22 誓い
先生になる。かつて自分を守り、支えてくれた恩師のような先生。自分もいつかそんな先生になってやる。それがレイの夢だった。だがその夢は叶わなくなった。連続殺人の犠牲者に選ばれてしまったことで......。
二十一歳だとちょうど教育実習をする時期ではないだろうか。そして、一番楽しく夢に突き進める時期でもあったはずだ。そんな時にレイは殺された。無念も残るだろう。
『私はそんなに頭が良くなかったよ。でも先生っていう目標ができたから必死に勉強した。教育やいじめに関する書物も手に入るものは片っ端から読んだ』
レイの表情はみるみる悲しい顔に変化していった。
『でも、全部無駄になった。私はもう、先生になることは出来なくなった』
指の動きがだんだん緩くなる。次も何かを語ろうと動かしていたが、とうとう止まってしまった。
俺はレイの顔を見ることができず、何て声をかけたらいいのかも分からなかった。レイの先生になるという夢は遥かな高みではなかっただろう。もし生きていたら絶対になっていたはずだ。そして教鞭を振るい、みんなから慕われる立派な先生になっていたに違いない。
だがそれを伝えることはできない。話せば余計にレイを悲しませてしまう。夢は実現可能だから夢なのだ。
プロ野球選手になる。
パイロットになる。
弁護士になる。
そして--先生になる。
たとえどんなハンデがあったとしても誰にでもそれが叶う可能性はゼロではない。だからこそ夢なのだ。しかしレイはその夢すら抱くことができない。
俺はレイを殺した犯人にこれまで感じたことのない怒りを覚えた。これはもはや殺意と言っても過言ではないと思う。
俺は決意した。その事をレイに伝える。
「レイ、一つ訂正させてくれ」
レイが顔をあげると気配を感じたが、まともに直視できなかった。だから下を向いたまま話した。
「前にお前の気の済むまで捜査してくれって言ったよな? 悪いがあれ、無しな」
レイが首をかしげる気配を感じる。
「俺は犯人を見つけるまでこの捜査を続ける。たとえお前が諦めたとしても俺一人でもやるから」
俺は一言一言噛み締めながら口にする。
「それで、その犯人をぶん殴る。殺したって構わない。レイの大切な夢をぶち壊したその犯人を俺は絶対に許さない」
自然と握りこぶしを作っていた。
「だからレイ。このまま捜査をしよう。いや、させてくれ。お前の無念を犯人にぶつけてや--」
全部言い終わる前に俺は何かを感じた。顔をあげると、レイが俺を抱き締めていた。
肉体がないので何か触れている感じはしない。だが何かがあるという感覚はあった。幽霊に触れると冷たく感じると聞いたこともあるが、逆に暖かいものを俺は感じ取った。
「レイ......」
顔は俺の頭の方にあるので表情は分からない。だが泣いているような、そして喜んでいるような感情が俺の頭の中に流れ込んできた。感覚はないが、こうして触れたことでレイの思いが俺の中に入ってきているかのようだった。
俺もレイを抱き返す。触れてはいない。でもたしかにここにレイはいる。
「レイ、約束だ。ここでもう一度お前に約束する」
俺は胸に刻み込みながら口にした。
「俺は絶対に犯人を見つけ出す!」
気持ちが落ち着いた俺とレイは再び連続殺人犯について話始めた。
「レイ、他に何か思い出したことはないのか?」
首を横に振るレイ。
『小学生の頃の先生とのやり取りや大学の頃の一部の記憶なら戻ったけど、犯人については何も思い出せない』
「そっか。それじゃあしょうがねえな」
この記憶だけが戻ったのはそれだけレイにとって大切な思い出だったからに違いない。そして大きな一歩だ。レイが殺された事件、レイの本名が知れたことは今後の捜査で絞り混むことができる。これで犯人に近付ける。
ふと俺はあることが気になり、レイに聞いてみる。
「なあ、レイ」
『何?』
「名前なんだけどさ」
『名前? もしかして似合わないとか?』
「違う違う、そうじゃなくて呼び方だよ」
『呼び方?』
「レイの本名が分かっただろ? 『風神レイ』って名前は今までそれがわからなかったから俺が付けたよな。本名が分かったんだからそっちで呼んだ方がいいかなって」
当然だがレイには元々名前があったのだ。記憶喪失でその名前が思い出せず、いわば仮の名前として俺は『レイ』と呼んでいた。本名が分かった以上仮の名で呼ぶ必要はなくなっただろう。
そう思って聞いたのだが、レイは首を横に振った。
「何でだよ? 本来の名前で呼んだ方がいいんじゃないのか?」
『そうかもしれないけど、私は今のままがいい』
「どうして?」
『本当の名前が嫌とかそんなんじゃないよ。私は速水紗栄子。それを否定するつもりはない』
「だったら」
『でも......』
一度躊躇ってからレイは俺に伝えた。
『この『風神レイ』って名前は、悟史が付けてくれたから』
俺はレイを見た。
『悟史が一生懸命考えて付けてくれたこの名前を私はすごく気に入ってるの。悟史と唯一繋がりを示す証しでもあるから』
驚いた。俺が付けた名前にそんなに喜んでいるとは知らなかった。
『それに、今さら呼び方変えるのも変じゃない?』
「ああ、そうだな。んじゃ今まで通りレイって呼ばせてもらうぜ」
『そうしてちょうだい。あっ、そうだ!』
「ん? どした?」
『いい機会だから聞きたいんだけど、この『風神レイ』って何から取ったの?何か元があるんでしょ?』
「!?」
レイの質問に俺は固まってしまう。
言えない。言えるわけがなかった。
たまたま開いた雑誌に針を飛ばしてたまたま刺さった所の文字が『神』と『隸』と『風』だったなんて。『隸』も面白いと思ったけど、絶対嫌がるだろうからカタカナにして『レイ』にしたなんて!
こんなこと言ったら間違いなくレイは怒る。絶対に怒る。
ねぇねぇ、とワクワクした顔を近付けて俺にせめ寄る。
「あ~、え~と、それはだな~」
何か良い言い訳はないだろうか考え、一つ思い付いたことを言った。
「そう、あれだ。そう! 幽霊だからレイ。そう付けたんだ」
『えっ、そんな単純だったの?』
「ま、まあな」
『じゃあ風神も?』
「お、おう。そんときにハマってた漫画の登場人物の名前から取ったんだ」
『何それ~』
「い、いや、その登場人物お前に似て可愛かったからさ」
『ホントかな~?』
「ホ、ホントだよ」
『なんだ~。私てっきり悟史の性格から、新聞やら雑誌にダーツみたいなのを投げて刺さった所の文字で付けたのかなとか思ってた』
ドンピシャリ!?
クイズ番組なら百万円贈呈しているところだ。
「あ、あの~レイさん?」
『何よ、急に敬語になって。気持ち悪いわね』
「仮定ですけど、もしそうやって名前を付けていたらどうしました?」
『とりあえずあそこにある灰皿で頭かち割ってた』
レイが指差す先にはテーブルの上にある極太のガラスの灰皿が置かれていた。厚さ、重さ、共に申し分ない。あんなもので頭をぶつけられていたら冗談抜きで死んでしまう。
俺はそれを見て血の気が引くのを感じ、正直に話さなくて良かったと心から思った。
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