(7) いちねんせいのおねえさん

 終礼が始まる前に、時間の都合で先に学校の制服や私服に着替えたメンバーはオフィスの応接エリアに集合した。城野からスケジュールについて説明があり、自主トレしたい人は私か久保田さんに言うように、と付け加えた。


 そして、SVがみんなの前に出て、コホンと咳払いをして注目させる。


 ソファに座っていた広森と舞が立とうとしたので、「そのままでいいわよ」と手をヒラヒラさせた後、みんなを見渡した。


 「みんなに大切な発表があります。これからアンバサダーとしてデビューするにあたってユニット分けを行います」


 ユニット分け? 

 みんな疑問に思ったのか、不思議そうに声を上げた。



 「そうよ。これから3人一組で活動していくからね。では、発表します」



 第1ユニット 田澤 こまち つばさ

 第2ユニット 広森 舞   藤森

 第3ユニット 美咲 いずみ さくら



 「以上の通りとします。これから一緒に組む相手です。仲良くしてね」


 もともと自然発生的にできたグループがほとんどそのままユニットになったからだろう。みんなからは異論は出なかった。ユニットになった子同士がわいわいと「よろしくね」とか「仲間!」とか騒がしくしていると、手を叩いてSVがもう一度注目させた。


 「はいはい。注目! それで、みんなにこれから考えてもらう事があります」


 静かになってみんながSVに注目する。 


 「みんなには自分たちのユニットの名前を決めてもらいます。そして、その名前で今後は活動してゆくことになります」


 ホワイトボードの月間行動予定表の前で、2週間先の日曜日をボールペンで示した。


「そして、2週間後の日曜日。アンバサダーとして活動する前に、お披露目として新しいエンターテイメントのステージに上がります。デビューってことね」


 デビュー……


 その言葉でみんながざわめきだす。

 藤森がおずおずと手を挙げた。


 「あの、ステージってみんなですか?」

 「みんなではないわ。当日ステージに上がるのは、第2ユニットと第3ユニット。この2つ。わかった?」


 第2ユニットに所属する舞が、顔をこわばらせていた。

 デビューが決まったことに緊張しているようだった。

 田澤は広森にちょっと残念そうな顔を見せた。

 そして、SVに視線を向けて確認した。


 「ということは、第1ユニットの私たちのデビューはもっと後ってことですね」


 SVは何も言わず、持っていたスケジュール表を確認してから口を開いた。


 「第1ユニットは当日、今の予定では東京の民放キー局の取材が入ってるからその対応ね。レポーター的な感じで」


 田澤があー、という顔をしてうなずいた。

 こまちと、つばさもふんふんとうなずいていた。

 そして、3人の表情が固まり……


 1秒ほど間をおいて3人ともようやく事態を理解した。





 「ええええええええええええ!?」





 田澤が珍しくうろたえていた。


 「テ、テレビですか!? キー局って、あの全国ってこと!?」

 「そうよ。昼の時間帯の情報番組で使うそうよ。私からはとりあえず以上かな? 久保田さん、なにかある?」


 久保田はバインダーを胸に抱きながら「いえ、特には」と首を横に振った。


 こまちが

 

 「テレビ! 全国!」

 

 とはしゃいでいた。

 それを聞いたつばさが目を輝かせて

 

 「なんかすげー! うち、全国デビューかよ!」

 

 と、なんだかうれしそうだった。



 はしゃぐ3人の隣で、さくらが表情を暗くしていた。

 美咲がそれに気が付いて、やや眉をまげて「どうしたの?」と声をかけた。




 「わたし、まだ、自信ないよ……」


 というと、さくらはその不安そうな顔でいずみに視線を送った。

 いずみは後ろ髪を右手で少し書き上げながら諭すようにさくらに口を開いた。


 「最初から自信のあるやつなんかいないよ」


 さくらの表情があまり変わらないのを見ると、いずみは腰に手をやって年上らしい口調で指摘した。


 「それに、ステージに上がることはわかっていたことでしょ?」

 「うん……そうだ、よね」


 まだ表情が硬いさくらのその言葉を聞いて、いずみはさくらの両肩に手を置き正面に立って表情を少し和らげた。


 「さくら、才能あると思う。だから、あんま心配しないことね」


 さくらはその言葉に驚いたのか、ぎょっとした顔をぶんぶん振って


 「そんなこと、ないっ ないと、思う!」

 と否定した。


 だが、いずみはさくらの目を見て頬を少しだけ緩めた。


 「トレーニングの時、びっくりしたんだから。ホントに経験者じゃないの?って。それぐらいうまくいってたんだから、大丈夫だよ、大丈夫!」


 いずみの言葉に、さくらもいくらかは不安が和らいだようだった。


 ―― その時、美咲はいずみが一瞬やさしい顔をするのを見過ごさなかった。



 美咲はふたりを観察しながら、随分と感心するような表情でつぶやいた。 



 「いずみんってさ、いい人だよね」

 「な!? いい人!?」


 予想外の美咲の言葉に、いずみは顔を赤くしていた。


 「いや、別に、私そんなんじゃないし!? いい人アピールとかやめてよっ」 


 かなり本気でいずみがワタワタと否定するので、美咲もさくらも面白くなってしまう。さくらが、さっきまでの不安を少し和らげた顔で、


 「ありがと、いずみ、さん」


 とお礼を口にした。それが、いずみの羞恥心を刺激したのか、赤くなっていた顔はさらに赤くなった。


 「も、もう美咲! いい人とかいうから、もう!」

 「いずみん、なんかかわいー」

 



 一方の舞はソファに座って、ふとももの上で握った手に力が入っていた。

 広森がやさしい表情で舞に「不安?」と声をかけていた。舞は、広森に不安げな顔を向けて小さな声で不安を呟いた。


 「わたし、ホントにキャスト向いてるのかな?」

 「舞ちゃん……」


 広森が一言励まそうとした時だった。



 オフィスの入り口から足音が聞こえて誰かが入ってきた。

 応接エリアのパーテーションの脇から、監督の姿が見えた。


 「まだ、みんな帰ってないよな?」

 「ええ、このあと終礼するところです」

 「じゃあ、ちょうどいいな。この前の子、誰だ?」


 SVはちらりと舞を見て、監督に告げた。


 「安浦浜さんです」


 何かまずいことでもしたのかと思ったのか、舞はビクっと背を伸ばし、

 「あの、なんでしょうか?」

 とオドオドしながら監督に向けて手を挙げて見せた。


 監督は孫にあったおじいさんみたいな顔で、笑いながら答えた。


 「いやいや、別に怒りに来たんじゃない。君に渡すものがあってね」


 監督は脇に抱えていた白い封筒をSVに渡すと、胸にしまった名刺入れを取り、中からカードを1枚引き出した。


 「これはグッドショースタンプと言ってね。キャストがショーマンシップを発揮したときに贈呈することになっているんだ」


 立ち上がってキョトンとしている舞に監督は歩み寄ってニヤリと笑って見せた。


 「贈呈の理由はわかるかな?」

 「いえ……思いつかないです」


 監督はSVに目配せする。SVがうなずいてその白い封筒を舞に渡した。舞の両サイドにいる美咲といずみが興味深そうにのぞきこんだ。封筒から舞が1枚の紙を取り出す。

 

 それは小さな子供が描いた絵に見えた。

 用紙の右下にはミミのイラストがプリントされていて、それが迷子センターで配られているものだと気が付いた。


 その絵には小さな女の子と、もう一人女性が描かれていた。その二人の上に


  「1ねんせいのおねえさんえ ありがとう」


 と色鉛筆で文字が大きく書き添えられている。舞は、その言葉を読んでこの絵の描いた子供が誰なのか理解した。


 その絵に視線を釘付けにしていた舞に、監督が孫に昔話を聞かせるような声で事情を説明した。


 ゲストリレーションで女の子と母親がお礼を伝えたいと立ち寄ったこと。

 その時に、ゲストリレーション・キャストがその絵を預かったこと。

 女の子がキャストに「いちねんせいのおねえさんに、ぜったいわたしてね?」と何度もお願いしていたこと。




 そして、手にしていたグッドショースタンプを舞に差し出した。


 「はい、じゃあこれ」

 「あ……ありがとうございます!」


 深々と頭を下げて、監督からカードを手にする。

 カードのコメント欄には監督の署名と

 

     "小さな女の子の心にすてきな思い出を残した、

        あなたの素晴らしいショーマンシップを称えます"


 という手書きの1文が添えられていた。

 受け取った舞はグッドショースタンプと女の子の絵を何度も見返した。パチパチと小さい拍手が聞こえ、舞が顔を上げると隣でさくらが拍手していた。つばさの「なんかおめでとー」という声につられてみんなも一緒に拍手し始めた。いずみも珍しくうなずきながら拍手していた。


 その拍手の中心で、舞は瞳をうるませ、泣き出すまであと半歩の表情をかべた。さくらはすぐに気が付いて、


 「ごめんね、舞ちゃん、いやだった?」


 と少し心配しながら声をかけた。

 だが、舞は首を横に振った。


 「ううん、ちがうの。ありがとう、みんな。わたし、こんなのもらえるなんて思ってなくて……」


 舞は視線をあげて、そう答えた。

 ついさっきまでチラついていた不安の影はその表情からは消えていた。 



          **



 タイムレコーダーの例の儀式を済ませながら、それぞれがオフィスを後にし始める。よく見ると、タイムレコーダーにはシールで「ATRもアウローラメンバー!」と貼られていた。


 「なに、これ?」


 不可解そうな顔をするいずみに、久保田が理由を説明した。


 「SVさんが、挨拶はいいことだからっておっしゃいまして」


 いずみはまだ抵抗あるのか、IDカードを読み取らせると顔を赤くしながら「はい、おつかれ!」と妙に早口にあいさつして美咲とつばさをニヤつかせていた。




 最初の方にタイムレコーダーの儀式を終わらせていた広森たちは、エレベーターホールで改めてお互い頑張ろうねと話していた。

 広森が提案があるんだけど、と藤森と舞の間に立って肩を抱いた。

 

 「せっかく同じユニットになったんだから、もっと仲良しになりましょう?」


 藤森と舞が広森の優しそうな顔に視線を向けた。

 その視線に交互に目配せして、広森はうなずいた。

 

 「そう! だから、3人とも今日から名前で呼びましょう? 年上とか関係なく」


 舞が一瞬ためらった後、口を開いた。


 「でも、広森さんは……」

 「彩音、でいいよ? 舞ちゃんも、りさちゃんも」


 下の名前で呼ばれた2人は、お互いの表情を確認した。

 そして、好意的な笑顔でそれに応えあった。


 広森はその反応に満足したのか、腕に力を入れて二人を抱きよせた。


 「じゃあ、そういうことで。よろしくね、舞ちゃん、りさちゃん」


 舞も藤森も同時に「はいっ」と答えた。

 その顔は仲の良い友達に見せる明るい笑顔だった。


 そこに、タイムレコーダーへのあいさつという苦難の事業を終えて、オフィスを後にするいずみが通りかかり、舞たちに「おっさき~」と手をふって挨拶しながら階段を降りて行った。


 藤森と広森が「おつかされさま~」と挨拶すると、舞が2人に

 「あの、待っててくれる?」

 と声をかけて、いずみの後を急いで追いかけた。

 

 どう声をかけようか少し悩んで、舞はいずみが階段を降り切ったところで声をかけた。周りには時間が遅いからか誰もいない。


 舞が名前を呼ぶ声に、いずみは立ち止まった。


 いずみは学校指定のバッグを右の人差指と中指で肩にかけ左周りで振り向いた。舞は少しの勇気を出して、それでも、すこしうれしそうな顔をして、いずみに声をかけた。


 「あの……ありがとう。あの時、励ましてくれて」


 いずみは一瞬考えた後、ブレイクエリアの出来事を思い出したらしく、あー… と納得したような表情を浮かべた。そして、美咲が一瞬だけ見たやさしい顔を舞に見せた。


 「取り柄、あったじゃん。頑張んなよ? ファンが一人できたんでしょ?」


 舞は、うん、とうなずく。


 いずみは顔を見せるのが恥ずかしいのか、んじゃ、と制服のスカートをひるがえし、左手を軽くあげてからビルを出ていった。


 その後ろ姿を、舞はしばらく見送っていた。


 藤森と広森はエレベーターホールの柵越しに1階の2人を見守っていた。

 多少背伸びして視界を確保していた藤森が、隣にたつ広森の顔をのぞいた。


 「なんだかいい雰囲気ですねぇ」


 藤森がそう感想を伝えると、広森は小さく頷いて同意した。そして、広森も藤森の顔に視線をかさねた。 


 「いずみさんも、意外と照れ屋さんなのね」

 「え? そうなんですか?」

 「みんなの前であんなこと言わないでしょ? 二人っきりだと思ったからあんな風に舞ちゃんを励ましてるのよ」

 「いずみさん、かわいいですねぇ」

 「そうねぇ かわいいわね」


 お互いに顔を見合わせて笑っていた。

 二人の視線に気が付いた舞は、照れ隠しに「てへへ」と笑ってみせた。



          **



 新屋駅は家路につくゲストと退勤したキャストで少し混雑していた。

 いずみは下り線のホームで音楽を聴きながらベンチに座っていた。

 今日もいろいろなことがあって、どっと疲れが出たのか目を閉じて少しうとうとしていた。


 ―― 右の頬に冷たい感触が突然広がり、眠気を吹き飛ばした。



 んひょあ!? 



 という変な声を上げて、目を開けて後ろをみると、人の悪い笑顔を見せた美咲が立っていた。


 「美咲ぃ~」


 じとっとした目で美咲を見ると、いたずらの実行犯は「にしし」と笑っていた。


 「意外と隙だらけですなぁ」

 「盆踊り以外にも取り柄があるみたいねェ」

 「盆踊りもダンスの一種。バカにしちゃいけないですぜ、おねえさん」


 開き直っていずみの反撃をやり過ごした美咲の後ろに、パタパタと足音を立ててさくらが駆け寄ってきた。


 「美咲ちゃん、急に、いなくなったから、びっくりしたよ?」

 「いやー、ごめんごめん。いずみんが座ってるの見えたからさ」

 「いずみん……」


 いずみはまだあだ名に不服そうだった。

 美咲はさっき顔にあてたリフレッシュドリンクの缶をいずみに渡した。


 「ユニット結成記念に、さくらがおごってくれたんだよ~」

 「いいの?」


 さくらがうん、とうなずいた。

 そして、片手に持っていた缶を美咲にももう一本渡した。


 「なんか、最初に会った時から、ずっと、縁があるね」

 「美咲のとは腐れ縁ってやつだとおもうけどね」

 「いや、これが運命ってやつなんだよ」


 美咲が缶のふたを開けた。

 それを見てさくらもいずみもふたをあけ、プシュっという音が重なった。

 美咲がいつも以上に楽しそうな笑顔を浮かべ、缶を差し出した。


 「これから、3人で頑張ろうね! さくら! いずみん!」


 さくらは嬉しそうに、いずみは苦笑しながら、差し出された缶に乾杯した。


 3人で、ユニット、か―――


 この一か月で美咲だけでなく、いずみとも仲間になった。

 さくらはそのことを実感した。

 少しずつ自分の世界が広がってゆくように感じて、それがうれしかった。




  ――どんなことが起きるんだろう。新しく広がった、この3人の世界で





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