第123話

 だ。


 矢野の机はからっぽだった。


 私のケータイ電話どころか、教科書一冊、ノート一冊はいっていない。


 から振りだった。


 だが、そうなると矢野の手もとにある可能性が捨てきれなくなってくる。そもそも机のなかがこんなにからっぽだということ自体がうたがわしい。


 私は教室の扉を見た。


 今から追えば、まだまにあうかもしれない。


 追いついたところで、声をかけてたしかめる勇気もないくせに、反射で教室を飛びだしていた。


 私の視野はとことん狭い。先ほど気配を感じたくせに、ろくに左右も確認せずに廊下を抜けて階段へ走っていく。フロアをふたつくだって、げた箱へ一直線にむかう。


 階段を走っていると、それが見えた。


 いた。


 矢野たちが、げた箱のところで靴を履きかえている。


 正確には矢野ととりまき四人。全部うちのクラスの生徒だ。


 私はその姿を階段の中腹から確認した。


 だが、そんなものを確認したところで、ただ勢いで教室を飛びだしたのだ。追いついたところで方策などなにもない。


 はっとした。


 ここにきてようやく冷静になれた。


 たかだかケータイ電話じゃないか。


 怖さのあまり、そう思う。


 お金のことは、バイトを探せば大変だけれどなんとかなる。通常の私ならそう考え泣き寝いる場面である。

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