第十話
ベールの町でアリスさんと別れた私は、一路エルフが住む森の近くにある町、アーバンへと向かうことになりました。
お供は筋肉魔人のジョニーさん。
目的は、エルフの里に間借りしているドワーフに私の武器を作ってもらうことです。
「と、ところで我が女神よ、昨晩はいかがお過ごしでしたか」
「へ? いやあの、特に普通に……」
「さ、さようですか」
なに頬を赤らめているのですか。キモいですよ。
って昨晩?
あっ……。
私の頬が一気に熱く火照ってきました。
こいつ聞いてやがりましたか!
で、でも結構大きな声出してたような記憶もあります。
あの薄い宿の壁じゃ、まる聞こえでしょうね。
……今夜シルフに沈黙の魔法を是が非でも教えてもらいましょう。
なぜか互いに赤い顔のまま、心地よい風の吹く草原を駆け抜けていきました。
これから行くアーバンの町は帝都オーギルから一週間くらいの距離にある、セント公国との国境近くにある町です。
ただし、セント公国との間にはエルフが住んでいる森があるためか、軍は殆ど駐屯していません。もっと南側にある国境に近い砦にいます。
そんなアーバンの町は大陸の北側にあり、気温が低く夏の年は過ごし易いためか、貴族やお金持ちな人たちの避暑地になっています。
このため町の面積は大きいものの、時期によっては人があまりいないところです。
そうそう、この大陸には明確な四季はありません。
大陸を超えた北に雪の上位精霊フラウ、南には火の上位精霊イフリートが住んでいて、彼らの力の影響で気温が上がったり下がったりしています。
このため、北側に行けば行くほど寒くなり、逆に南側へ行けば行くほど暑くなります。
ただし、精霊は凡そ一年サイクルで強弱が代わるため、今年は暑いまま、来年は寒いまま、という形になっています。
ちなみにラルツはちょうど大陸の真ん中辺りにありますので、寒暖の差は激しくなく、年中過ごし易い気候になっています。
私がこの大陸へ来たとき、真っ先にラルツへ行ったのもそれが大きいからですけどね。
暑いのも嫌いですし、寒いのも嫌いですから。
アーバンへ行くにあたり、途中休憩がてら寄っていく予定の町があります。
王都オーギルの衛星都市の一つベルージアです。
もう一つの衛星都市であるサハリスと並んで、この大陸最大規模の町ですね。
サハリスはラルツから王都へ向かう街道にあり、魔物の素材や食料など重要な資源が毎日たくさん行き交いしているからか商人が数多く居ます。
そのためか、売り買いだけに限れば王都以上に活気があります。
しかしもう一つの衛星都市ベルージアは、セント公国との国境にある砦からの街道にある町で、軍関係の人が多く住んでいます。
このため整然とした町並みになっていて、町というよりも大規模な軍隊の駐屯地と言ったほうが正解です。
実際王都軍十万人の半分がベルージアに駐屯していますしね。
軍が駐屯している町といえばベールもそうなります。
しかしベールはラルツと同じく、どちらかと言えば人よりも魔物と戦うほうが多いところであり、軍も冒険者に近い雰囲気を持っています。
それがあのお祭りっぽい雰囲気と繋がっているのですけどね。
しかしこのベルージアは王国軍の主力軍が駐屯していて規律がよく、賑わいなどもあまりない面白みにかける町です。
ではなぜそんな町に寄っていくのか?
当然食べ物です!
ベルージアには、カリカリというものがあるそうなんです。
何でもお米の上に黄色いスープをかけて食べるそうで。
名前だと梅っぽいですけど、それってつまりカレーですよね?
確かにカレーは野菜とお肉を同時に食べられるバランスの良い食べ物です。
軍隊であればこそ、なおさら栄養バランスは必要でしょう。
この世界、香辛料は意外と発達しています。
旅の途中などでは最悪魔物とかのお肉を食べたりしますが、やっぱりクセのある味が多いのです。
その時、肉の臭みをなくす香辛料は必需品とされています。
カレーもいわば複数の香辛料を混ぜたものですし、どんな味なのか非常に興味がありますよね。
これは楽しみです!
「我が女神よ、湖が見えてきましたぞ」
「あ、王都の近くにある湖ですね。では向かって右側からぐるっと湖を回ってください」
「ここから見える向こう岸の町で?」
「はい、そうです」
「ならば最短で向かいましょう。しっかりお捕まりください」
え? 最短?
戸惑う私をよそに、筋肉魔人が一気に速度を上げます。
うっひゃぁぁぁぁ?!
な、なんというスピード?!
そのまま彼は湖の上を滑るようにして走っていきます。
なにこの人。いや魔人ですが。
というかなんで沈まないの??
石を水平に投げると数回沈まずに跳ねていきますけど、まさかそれと似たようなものなのでしょうかね。
車でもハイドロプレーニング現象で水の上を走ることがありますけど、あれって高速道路を走っている時くらいしか起こりませんよね。
となると最低百kmは出ているのでしょうかね。
途中、翡翠鮫とかジャイアントクラブとか轢いたような気がしました、気のせいでしょう。
「お前ら、さっき湖の上を渡っていなかったか?」
「あ、はい。新しく開発した水の魔法研究がてらに」
「漁師もいるので、あまり湖の上でははしゃぎすぎないようにな」
「わ、わかりました。すみません」
ベルージアの門番にしっかり見られていました。
そりゃ水上スキーのように反対の岸から来れば目立ちますよね。
「それにしても連れの男、ものすごい筋肉だな。一体どれほど鍛えたのか?」
それなりに鍛えている身体を持つ門番ですが、さすがにジョニーさんの筋肉には到底及びません。
何となく目に憧憬の色が浮かんでいますよ。
「おおっ、筋肉を理解できるものが人間にもいようとは!」
「どうだ、王国軍に入らないか? お前なら突撃軍の将にもなれるぞ」
「残念ながら我はこちらの女神の下僕でな、すまぬが受けられぬ」
「そうか、それは残念だ。気が変わったらぜひ尋ねてきてくれ」
「門番よ、お主の名は?」
「俺の名はシュルツハイドだ。お前は?」
「我はマッスルのジョニー」
「ジョニーか、覚えたぞ。また会おう」
「ああ、お主もな」
なにやら肩を叩きつつ、友情を深めていますよ。
私は蚊帳の外です。
「すまぬ我が女神よ、待たせてしまいました」
そのまま永遠に友好を暖めててください。
「不満げな我が女神もまた良いものですな」
「だ、誰が不満にしていると言うのですかっ!」
「はっはっはっはっは」
「あーもう、この筋肉うざいですっ! 頭なでるな!」
「さあカリカリとやらを食しにいきましょうぞ」
「ねえ、聞いてる? 聞いてますか? 別に不満じゃないですよっ!」
「まあまあ我が女神よ、落ち着いてくだされ」
「誰が落ち着かなくしていると思っているのですかっ!」
まったく、この筋肉馬鹿は。
魔人、しかも四天王とやらとは思えないほど、変な性格ですよね。
あ、そういえば他の四天王ってどんな人がいるのですかね。
まあこれが筆頭ですから、他も推して知るべしでしょうけど。
「ところでジョニーさん、他の四天王ってどんな人なんですか?」
「他の三人はやたらと細い身体をしてましたな」
そりゃあんたから見れば全員細いんじゃないですかね。
「そうではなく、名前とかは?」
「クイックのラッキー、フォーシーのボブ、ぼっちのエレガントですな」
「…………」
もしかして魔人王って犬の名前を部下につけてるのではないでしょうか。
クイックは何となく分かります。きっと動きが速い魔人なのでしょう。
フォーシーも分かります。きっと予知ですね。この人が一番面倒な能力を持ってそうですよね。
だが最後のぼっちってなんですか?!
仮にも四天王なのにぼっち。
名前からして女性っぽいですが、部下も全くいないのでしょうかね。
どんな能力なのかさっぱり分かりません。
「そのぼっちのエレガントさんって、どんな人なのです? というか強いんですか?」
「おや、我が女神はエレガントにご興味を? やたらと暗いイメージをもった女子でしたな」
「そのままやんけ」
「一度スパーリングの相手をしてやりましたが、我のパンチ一発でどこかへ消え去りました」
「同僚を殺したのですかっ?!」
ぼっちのエレガントさん、同僚のジョニーさん相手に殉職ですか。
「いやいや、十秒後くらいに復活してきましたぞ」
「幽霊か何かですかね、その人」
「妙に手ごたえのない女子でしたな。そのうちエレガントが疲れてきた様子でしたので、途中で止めましたが」
ダメージ半減とか物理攻撃無効とかの能力なんですかね。
でもジョニーさんに殴られっぱなしで、反撃はできなかった模様です。
「他の二人はどんな人なのですか?」
「ラッキーは速いだけでしたな。我のパンチがかすっただけで悲鳴をあげておりました。鍛え方が足りない奴ですな」
「そ、そりゃジョニーさんのパンチがかすれば大惨事かと」
軽いスパーリングのつもりだったジョニーさんのパンチ、あれかすっただけでも私の腕くらい吹き飛ぶと思います。
「それとボブはちとやっかいでしたな。我のパンチは中々当たりませんでしたが、ボブの攻撃は赤子が殴るくらいの威力でしたからな。そのうち息切れて降参してきましたわ」
予知でジョニーさんの攻撃を見切ることは出来たけど、この体力無尽蔵の筋肉馬鹿に通るような攻撃は持っていなかったと。
なるほど、いざという時参考に……できるかっ!
どれもこれもジョニーさんくらいの体力と防御力があってこそ、成り立つ感じですよ!
「三人とも筋肉が足りないのが分かってないのだ。せっかく我が自ら三人を鍛えてやろうと思ったのに、全員にご遠慮します、と言われましたわ」
「私も誘われたとしても遠慮したいですね」
「我が女神は、今のままのお姿が一番お美しいですぞ」
「あと十cmは身長欲しいです、贅沢言えば十五cm」
「…………そのうち伸びますぞ。希望は捨ててはいけませぬ」
「その最初の無言はなんですかね」
「はっはっはっはっは」
「笑ってごまかすなー!」
「さ、カリカリとやらをたくさん食べて大きくなりましょうぞ」
「うっさいわ」
「さあカレーですっ! 本当にカレーそっくりですっ! 頂きますっ!!」
カリカリ専門店ココニという名前のお店に入って、早速注文しました。
量は少なめ、二辛でキノコをトッピングで入れちゃいました。
キノコらぶですっ!
……あれ? どこかでこういったシステムがあったような。
気のせいですよね。
それよりカレーです!
ご飯に少しルーを絡めて一口。
口の中に広がるこのスパイシーな辛さ!
そしてほんのり甘いのは、蜂蜜? りんご?
絶妙ですね!
蜂蜜とかりんごは単なるイメージで、本当にあるかは知りませんけど。
それにしても、うまー、めがっさうまー。
もう目から涙がこぼれるほど懐かしい味わいですね。
「おや我が女神よ、そんなに辛かったですかな?」
「違います。あまりのおいしさに、つい涙ぐんでしまいました」
今日はジョニーさんも一緒にカリカリを食べています。
野菜カリカリの五千gという、凄まじい量です。
お店の人にも、その量は初めて注文されたよ、と言われていました。
前回、ベールではお肉を食べなかったジョニーさんですが、物を食べることも一応出来るそうです。食べなくても支障はないらしいのですが。
そういや、プロテイン飲んでいたと言ってましたしね。
ただし、人間の時の戒律で肉は食べてはいけなかったそうです。
魔人となってもそれは続けていて、そのためにベールではお肉を食べなかったそうで……。
僧侶だったのですかね、この魔人。
「少々量が足りませぬな」
「ジョニーさん、二千年ほど断食していましたしね」
「はっはっは、封印中は半分以上寝ておりましたからな。たまには人生休憩も必要ですな」
封印が休憩ですかー。そういうものなんですね。
のんびりベルージアの町でカリカリを食べながら、夜の帳は静かに落ちていきました。
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