(7) いずみの魔法、かぼちゃとにんじん




 ついに、舞たちのステージが開演時間を迎えた。

 午後になって人が増えたせいか、フローラの時よりもゲストの数は若干増えている。舞台袖で舞は緊張から目を閉じて自分の手をきゅっと握っていた。そうしていないと震えてしまいそうな気がしたからだ。



 あの女の子に手紙で約束したんだ。


 ―― 立派なキャストになるって。 


 それに、広森さんも、りさちゃんも、一緒に頑張ろうって言ってくれた。


 だから、私は私を応援してくれる人のためにステージに立つんだ!



      ――心の中で自分に必死に暗示をかけた。


 かぼちゃ、にんじん、かぼちゃ、にんじん……





 ショーは進み、まもなく舞たちの出番が近づく。


 3人でお互いに視線を交わしてうなずき合った。


 やがて音楽が止まり、男性MCが舞たちを呼び込む。

 


 ―― 床を力いっぱい蹴って、笑顔を作り3人でステージに飛び出す



 何度も練習したステップをたどってゆく。


 頭の中で音楽と記憶の中のエイトカウントを必死に追いかけてゆく。


 やがて、ココたちもステージに飛び出して、ステージ中央までかけてくる。


 ……ハイファイブ、ジャンプ、それから……


 笑顔が少しずつ引きつる。まだ所定の動作があり客席を見ていない。


 そして、


 次の曲へ進み、正面を向くダンスパートになり、舞は客席に顔を向けた。



 ――視線が、舞の視界の中に幾重にも飛び込んできた



 客席に並んだゲストの顔を、舞はハッキリと認識してしまった。


 それは、いくら自分に暗示をかけても消えたりしない。


 顔が引きつりそうになるのを必死に抑えながら、舞は心の中で叫んだ。



  かぼちゃになんか、みえないよぉ!



 意識がそれでそれたのか、



あ! と気づいた時にはステップを1つ外してしまった。




 その動きはハッキリわかるミスだった。


 どうしよう、そう思った時、いずみのあの時の"おまじない"を思い出した。




―― 間違えたら、思いっきり笑ってごまかせ!



 舞は、あえてダンスのステップの動きを一瞬とめて、


 右手の人差指を額にあてて、思い切って大胆に 


 「あれー????」


 という表情を、声を出さずに作って見せた。

 

 会場から小さな笑い声が聞こえてきた。


 そして、タイミングを合わせて、本来の振り付けに戻した。


 すると、そのタイミングの直後からはっきりわかるほど拍手の音が一段と強くなった。


 本来のダンスに復帰した舞は、そのまま、最後のポーズまで迷うことなく踊りきった。




 トークパートに移ると、男性MCは開口一番、舞に向かって


 「ちょっとまちがえちゃったね」


 と話を振った。舞はそこでも開き直って、思い切り笑ってごまかすようなしぐさを見せた。小学生くらいの男の子が「おねーさんがんばってー」と声を上げた。舞はその男の子に向かって手を振って見せると、ゲストの間から拍手が沸いた。その後、フェアリーリングのメンバーは大きなミスをするようなこともなく、問題なくショーは進行し、彼女たちの初公演は定刻通りに終了した。


          **



 舞台袖にたどり着いた時、自分をフォローしてくれた広森と藤森に、舞は抱きついた。


 「ふたりのおかげだよ! 最後までできたよー!」


 藤森も広森も抱きつかれたことに一瞬驚いていたが、舞の言葉を聞いて表情をぱぁーっと明るくさせた。舞はハッと気が付いて体を離した。


 「ご、ごめんね、つい……」

 「わたしも、舞ちゃんとりさちゃんのおかげで最後までできたと思ってるよ」

 「あ、私も、お二人といっしょだったから、頑張れたって思ってます!」


 舞は2人の言葉で安心したのか、ふっと笑った。


 「私、二人と一緒で本当に良かったよ」


 広森たちの後ろ、廊下の方から城野がバインダー片手に声をかけた。


 「広森さん! りさ! スケジュールの事でちょっと来てくれる?」


 はーい、と二人が返事をする。

 舞は、じゃあ、私は先に楽屋にいってるね、と声をかけて二人を送り出した。

 広森たちがドアを開けてバックステージの駐車場へ出てゆくと、舞台袖に一人残った。 胸の前で右手を強く握って、ステージデビューしたことを改めて実感していた。


 舞ちゃん、舞ちゃん、というさくらの声が舞台袖の幕の方から聞こえた。


 さくらと美咲がそこから顔を出す。


 さくらが「デビュー、おめでとう」と声をかけ、美咲が「よかったよ!」と満面の笑みを浮かべた。舞にはその二人の言葉がうれしかった。涙目になるのを何とかこらえて、二人のそばに歩いて行った。

 舞は、ありがとうとお礼をいい、えへへ、と小さく笑った。何となく照れ臭かった。


 だが、さくらたちの後ろで、腰に手をあててこっちを見ていたいずみを見たとき、こらえていた感情が舞を突き動かした。

 いずみは、片手をあげておつかれー……と言いかけたが、舞が抱きついてきて言葉が止まった。舞はうれしさの涙を浮かべていずみの胸に飛び込んだ。


 「いずみーん! 本当に効果あったよー! ありがとー!!」


 いずみは、あだ名で呼ばれたことに、「…いずみん!?」とつぶやいて戸惑っていたが、自分の胸で舞が顔を上げて


 「わたし、最後までできたよ! いずみんのおかげだよ!」


 と、うれしそうな顔をしていたので、あだ名の件には触れずに、すこしクシャクシャになった舞の髪を優しくなでてあげた。


 「おお、よしよし、よくがんばった」


 お姉さんの顔をして、いずみは舞の背中にまわした手でをポンポンと叩いた。

 その様子を見ていたさくらが意外そうな顔をいずみに向けた。


 「いずみさん、なにか教えたの?」

 「ちょっとしたおまじないをね」


 美咲は頭の後ろで手を組んで、へー、という表情を浮かべた。


 「やっぱ、いずみん、いいひとじゃん」

 「そういういいひとアピールやめてよ、恥ずかしいでしょ……」


 さくらは、少し顔が赤くなったいずみに遠慮がちに質問した。


 「いずみさん……あのね……」

 「さん付けしなくてもいいよ」

 「そうだよ、同じ仲間なんだし、いずみん、でいいんだよ」

 「私は公認した覚えないけどね」


 美咲のいう通りにあだ名で呼ぼう。さくらはそう考えて努力してみることにした。


 「い、づ……ミ……ん……」


 無理なことは無理だった。明らかに無理している発音で、いずみは苦笑いするしかなかった。


 「無理して呼ばなくていいとおもうけど」

 「じゃあ、いずみちゃん!」


 いずみがふと表情を緩める。


 「なに?」

 「私にも、おまじない、教えて?」

 「大したことじゃないよ?」


 いずみに抱きついていた舞が、涙でぬれたピンク色の顔をいずみに向けた。


 「そんなことないよ! 効果抜群だったよ」


 美咲が興味深そうな顔で、いずみの顔を覗き込んだ。


 「えー、じゃあ、私も聞きたい!」


 いずみが困ったような顔をして、美咲とさくらを交互に視線を向けた。


 「ほんとに大したことじゃないんだってば……」


 フローラとフェアリーリングの初めてのステージは、こうして問題なく終了した。初めてゲストの前で実際にステージ上がった。その事実が、さくらたちの心に充実感と昂揚感を与え、忘れることのできない特別な日として記憶されそうだった。



          **



 また新しい1週間が始まる月曜日。


  休憩時間にトレーニングルームのホワイトボードを使って、こまちたちがユニット名を相談していた。いい名前が思いつかず、3人で悩んでいるところだった。つばさが床に座りこみながら、ホワイトボードの前でペンを持って立っている田澤に声をかけた。


 「もっといい案ないの?」

 「つばさこそ何かほかに思いつかないの?」

 「えー……」


 ホワイトボードには「ベリリウム」とか「バナジウム」とか、あるいは「くろわっさん」とか「でにっしゅ」とか誰が発案したのか察しがつくような名前が並んでいた。


 つばさがこまちが何かしているのに気が付いて、脇から覗き込んだ。


 「なにしてるの?」


 こまちはふんふん歌いながらノートに書きこんでいたユニット名の候補を二人に見せた。なにかいろいろ書かれているが、ドイツ語っぽい単語が並んでいた。


 いわく、「ミュートス」「アインホルン」等々……


 得意そうに「一押し!」とおすすめしてきたのは、「ユニヴェルズム」とか「ローゼンブルクエンゲル」とかだったが、つばさが「いや、なんかどこかで使われてそうでちょっと……」と否定したので、こまちは「えー」とちょっと不満そうだった。


 田澤が苦笑しながら、こまちとたざわのやり取りを聞いていた。

 こまちの髪に視線を移した時。

 前髪を留めているヘアピンに星が付いていることに気がついた。

 よくよく見てみると、シャーペンにもノートにも星が描かれている。

 

 田澤が「ふむ……」と少し考え、こまちに


 「星が好きなの?」


 と聞いてみる。


 おっ、という顔をして、こまちがシャーペンとノートを田澤に見せる。

 

 「宇宙! 神秘!」


 どやぁ、という自慢げな顔を田澤にみせた。


 うん、よし、と小さく口にして、田澤はつばさに提案した。


 「じゃあ、わかりやすく"STAR"でいいんじゃない?」

 「うん。なんとなくだけど、こまちにあってるしね」



 田澤とつばさがこまちの顔を見る。視線を向けられたこまちは、なんだか照れッテレの表情を浮かべていた。つばさがホワイトボードにペンをとって「このままだと、なんか味気ないからぁ」と何かを書き足していた。


 「これでよくね?」


 ホワイトボードには大きく


"★STÅR☆!"


 と書かれていた。

 田澤が「なんでオングストローム?」と腰に手を当ててつばさに尋ねた。ホワイトボードの前にこまちが歩いて行って不思議そうに見ていた。


 「なんか、ノリで!」

 「ノリなのか」

 「ほら、電磁波の波長的な感じで」

 「電磁波ねぇ」


 ちらりと、こまちを見ると、またしても「いやー、むふふ」となぜか照れていた。こうして、名称としての"STAR"が決まった。ロゴはつばさの案が採用されて、発案者よりなぜかこまちがよろこんでいた。



          **



 まだ外は明るく、オフィスの窓越しには屋外のすっかり夏色の景色が広がっている。エアコンが全開で動作するオフィスに、メンバーが全員集められミーティングが行われていた。応接エリアでメンバーの前に立って、改めてユニット名の確認が行われる。


★STÅR☆!

FlorA!


Fairy-ring



 SVは名前を呼ぶたびに、そのユニットメンバーの顔に視線を送った。

 

 「それでは、この名前をゲストに覚えてもらえるように頑張っていきましょう」


 はい! というみんなの声がオフィスに響いた。

 みんなの顔は、若い女の子たちの希望にあふれた表情そのものだった。





 デビューを終え本格的に始動した、それぞれのユニットのそれぞれの物語。


 空はいっそう夏の色を鮮やかに描き、藍より青い大空。




 工事を終え、「いばら姫の城」は本来の白いドレスを身に纏っている。


 その眠りから目覚めた美しい姿が、初夏の日差しの中でいよいよ輝きだす。





―― アウローラたちの夏が、始まろうとしていた。





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