(5) ドレス・リハーサル
さくらたちの最初のドレリハは、予定通り所要21分キッチリで終了した。
客席は当然見えなかったが、ゲストがそこにいるものと仮定して、さくらたちは想像上のゲストに手を振って挨拶した。
操作室の前に立っていたステージマネージャがマイクを取り、「はい、OKです。おつかれさまでした」と終了を宣言する。その隣にいたトレーナーが私物のストップウォッチを取り出して時間を確認すると、予定通りだった。
さくらたちは「ありがとうございました!」と頭をさげて、舞台袖に戻った。舞台袖でさくらたちを迎えていた城野とSVにトレーナーがいかがでしたか? と声をかけた。SVはさくらたちを見ながら、
「よくできてたと思うわ。2週間でよくここまできたわね」
と褒めた。それがうれしかったらしく、さくらは美咲といずみに瞳をキラキラ光らせながら喜びの表情を見せて、3人で声を揃えた。
「ありがとうございます!!」
トレーナーからは「合格! でいいとおもうわ」と判定され、3人で手を取り合いながら喜んだ。
楽屋への短い廊下の途中。田澤たち3人が小走りで向かってきた。
すれ違い際、がんばってね、なんて互いに声を掛け合った。舞台度胸という点ではこの3人はあきらかに他のメンバーと違っている。こまちもつばさも緊張する様子もなく、楽しそうににステージに向かって行った。
やがてステージの方から3人の元気な声が揃って響いた。
―― アウローラユニット 第2ユニットです。よろしくお願いします!
ステージマネージャーが、それでは最初の陰板からはじめます、というスピーカーからの声が楽屋まで小さく届いていた。
楽屋に1台だけあるテレビにステージの様子が映されていた。角度的に表情は見えなかったが、田澤たち3人が演じている姿が写っていた。さくらは、田澤たちをみて次は本番なんだということを実感したらしい。
「次は、本番、なんだね」
美咲は今日のドレリハに満足感があったのか、
「ゲストがたとえ0だったとしても、最後までやろうね」
といい、さくらと「おー!」と声を合わせていた。
いずみは、2人の様子をリフレッシュドリンクのペットボトルに口をつけながら見ていた。美咲の元気過ぎる様子に少し呆れていたようだった。
そして、視線を右にずらすと、台本に首っ引き状態の舞の姿が見えた。
そっと近づいた広森が舞の肩を指先で軽くたたいた。
ふぇ!? という、なんとも情けない声を舞は上げて振り向いた。
「そろそろだから、舞台袖に行きましょう?」
と広森がいつもの優しい笑顔を浮かべていた。広森の後ろから遠慮がちに藤森が不安そうな顔をぴょこっと見せた。
「舞ちゃん、いっぱい練習したし大丈夫ですよ。私も頑張るから……」
舞は自分が藤森を不安にさせているように感じたらしく、すこし表情を緩めて藤森に話しかけた。
「ありがとう、りさちゃん。うん、頑張ろうね」
フェアリーリングのリハーサルは、順調に進んだ。
表情にも気を配ることができ、舞の笑顔も途中で消えるようなことはなかった。だが、ショーの最初のシーンの終盤。ターンをするシーンで、やはり舞がワンテンポ遅れてしまった。さすがにハッとしたのか、舞の表情が曇った。
だが、だからといってショーは終わらない。
舞は必死にリカバーして、なんとかリズムに喰いつき、最後まで踊り続けた。
進行表通り舞台袖にもどると、ステージマネージャーから「はい、OKです」と終了がコールされる。広森たちは一旦舞台袖からステージに戻り、ありがとうございましたと頭を下げた。
舞台袖で舞たちを見ていたSVは、腰に手をあて、ほっとした表情を浮かべていた。3人を出迎えて、おつかれさまと声をかけた。
藤森と広森はやりきったという自信があったのか表情は明るい。舞も2人のように表情は明るかった……だが、どこか無理しているようにも見える。
SVは舞の肩に手をおいて、意識して優しい表情作った。
舞は確かにワンテンポ遅れたが、十分リカバリーできたとSVは判断していた。そのことはちゃんと伝えないと。そう思ったのだ。
「ちゃんとリカバリーできたでしょ? これだけできれば十分。よく頑張ったわ」
舞は「はい、ありがとうございます」と返事はしたが、やはりその目はあまりうれしそうには見えない。SVの隣に立っていたトレーナーは、バインダーの書類に記入をしながら3人に、それなりの満足感を顔に浮かべて声をかけた。
「舞は最初のターンのところに注意して。それ以外の場所は、まあ十分ね。ステージ立つだけの技量は身に着けたと思うわ。合格!」
3人は「ありがとうございます」と返事をした。
中央に立っていた広森が舞と藤森の肩をぎゅっと抱いた。
「合格だって! これで3人でステージに立てるね!」
広森のうれしそうな表情に、舞も緊張を解いて笑顔を見せた。
**
ドレスリハーサルの後の最後の調整や指導を受けて、退勤時間となった。
いつものタイムレコーダーの儀式を終え、ロッカールームで着替えはじめる。
緊張がほぐれたのかみんなの表情は明るかった。
学校の制服姿のさくらは美咲と帰り支度を済ませていずみに声をかけようとした。だが、いずみは「あー、やることあるから先に帰ってて」とさくらたちを送り出す。美咲が「そう? じゃあ間に合ったら駅でねー」と手を振ってロッカールームを後にした。さくらもそれに続いて出て行った。
制服に着替えたいずみがロッカールームを出ると、無人となったオフィスで、舞は応接エリアに貼られたフェアリーリングのメンバー表を見つめてひとりで立っていた。気を抜いているのか、それとも、考え事に集中しているのか、いずみには明らかに気が付いていない。
その証拠に、2回も呼びかけても返事がなく、背中からこっそり近づいて肩をたたいてようやく気が付いた。あまりに驚いたのか、舞は「ひゃああ!?」とやたら大きな声をだして、振り向いた表情もこわばっていた。
いずみとわかると、安心したのか大きく深呼吸した。そして、手にしていた紙を後ろにそっと隠した。
「いずみさんかぁ、びっくりしたよ~」
「そんなに驚くとは思わなかったわ」
「ごめんね、もうみんな帰ったって思ってたから」
口にはしなかったが、舞が何を隠したのかは即座に理解した。
今日トレーナーから配られた個人評価シートだ。おそらく自覚している点を指摘されたか、思った以上に厳しいことが書かれていたか、あるいはその両方だろう。いずみは、そのことには気が付かないように装いながら、右手にもったカバンを応接用のテーブルに乗せた。
「帰らないの?」
「うん、秋田駅からのバスの時間、まだあるから」
「……そんなに厳しかったの? 評価シート」
「ええ!? えと……」
母親に隠したテストを見つけられたような顔をして、舞はえへへ、とごまかそうとした。いずみは、別に無理にそれを見ようという気はないのだが。
それに、そこに何が書かれていたのか、大方予想がついているのだ。
評価シートは個人の感想や意見などは基本的に書き込まれない。
ダンスのミスした箇所や回数、それに対するステージマネージャやトレーナーの指摘事項が書かれているだけだ。ただ、その書き込みが多かったりすれば、もちろん指摘された方はへこむことになるのであって、舞はまさにその通りの状態なのだろう。
自覚しているとはいえ、ミスをたくさん指摘されれば、誰だってへこむものだ。しかし、基礎だってまだ学んでいる途中なのだから完璧である必要はないと思うのだ。少なくともいずみはそう思っている。
「……心配しなくても、りさも広森さんもフォローしてくれるよ」
「わたし、足引っ張ってないかな?」
「まだステージにたってもいないじゃない」
「いずみさんは……上手だから」
「……まあ、それはそうだけどね」
自分が上手いことについては否定しないいずみだった。そういうことに遠慮しない主義なのだ。いずみが今気にするところはそういうところではなかった。眉間に少しだけ力が入ったいずみは、舞に気になる点を確認した。
「舞、辞める気じゃないよね?」
そう聞かれた舞は真剣な表情でこくんとうなずいた。
「わたし……ぜったいステージ出るって決めたんだ。立派なキャストのお姉さんになるってあの子に約束したから」
あの子、とはやはり迷子だったあの子の事だろう。
「そっか。よし、そこまで覚悟してるなら……」
いずみは表情を改めた。ただ、それは問い詰めるようなものではなく、どちらかと言えばさくらたちに見せるような優しいものだった。
久保田がオフィスに戻ってきた時、鏡のようになったガラス窓に写っていたいずみは、舞に何かをアドバイスしているように見えた。邪魔をしてはいけないような気がして、オフィスに入るのを一瞬躊躇った。
舞は、上目つかいで、半信半疑のような表情を浮かべていた。
「……ホントに?」
「効果は保障するよ」
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