8

「望美ー、お昼行くよー」

 早くしないと置いていくわよ、とドアのところから己を呼ぶ友人に、望美はあわてて机にかけていた鞄を手に取った。

「待ってください、今行きます!」

 ぱたぱたと駆け寄ってくる望美に、千恵がおっとりと笑う。

「だいじょぶだよ、望美ちゃん。あんなこと言ってるけど、小百合ちゃんはちゃんと待っててくれるから」

「ちょ……! 人をツンデレみたいに言わないでよ、千恵!」

「でもホントでしょ? 置いてくよ、って言っても本当に置いていったこと一度もないよね、小百合ちゃん」

 にっこりと笑みを向けられ、言葉に詰まった小百合はふいと横を向いた。

「ほら、行くわよ! 早くしないと場所なくなっちゃう」

 そう言うと返事も待たずに歩き出す。その頬がかすかに朱に染まっているところを見るに、照れているのだろうか。顔を見合わせて小さく笑うと、望美と千恵は小百合のあとを追って歩き出した。

「さて、空いている場所は……っと」

 屋上にたどり着くと、小百合は目の上に右手でひさしを作りながらあたりを見回した。しかし目に見える南棟側のベンチはすべて埋まっており、嘆息しながら彼女らは北棟側へと向かうことにした。

 渡り廊下の上に当たる場所を歩いている時だった。

「あーもー! こんなところにいたんですか!?」

 探したんですよ、と若い男の声が聞こえてきた。どこか泣きそうなその声に聞き覚えがあるような気がして、望美は首を傾げる。いつだろうか、確かに聞いた声のはずなのだが、思い出せない。

「あれ、雅臣まさおみ? 僕ライン入れたよね、屋上に行ってるよって」

 泣きそうなその声に答えたのは忍足の声だった。

「ぼく朝に言いましたよね? 充電するの忘れてて、スマホのバッテリー切れたって」

 雅臣と呼ばれた声はどこか脱力したような声を上げる。それに忍足はあれ、と疑問の声を上げる。

「そうだったっけ?」

「そうですよぉ~」

「ライン見てないのに、よく僕が屋上にいるってわかったね?」

 感心したような忍足の声に、雅臣は当然ですよ、と答える。

「瑞貴さんが行きそうな場所の心当たりなんて三つしかありませんから」

 そのうち一番可能性の高い場所に来たのだ、と言う声はどこか得意げだ。

「……相変わらずの夫婦っぷりね、あの二人……」

 よくやるわ、と言いたげな顔でかぶりを振る小百合。その横では千恵が苦笑を浮かべている。

「さすが土屋つちや先生ってところかな」

 言われてようやく気がついた。最初のあの泣きそうな声は古典を担当する土屋のものだったのだ。

「土屋先生と忍足先生は夫婦なのですか」

「……おおむねその認識で間違いはないわ」

 問いかけ半分、独り言半分といった様子の望美のつぶやきを拾い、小百合が微妙な表情を浮かべてうなずいた。

「どうする? 場所変えようか?」

 あの二人がいるとちょっと気まずいよね、と千恵が問いかけた時だった。


「あー、もー! こんなところにいたのか!? 探したんだぞ、望美!」


 そう叫びながら駆けてきたのは湊だった。肩で息をしながら、湊は右手をずいと突き出した。そこに握られていたのは、いつも弁当を入れている巾着袋だ。

「弁当、作るの遅くなったから昼休みに持って行くって言ってただろ? どうして待っててくれなかったんだよ」

 どこかすねたようなつぶやきに、あ、と声を上げて望美は口元を押さえた。

「すみません、すっかり忘れていました」

 その言葉に湊はがっくりとうなだれる。肺の空気を全部出すような大きなため息を一つして、

「じゃあ、これのことも忘れてただろ」

 左手を己のブレザーのポケットに入れる。取り出された手のひらに乗っていたのは――。

「わたしの携帯電話」

 つぶやいて、あわてて鞄の中をあらためる。いつも入れている場所に携帯電話は存在していなかった。

 差し出されたそれらを両手で受け取りながら、望美は目をまたたかせる。

「携帯も繋がらないのに、どうやってわたしの場所がわかったんですか?」

「望美のクラスの人間に聞いた。屋上か中庭だろうって言われて、たぶん屋上じゃないかなって」

 望美は日当たりのいいところ好きそうだから、とどこか得意げに答える湊を横目に、小百合と千恵は苦笑混じりのため息を吐き出した。

「……なんか、どこかで聞いたような会話だね?」

「ええ、そうね。ついさっき聞いたばっかりの会話ね?」

 アンタたちも夫婦か、と呆れたようにつぶやく小百合の声は、幸か不幸か当人たちには聞こえていないようだった。



「……遅いですわね、在原さん」

 壁にかけられた時計を見上げ、ぽつりと詩織がつぶやいた。昼休みになってから十分あまりが経過している。いくら授業が長引いたとしても、さすがにそろそろ生徒会室についていい頃合いの時間だった。

「ラインに既読もつかないしね……どうしたのかなぁ?」

 さっきから何度も電話やメールを入れているが、一向に連絡はつかないままだ。スマートフォンをもてあそびながら薫はつぶやく。も一回ライン入れてみよっか?

「在原が持ってるのってガラケーだろ? メールか電話の方がいいんじゃないか」

 苦笑しながらそう言った恭二が己のスマートフォンを取り出す。何度目かの電話を入れようとした時、ガタリと音をさせて悠が立ち上がった。

「中須?」

 どうした、との恭二の問いかけに、ほかの面々も一斉に悠へと視線を注ぐ。それらを受け止めながら、悠は扉へと近づいた。

「直接呼びに行った方が早いですよ」

 それだけを言い残すと、勢いよく扉を開けて彼は廊下へと飛び出した。

 望美のクラスである三組の教室に飛び込んであたりを見渡すものの、そこに望美の姿はなかった。どうやら入れ違いになったらしいと舌打ちしながら、手近な男子生徒を捕まえる。

「すみません、在原さんがどこに行ったか知りませんか?」

「在原? たぶん屋上か中庭だと思うけど……」

 捕まえられた男子生徒は、目を白黒させながらとりあえずそう答える。

「屋上ですね、ありがとうございます!」

 早口に礼を言うと、悠はうしろも見ずに教室を飛び出した。残された男子生徒はぽかんとしながら、なんだアレ、とつぶやきを漏らす。

「さっきさ、一組の時任も同じこと聞いてなかったっけ?」

 隣で一部始終を見ていた別の男子生徒が、紙パックの飲料をすすりながらそう問いかけた。

「もしかして在原を巡る三角関係か?」

 冗談めかしたその言葉に、さすがにそれはないだろ、と返す。

「だって在原が転校してきてから一ヶ月も経ってないんだぞ? 三角関係フラグなんぞ立てたってんなら、一級フラグ建築士と呼ぶべきだろ」

 笑い飛ばしたその言葉に異を唱えたのは、また別の男子生徒だった。

「いや、でもさ、今来たのって中須じゃん? 日に一度は恋愛イベントを起こすと有名なフラグメーカー」

 それに思わず黙り込む二人。お互いに顔を見合わせ、まさかな、とつぶやく。フラグ建築士を訪ねてきたフラグメーカー。その前にはまた別の男子生徒が訪ねてきている。

「もしかして……もしかするのか?」

 在原望美を巡る三角関係フラグ、成立か?

 つぶやかれた声は、誰に聞かれることもなく昼休みの喧噪に溶けて消えていった。



「……あの、さ。もし迷惑でなかったらなんだけど……」

 オレも一緒に昼飯食ってもいいかな? 精一杯の勇気を振り絞って湊がそう言いかけた時だった。


「――在原さん!」


 己を呼ぶ声に望美は顔を上げた。振り返れば、全力でこちらへと駆けてくる悠の姿。

 彼は望美の元へとたどり着くと、膝に両手を置いて大きく息をついた。

「よかった、ここにいたんですね」

 額に浮かんだ汗を拭いながらようやく見つけたとつぶやいた悠に、きょとんとした様子で望美は首を傾げる。

「中須くん? そんなにあわてて何かあったんですか?」

 今日は火曜日で、生徒会の活動もなかったはずだ。それに用があるのなら携帯電話に連絡をくれればいいのに、と思ったところで、今の今まで手元に携帯がなかったのだと思い出した。

「申し訳ないんですが、急遽きゅうきょ生徒会で集まることとなりました。彼女をお借りしますね」

 周囲の三人に向けてそう言うと、悠は望美の手を握った。そのまま彼女の手を引いて走り出す。

「すみません、そういうことで」

 何か言いかけていた湊は気になるが、手を繋がれている以上どうしようもない。振り返ってそれだけ叫ぶと、望美は引かれるままに走り出した。

 残されたのは愕然とした表情で引き留めるように右手を伸ばす湊と、ご愁傷様とつぶやき目を伏せる小百合と千恵だった。



「あ、在原ちゃん見つかったんだ~」

 悠と二人揃ってあわただしく生徒会室に駆け込むと、そんな薫の言葉に出迎えられた。

「朝から何度もメールとかしてるのに連絡つかないから、どうしたのかと思ったぞ」

「申し訳ありません。携帯電話を家に忘れてきていたらしく……」

 肩をちぢこめて頭を下げた望美に、あらあらと詩織が口元に手をやる。

「在原さんでもそういうことがあるんですね?」

 しっかりしてそうなのに、と笑うが、その笑みはどこまでも穏やかだ。そういううっかりもかわいらしい、と考えているのだろう。

「それじゃ、全員揃ったところでミーティング始めよっか」

 時間も限られてるし、と時計を示しながら言った薫に、全員席について弁当を広げた。

「で、【コンクエスト】を見学して、何か疑問点とかあるか?」

 ウインナーをかじりながらの恭二の言葉に、今日集まったのは自分のためであったのかと望美は悟る。申し訳ない気持ちと共に、気遣ってくれたことに対する嬉しさを感じて自然と口元がほころぶ。

「DVDを見ている時も思ったのですが、登場時と退場時に必ずセリフがありますよね? 『征服を開始する』とか『征服完了』とか。あれは絶対必要なものなのですか?」

 望美の問いかけに、アレな、と恭二がうなずく。

「一応様式美ってヤツでな、【世界征服部】も【正義の味方部】も、登場時と退場時は一言しゃべるお約束なんだよ。勝った時は勝ち名乗り、負けた時は負け惜しみ言って退場する、そういうお約束」

「副会長はほとんど負け惜しみしか言ってないけどね~」

 くすくすと笑いながら横やりを入れた薫に、うるさいほっとけ、と眉を寄せて恭二は手を振る。

「そういえば在原ちゃん、あれはどういうことなのかな?」

 恭二をからかっていた薫が、不意に真面目な顔つきになってそう問いかけた。何を問われているのかわからないといった様子で首を傾げる望美に向かい、昨日のこと、とまなじりを吊り上げる。

「どうして【正義の味方部】に助けを求めるのかなぁ?」

 在原ちゃんは【世界征服部】でしょ! と責めるような、すねたような声音で訴える薫。

「あれはむしろ、よくやったと褒めてやるべきじゃないのか?」

「たしかに、あの状況ではああするのが最適解でしょうね」

 望美をかばうかのような恭二と悠の言葉に、むぅ、と薫は頬を膨らませた。納得いかない、とその顔に大きく書いてある。

「在原はまだその他大勢エキストラだからな。そういう役割を求められた以上、応える必要がある。ついでに言うと、【コンクエスト】に慣れてない者に観客以外の役割を振って慣れさせるってのは、関係者の暗黙の了解でもあるからな」

「うー……まぁ、たしかにその通りではあるんだけどぉ……」

 やっぱり認められない、と薫はつぶやく。

「慣れさせるのが目的なら、いっそあたしが在原ちゃんを人質に取っちゃうとかどうかな!?」

 薫ちゃんてば頭いい、と自画自賛しながら手を打ち合わせる薫。

「人質取ってどうこうってのは、展開的にはオイシイ気もするがなぁ」

 考え込むようにあごに手を当てて恭二がつぶやくのと、

「却下」

 若い男の声が冷ややかにそう言い放つのとは同時だった。

 唐突に投げられた声に、思わず全員で入り口の方へと顔を向ける。

 いつからそこにいたのだろうか、書類を抱えた忍足がドアの前に立ってこちらを見ていた。

「人質を取るのは禁止。【コンクエスト審議会】によって定められたルールだからね?」

 静かなその声音に、ハッと我に返った面々が口々に叫ぶ。

「瑞貴ちゃん、いつからいたんだ?」

「てゆーか、なんでそんなこと知ってるの?」

「もしかして今の話聞いていたんですか?」

 ほぼ同時に発せられた問いに、忍足はわずかに首を傾げた。

「数年前の【コンクエスト】で【世界征服部】が人質を取った時、それを目撃した何も知らない人が通報しかけたせいで、それ以降人質を取るのは禁じられたんだよ」

 向けられた問いは無視して説明するも、返ってくるのは驚いたような視線ばかりだ。

「……ルール、知ってるはずだよね? 聞いてない?」

 忍足は独り言のようにつぶやいて、何を悟ったのか小さくうなずく。

「おかしいな……ちょっと確認してくる」

 そう言い置くと、返事も待たずに忍足は生徒会室を出て行った。

 あとに残された生徒たちは、それぞれ不可解そうな面持ちで互いに顔を見合わせる。考えていることは一つだった。何しに来たの、あの人。

「時々何考えてるのかよくわかんないよね、瑞貴センセイ……」

 両手で頬杖を突きながら、忍足が出て行ったドアを見つめて薫がつぶやく。

「まぁ、瑞貴ちゃんだし」

 理由になってないことを言って恭二がうなずく。それに詩織が同意した。

「ええ、瑞貴先生ですもの」

 仕方ないと言ってうなずき合う三年生に、引きつった表情で悠がうめく。それで済んでしまう忍足先生っていったい……。

「けどそっかー、人質取るのはダメなんだ」

「ま、そりゃそうだろうな」

 うん、と一つ大きくうなずいて、恭二が薫のつぶやきに答える。

 たしかに、何も知らない人間からすれば妙なコスプレをした人間が生徒を人質に取る図である。自分が目撃者の立場であっても通報するだろう。

 それでなくても、【ジャスティスブルー】が筆談のために利用するスケッチブックを預かる役割でさえ争奪戦が起こるくらいなのだ。これで【世界征服部】に人質に取られ、【正義の味方部】に救出されるなんていう役所やくどころがまかり通ればその役をやりたがる人間が殺到するであろう。【コンクエスト】が成立しなくなる可能性もあった。

 そんな彼らの様子を無言で見つめていた望美だったが、不意に手を挙げた。質問があるのですがよろしいでしょうか。

「なぁに、在原ちゃん。答えられることなら何だって教えてあげるよ?」

 にっこりと笑った薫に向かい、

「【コンクエスト審議会】とはどういったものなのでしょうか?」

 ことりと首を傾げて問いかけた望美に、全員が一瞬考え込むように視線をさまよわせた。

「……【コンクエスト】のルールを設定し、それが遵守じゅんしゅされているかチェックしている機関だな。あとは、【正義の味方部】【世界征服部】両部に入部希望の生徒の面接を行うのもここだ」

 そう説明した恭二の言葉を薫が補足する。

「ほとんど表に出てこないから、実在するかどうか怪しまれてるけどねー。そのメンバーも理事長以外は謎だし」

 【コンクエスト審議会】からの通達は【特殊報道部】を通して行われるため、一般生徒にとっては名前は知っているがよくわからない組織として知られていた。

 【コンクエスト】に関して一般生徒が意見を提出する場合、その申請窓口は【コンクエスト審議会】となるのだが、これがなぜだか理事長室の前にポストがしつらえられているのである。そのため理事長が審議会のメンバーであることはほぼ確実であるのだが、理事長だけ説、ほかにメンバーがいる説、実は理事長は関与していない説と生徒それぞれが好き放題にウワサしているという有様だった。

 二人の言葉に考え込む様子を見せ、やがて望美はうなずいた。要するに、【コンクエスト】に関する総合窓口で責任者という認識でいいのだろう。

「そうそう、【杜若】としてどういう演技ロールをするのか考えておいてくださいね?」

 ほほえましそうに様子を見守っていた詩織が、ふと思い出したように望美に向けてそう告げた。

「ロール、ですか?」

 おうむ返しにつぶやいた望美に、詩織は大きくうなずく。

「ええ、それぞれ己が演じるべきキャラを決め、それに沿って【コンクエスト】を進めています」

 たとえば、と人差し指を立ててみせ、

「【若苗】――渡瀬さんの場合は冷酷な少年剣士、中須さんだと任務に忠実な少年……といったようにですわ」

 まあ、中須さんのはほぼ素のような気もしますが、と苦笑を浮かべる。

「キャラ付けのテンプレートってのもないわけじゃないんだがなぁ……」

「ま、多いパターンってのはあるよね。男子だと高圧的か電波、女子だとアッパーテンションか男装の麗人だっけ?」

 結構ベタだからあんまり面白くはならないけどねーとつぶやいて、薫はペットボトルの中身をあおる。

 今まで十年続いてきたイベントである。それぞれの部員による個性はあれど、どうしても傾向として偏ってくるのも仕方ないだろう。そしてテンプレート化すればするほど没個性化し、面白味がなくなってくるというのも道理と言えた。

「けど、在原ちゃんのキャラメイクかぁ……なんか女子部員のテンプレはちょっとイメージと違うかな」

「ああ、それは同感です。アッパーテンションはないですね」

 薫の言葉を受け、悠が大きくうなずく。常の薫のようなしゃべり方をする望美というのは想像がつかなかった。それゆえに興味があるとも言えるが、怖いもの見たさというヤツは得てして良い結果を生まないものである。

「電波もないな……うん」

 腕組みした恭二も思案顔で天井を見上げる。

「男装の麗人はわたくしとかぶりますしね?」

 当人を除いた四人でああでもないこうでもないと好き勝手言い始める。

 しばらく続いた議論の結果――。

「在原ちゃんはヘタに演技しない方がいい気がする」

 という薫の意見が採用された。

「あと、在原ちゃんのデビュー戦をどう演出するかも考えておいた方がいいんじゃない?」

「演出って……普通に登場するんじゃダメなんですか?」

「それじゃつまらないでしょ!?」

 ビシリと鼻先に人差し指を突きつけられ、はぁ、と曖昧なつぶやきをこぼしながら悠は首を傾げる。ただでさえ演出過剰と言える【コンクエスト】なのだ、これ以上の演出に意味があるとは思えなかった。だが面と向かってそれを指摘するほど怖いもの知らずでもなかったため、悠はおとなしく口をつぐむことにした。

「たしかに、今までの部員の中で途中入部の人はいませんもの。新年度ならば新入部員だと察することもできますが、今の時期ではちょっと中途半端で『誰これ?』ってなるかもしれませんわね?」

「ああ、まぁ……そういう意味では演出も必要かもしれんなぁ……」

 三年生二人のつぶやきに、でしょ!? と勢い込んで薫がうなずく。

「やっぱり印象づけるためにも演出しないと!」

「ですが、それは後日、桐生先生も含めて相談した方がいいかもしれませんわね?」

 今日はもう時間もありませんし。そう詩織が言うのと同時に予鈴が鳴り響いた。



 翌日の昼休み、生徒会室にはいつものメンバーのほかに桐生の姿もあった。桐生の前には大きな紙袋が二つ置かれており、そのうちの一つからは長い棒が顔をのぞかせていた。

 首を傾げながら、こんにちはと声をかける。

 桐生は望美に気がつくと笑みを浮かべて手招きした。

「在原さんの制服と強化スーツが完成したから持ってきたのよ」

 言いながら、桐生は紙袋の一つに手をかけた。中から出てきたのはビニールに包まれた白いブレザーに同色のベスト、チャコールグレーのスカートとカッターシャツ、そして山吹色のネクタイに山と紅葉もみじかたどった校章だった。カッターシャツは長袖と半袖がそれぞれ二枚ずつ、ベストとスカートも同じく二枚ずつあるところを見ると夏服と冬服ということだろうか。

 いぶしたような黒みの強いシルバーの校章の山の部分には、高等部を表す【高】の字が刻まれている。一方、紅葉の部分は鮮やかな緑色だった。紅葉のカラーリングは学年ごとに異なり、一年生は緑、二年生は黄色、三年生は赤となっている。この色分けは上履きにも適用されており、一目見るだけで相手がどの学年かわかるようになっていた。

「あとはこれね」

 言いながら、桐生は手のひらサイズの手帳を取り出して机に置いた。艶消しされた黒いカバーの中央部分には、校章と同じ意匠が金の塗料で印刷されていた。

 そしてもう一つ、手帳よりも一回り小さいサイズのカードを横に並べる。カードには望美の名前と顔写真があり、やや小さめの字で高等部に在籍する生徒であることを示す旨の文章が羅列されていた。

「そのカードは学生証でね、図書室での本の貸し出し時とか、学校のパソコンのログインとか……あと、一部の特別教室に入る時に必要だからなくさないでね?」

 再発行手続き、すごく面倒なの。眉を寄せて桐生がため息混じりにつぶやく。

 その言葉に曖昧にうなずきながらカードを手に取って見てみると、裏側に磁気テープがあった。挙げられた説明の前二つには納得できたが、最後の入室時に必要というのが今一つ理解できずに首を傾げる。

「高額な備品の置いてある教室とか、何かあったら困るから普段は鍵をかけているの。けど、いちいち職員室まで鍵を借りに来るのは大変でしょう? だから学生証をキー代わりにしているのよ」

 桐生の説明に、ほう、と目を見開く。さすが私立と言うべきか、金がかかった設備である。

「このシステムは教職員にも採用されててね。自分に関係のない準備室とかには入れないようになっているのよ」

 ま、抜け道はあって、そこに入れる職員のカードを借りてくればいいわけだけど、と冗談めかした笑みを浮かべて告げる桐生。内緒よ? と口元に人差し指を立てる。

「生徒会室も、学生証がないと開かないようになってるから気をつけてね」

「……そうなんですか?」

 扉を開けて外に首を出してみれば、たしかにドアの脇にカードリーダーが設置されている。いつもはほかのメンバーと一緒に来ていたため、まったく気づかなかった。

 感心しきりといった様子でため息をつく望美を見やって小さく笑い、桐生は机の上に広げられたそれらを紙袋へと戻す。もう一つの紙袋に手をかけると、桐生は同じようにそれを机の上に広げた。

「こっちは強化スーツと武器ね」

 ビニール袋に包まれたそれらは、一見すると制服のようにも見えた。青みを帯びた紫色の詰め襟の上着にプリーツスカート、濃い色のケープ。そして白色のニーハイソックスに焦げ茶色のショートブーツ、飾り彫りの施された銀色の仮面と懸章。どう見てもただのコスプレ衣装であり、運動能力を強化するような特殊なスーツにはとてもではないが見えない。

 それら衣装の横に並べられているのはハンマーだった。プラスチック製だろう、独特の艶がある。柄の部分は鮮やかな赤い色で、蛇腹状になったハンマー部分は黄色をしている。叩けばピコンと音がしそうだった。しかも大きさが半端ない。望美の身の丈ほどもあるのである。

「なぜにピコハン……」

 思わずといった様子で呆然と恭二がつぶやくが、それは誰もが思っていたことだった。広瀬先生、なぜこのチョイス?

「衣装類は揃ったから、そちらの都合さえつけばいつだってデビュー戦に持ち込めるけど、どうする?」

 制服と同じように強化スーツと武器を元のように紙袋に納め、代わりに弁当を広げながら桐生が問いかけた。それに我に返った面々が同じように弁当を広げる。

「それなんだけどね、桐生センセイ。在原ちゃんのデビュー戦は、少し演出を入れようかと思ってるの」

 ぴこぴことフォークを振りながら力説した薫に、唐揚げを頬張りながら、ほう、と桐生がうなずく。

「演出ねぇ……たとえばどんな?」

「具体的には思いつかないんだけどぉ……」

 問い返され、薫はしゅんとした様子で顔をうつむけた。誰か何か思いつかない? そう水を向けられ、誰もが思案するように箸を止める。

「途中入部……追加で派遣されてきたとかどうだ?」

「……ああ、誰かさんがあまりにも不甲斐ないせいでですね?」

 にこやかに皮肉を言う詩織に、胸元を押さえてうつむく恭二。自分の勝率の低さには自覚があるだけに、大変痛い言葉であったらしい。

「追加派遣か……面白そうね、ソレ。で、キャラメイクの方はどういう方向性なわけ?」

 ふむふむとうなずきながら問いかける桐生に答えたのは、悠だった。

「下手に演技するよりは、地のままで行ってもらおうということになりました」

「なるほどねぇ……。オッケー、そういう方向で演出するわね」

 手を打ち合わせ、桐生はにっこりと笑った。バッチリ準備しておくから、あたしに任せておいて。

「それじゃ、在原のデビュー戦の演出は桐生先生に一任する方向でいいとして、次の【コンクエスト】についてだが……」

 誰か仕掛けたいヤツいるか、と恭二が一同を見回す。

「では、次はわたくしが立候補しましょうかしら。中須さんは先々週してますし、恭二はしばらくおとなしくしているのでしょう?」

 にっこりと笑ってほかの面々に目を向け、告げる。だったらわたくしの番ですわよね?

「それじゃ、来週あたりに頼むな。ほか何か通達事項のあるヤツいるか? ――なければ今日はこれで終了だ」

 それが締めの合図なのか、パンと恭二が手を打ち合わせた。

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