。
「陸上やってたの!?」
「これでも、一応県代表だったんだぞ」
「びっくり!」
こまちも驚いたようで、大川さんを見上げて目をぱちくりしていた。大川さんは「すごいね」とこまちに声をかけていた。4人がそうして立ち話していると、トラックと行き違いに見慣れたハッチバックの社有車がこっちに向かってきた。
SVが車を降りるなりこまちたちの姿を見て驚いていた。
「あなたたち汗だくじゃない!? 何があったの?」
田澤がバツが悪そうに笑った。
「すみません、おいおい説明します」
「まあ、楽屋にシャワーもあるし……着替えの準備はしてあるわね?」
3人が「はい!」と返事すると、SVは大川さんに声をかけた。
「ひょっとして、なにか迷惑かけちゃったかしら?」
「いえいえ! まあ、どっちかというと、ちょっとした冒険でしたよ」
「冒険?」
「ええ。ねえ? こまちちゃん?」
「冒険! 謎解き!」
「そうなの……?」
日が暮れて、週末をパークで過ごすゲストでパーク内はやや混雑していた。新人へのトレーニングを終えて、白い壁で囲まれたテラス席に大川さんたち海賊レストランからのメンバーが出ていた。外装の工事がほぼ終わり、例の看板をステージから取り出してファシリティーグループのキャストがヘルメットと安全索を装備して設置工事を行っていた。
大川さんは思うところがあったのか、すこし目を潤ませながらその様子を見ていた。長沼さんが心配して「どうした?」と声をかけた。
「いえ……私、自分の作品がこうして仕事で使われるの、生まれて初めてで……」
「……そういうことか」
2人は工事が進んでゆくのをしばらくの間、じっと眺めていた。
**
翌日の土曜日は、東北地方の各地で夏休みが始まった影響もあってかゲストが集まり、開園前にも関わらず駐車場のトールゲートは解放され続々車が入場してきた。パーク内でも9時の開園を目指して準備が進んでいた。
工事が完了し、白い壁が取り払われた「海賊レストラン」改め「フィッシュ・スイート」としてのオープン日を迎えたお店では、開店に向けてオープニング作業が進んでゆく。建物そのものは改装前とほとんど変わっていないが、外装を一部変更し、小道具や演出用のセットが設置され、見違えるほどテーマエリアに調和していた。
そして、お店のテラス席につながる形で設置された新しいステージ「フィッシュ・スイート・テラス・ステージ」は前日に行われた音響設備の点検が行われていた。大川さんも長沼さんもお店のオープンに合わせて朝から準備を行うために出勤していた。大川さんは新しい水兵さん風のコスチューム、そして長沼さんは作務衣風のコックコートだった。
STARの3人は開園後すぐに行われるイベントのためにSVに引率されてお店にやってきた。2人を見つけると3人は新しいコスチュームに気が付いて、興味深そうな視線を送りながらいろいろ雑談していた。
すぐにステージマネージャーに呼ばれ、音出ししてサウンドチェックをするからステージへと促される。ステージマネージャーは音響装置の操作卓の隣から3人に声をかけた。
「曲を流しながらチェックするけど、どうする? 何か歌ってみる?」
つばさが一瞬考えてから、すぐに右手を挙げて提案した。
「"Skyblue WavE!!"、どうかな」
「そうだなぁ。イベント曲だし。大川さん達に聞いてもらおうか」
「おk!」
田澤もこまちもそう言って同意したので、つばさがSVに尋ねた。
「ということなんですけど、いいですか?」
「わかったわ。じゃあ、それで」
SVは「お願いします」とステージマネージャに伝えた。ステージマネージャーは「OK!」と答えて、操作卓のキャストに視線を送った。
We ARE AdventurerS!で使用している楽曲で、STAR専用のイベント曲でもある。大川さんも長沼さんも、そして他の海賊レストラン時代のキャストもちゃんとは聞いたことがない。だからその曲を歌おうとつばさは提案したのだ。
音響の担当者が音源の入ったCDを業務用のCD再生機のトレイに入れると、手をあげて「それでは、おねがいしまーす」と声をかけた。
やや間をおいて、イントロが流れ始める。
3人は大川さんたちが見守る中、ステージの上でポジションをとった。
"つながる波 水平線の向こう
知らない明日は 宝物
夢へのチャート見つけたら 勇気を片手に
はじめよう さあ Sail Away!……"
コスチュームこそトレーニング用の私物のジャージだが、STARの3人は4分弱の1曲分をまるまるダンスを含めて歌いきって見せた。大川さん達も笑顔で、途中からは手拍子をして見守っていた。
歌い終わり最後のポーズで停止していると、3人にパチパチと拍手の音が聞こえた。長沼さんと大川さんが拍手していた。ステージマネージャーからOKを出されると、嬉しそうに互いに顔を見合わせるSTARの3人だった。
そこに、ユニバーシティーリーダーのコスチュームを着た田所さんと佐藤さんが顔を出した。田所さんはカメラを手にしていて、SVに声をかけた。
「今度、新しくできたお店のことを社内報に乗せるので写真を撮りたいんですが……みなさん一緒にどうですか?」
SVは同席していた店舗マネージャーに顔を向けると、話を聞いていたのか、聞く前から「いいよ、いいよ。じゃあ、アンバサダーさん達もいっしょに」と答えた。
お店の前に整列し、長沼さんや大川さん、そして男子学生のキャストさんが整列し、その前に少し中腰になってSTARの3人が並んだ。
こまちの後ろに立つ大川さんがこまちに耳打ちした。
「なんか、私たちのお店って感じだね」
こまちは満面の笑顔を浮かべて同意した。
田所がカメラを構えた。
「それじゃー 撮りますよー!」
**
開園してからしばらくすると、パークの奥の方までゲストがやってきて、人気のアトラクションやポップコーンワゴンに列ができ始めた。陽射しが少し強く、影のない場所に立っていると汗をかくほどだった。
フィッシュ・スイート・テラス・ステージでは本日のWe ARE AdventurerS!の初回公演が始まっていた。最初はココとミミを呼ぶまでのアドリブパートから始まる。ここで、つばさがわざとらしく暑そうな表情を浮かべ田澤に話しかけた。
「こんな暑い日、冷たくて甘いスイーツはないものかな~ アイス以外で」
「そんな都合のいいものが……おっと、あのお店でたい焼きを売ってるぞ~」
「でも、タイヤキは熱いものでしょ~ ああ、タイヤキが冷たいスイーツなら~」
「なになに、アイス・フィッシュケーキって書いてあるぞ~」
「ナ、ナンダッテー」
こまちが両手を上げて、うぴゃ~っという顔をつばさに向けた。
「宣伝!」
「いやいや、宣伝は基本でしょ!」
「ステマ?」
「露骨なステルスマーケティングです」
田澤が二人をなだめた。
「まあまあ、ホントにおいしいですからおすすめですよ~」
「アイス! おすすめ!」
「そうそう。冷えたタイヤキって珍しいですよね。ステージが終わったらぜひ寄ってみてくださいね。なんてったて私たちがプロデュースしましたから」
3人の露骨な宣伝を含んだアドリブパートが終わると、ショーのイントロが流れだし、ココとミミがステージに登場し、客席から歓声と拍手が上がった。
フィッシュ・スイートでは宣伝のおかげか、それとも、店の雰囲気が変わって興味を持たれたのかゲストの列ができていた。壁が取り払われ窓ガラス越しに厨房を見ることができりようになり、長沼さんが若い男性キャストとともにタイヤキを1枚づつ焼いてゆく様子をゲストが興味深そうに見ていた。
久しく見たことのない行列を見て、大川さんもカウンターで忙しそうに、それでもうれしそうにゲストに対応していた。
**
空はすでに目に刺すほどの青さで、夏の白い光が木々の葉の緑をより鮮明にしている。にぎわいを取り戻し、多くの笑顔が見えるようになったパイレーツコースト。STARの歌声に合わせてゲストの手拍子と歓声がエリアに響く。
STARのちょっとした夏の物語が、夏の眩しい光の中でキラキラと輝き始めていた。
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