第十話


「それでアオイさんの左手のロープに結ばれている透明な姿の妖精は何でしょうか」


 とある昼下がり。

 アリスさんが久しぶりにお休みを頂いたという事なので、デートと洒落込んでみました。

 というか、Bランク冒険者のくせにいつまでも普通の鉄製の短剣しか持っていない私をみかねて、武器の購入サポートをしてくれるそうです。

 特に必要としていないのですけどね。

 私にはこの拳がありますから。私より強い奴に会いに行くっ!

 ……いえ、やっぱり面倒なのでスルーします。


「これはエロシルフです」

「えっ、えろ?」

(ぼくはエロいシルフじゃないよぅ)


 どこの井戸に隠れているスライムですか?


「実は私が召喚したのですけど、なぜか憑いてきたのですよこのエロシルフ」

「アオイさんって、実は凄い人だったりします? 普通は精霊憑きの人ってそうそういませんよ」

「一応ほら、私はダークなエルフさんの血も混じってますから」

「アオイさんにエルフの血が混じっているのは冗談かと思っていたのですが、本当にそうだったんですね」

「あうぅ~、アリスさんひどいっ! こう見えても高貴なハイダークエルフさんなんですよっ! なんですかその目はっ!?」

「驚きの目を表現してみました」

「もういいナリ……」

「冗談ですよ、アオイさん」


 最近アリスさんはSのパラメータが上がった気がします。

 この世界にパラメータという概念があったら、きっとアリスさんはS属性 測定不可、魔眼いてつく波動所持、とか表示されるんでしょうね。


(それにしても、君がアリスちゃんかー)

「はい、そうです。エロシルフさん」

(アリスちゃんまでそう呼ぶのっ!? もう僕はアオイちゃんのスカートの中に隠れて生きるしか術はないよ)

「何かいいましたか? エロシルフさん」

(いいえ何も)

「確かにエロシルフさんですね」


 どこかにこのエロシルフをトレード出来る場所なんてないんでしょうか。

 私はウナガモス先生が好きなので、ぜひ交換いたしましょう。



 さて、武器屋さんにご到着です。

 ここに来るのは七年前にこの短剣を買った時以来ですね。


「いらっしゃい。お嬢さんがた」

「こんにちは、冒険者ギルドのものです。今日はこの方に武器を選んで欲しいのですがよろしいでしょうか?」

「……ダンピールか。ん? そのお嬢さんどこかで見た記憶があるな」

「かなり以前にこの短剣をここで購入しました」


 そういって私は短剣を取り出しました。


「おお。あの時の値切り上手なお嬢さんか。ずいぶんと大きくなったなぁ」

「あはは、あの節はお世話になりました。今回もお願いします~」

「ふむ、その短剣少し見せてくれないか?」

「はい、どうぞ」


 私が短剣をおじさんに渡すと、ものすごく熱心に見ています。

 うーむ、これは、なるほど、とか言っています。

 そして数分ほど経った頃、「かなり使い込んでいるが、毎日丁寧にメンテナンスしているな。これだけ使えば武器も本望だろう」と言って返してくれました。


「で、何の武器がいいんだい?」

「まだ決めていないんです。何かお勧めのものとかありますか? できれば安いの」

「差し出がましいですが、この人もうBランク冒険者なんです。それ相応の武器にしていただきたいのですが」

「Bランク!? それはそれは……ご予算は?」

「十万ギルくらいがいいな~」

「アオイさん、それは下位冒険者が買う武器のお値段ですよ。上位冒険者なら最低一千万ギルは見ておきましょう」

「いっ、いっせんまん!?」


 驚きですっ。そんな高いのを買ったら貯金がなくなってしまいますっ!


「あのですね、これから高い報酬を狙うとなるとそれ相応の武器は必要ですよ? 万一アオイさんがお亡くなりになったりするとギルドとして損失ですし、ギルドマスターも悲しむかと思います」

「ギルドマスターはどうでもいいとして、アリスさんはどうなのですか?」

「……私も悲しいです」


 よしっ、デレた。少し顔が赤いアリスさんマジかわいいですっ。ご飯三杯はいけますねっ。

 でも一千万ギルかー。払えなくはありませんが、買ってしまうと私の夢が遠のきます。

 正直なところ、拳に魔力を乗せたほうが武器を持つより強いんですよね。

 でも魔法がかかった剣を持っていれば、魔力を籠めなくても良い分かなり楽にはなると思います。

 安物の魔法剣でもいいので、一本は持っておいたほうがいいでしょうか。


 威力だけを考えるなら両手剣や斧ですけど、可憐な美少女冒険者のアオイさんには似合ってないですしね。

 となると、何か良い武器はあるでしょうかね。


 戦いやすいのはナックル系です。

 これならば、手にはめるだけですから今までとさほど変わりありません。

 それに、皇帝ナックルとかがあればきっとブーメランストレートとか出せますね。


 他にはやはり日本人男性として……いえ可憐な美少女冒険者として刀もいいですよね。

 残念鉄剣とかいう銘の刀なら、またつまらぬものを切ってしまった、と言えますしね。

 この世界にこんにゃくがあったら天敵になりそうですが。



 でもどちらも何かしっくりきません。

 可憐な美少女として何かぴったりな武器はないでしょうか。


(アオイちゃん、僕が風属性を付与してあげようか?)

「おおっ、本当ですか?」


 そういえば精霊さんでしたね、この透明物体X。すっかり存在を忘れていました。


(僕が武器に憑けばいいだけだよ)

「そんなことができるのですか!?」

「アオイさん、知らなかったんですか」

「初めて知りました」

「精霊が武器や防具に宿ると、その精霊に属する魔法が扱えるようになるんですよ」


 確か精霊魔法には、武器に対して一時的に精霊の力を纏わせる魔法がありましたね。

 それが永久になる形なんでしょうかね。

 となるとこのエロシルフの姿はもう見えなくなってしまうんですね。

 それは一挙両得ですっ。


 そして風を操る可憐な美少女。絵になりますねこれはっ。

 私のファンが増えるに違いありませんっ!


「ほほぅ、風の精霊かい? これはまた珍しいもん連れているな。にしてもなぜロープに結んでいるのかい?」

「いたずら好きで困ってしまって、こうして拘束しているのですよ」

(アオイちゃんは僕への尊敬の念が足りないよね)

「尊敬なんて言葉があなたから発せられるとは思っても見ませんでした」

「まあまあアオイさん、精霊さんが憑けばかなり強力な武器になりますよ」

「ぜひそれでお願いします!」

(で、何の武器にするんだい?)

「……考えていませんでした」


 うーん、何かいいものはないでしょうか?

 そして私は店内に飾られている武器を眺めます。

 片手剣、両手剣、刀、ハンマー、モーニングスター、槍、弓……。


 そしてとある武器に目が止まりました。



 ……薙刀。



 私は前世でこの授業を受けたことがあります。

 なぜか男女必須科目でした。

 これならば、他の武器に比べて知っている分扱いやすいでしょう。

 長さは私の身長とさほど変わりないくらいで、授業で使っていたものより少々長いですね。


「これがいいかもです」

「おや、薙刀とは珍しいものを選んだな。それは試作品で原価を考えずに作ったものでな。アタマンタイトという鉱石で作ってみたんだ」

「アダマンタイトっ!?」


 オリハルコンと双璧をなす鉱石じゃないですか。

 失礼ですがなんでこんな場末な武器屋にそんな鉱石が来るんですかね。

 しかし武器屋のおじさんはにこやかに否定してきました。


「ア・タ・マ・ン・タ・イ・トだ、お嬢さん」

「アダマンタイトではなくアタマンタイト? どこのエクスカリパーですかっ。攻撃力は一固定ですかっ!?」

「攻撃力は知らん。なんせ正直重くて俺には振り回せないしな。でも硬さは今まで俺が扱ってきた武器の中でも随一だ」


 このおじさん、武器屋というだけあって中々の筋肉を持っています。そんな人が使えないくらいの重さですかー。

 ま、とりあえずチャレンジしてみますか。


「では一回持ってみますね」

「その細腕じゃ無理だろう……けど……って!?」


 私は片手で軽々と薙刀を持ち上げました。

 ふふふ、ダンピールとはいえ吸血鬼の膂力をなめてはいけません。

 この程度の重さ、アリスさんをお姫様抱っこしたときの重さに比べれば……。


 ……ぞくっ。


 そう考えたとき凄まじい殺気を背後から浴びました。

 おそるおそる振り返ってみると、アリスさんがとっても素敵な笑顔と射て殺すような目で私を睨んでいました。

 平常心平常心、無心です。この武器はとってもいいですね。



 ぴこん、アリスさんは読心術のスキルを身に着けました。



「少し使ってみていいですか?」

「店の裏手にある空き地で振り回してみな」

「はいっ」


 私は薙刀を手にとって、そして空き地へと行ってみました。

 まずは軽く回して見ます。気分は関羽雲長です。


 さてまずは中段で構えます。

 そのままゆっくりと持ち上げ一気に上から下へ振り下ろします。

 が、勢い余って地面にぶつけてしまいました。

 あうぅ~。軽すぎないですか、これ?

 少々地面が抉れましたが、刃こぼれしていません。

 パチもんですがこれは確かに業物ですね。


 次に、斜め右、斜め左と振り下ろします。

 そして左右。

 今度は下から左右斜めに振り上げます。

 最後に、上から振り下ろしてそしてそのまま返しで振り上げます。


 ああ、足がおいつきませんっ。

 授業で少し習った程度ですし、仕方ないですかね。


 下段の構え。

 敵の足を狙うように、私を中心とした半月を描いて回します。

 地面に綺麗な半月円がかかれました。


 次は正面に構えます。

 送り足で一歩だけ前に進むと同時に、薙刀を突きます。

 そのまま歩み足で後ろに一歩後退しながら時計回りに背後まで振り回します。


 っとと、いくら膂力が凄くても私の体重は軽いままですから、少し武器に振り回されていますね。


 十分ほどそうして使ってみた結果、何となく気に入りました。

 心は大和撫子です。もとい大和魂です。

 薙刀術でこの世界を牛耳って見せましょう!


「これ気に入りました。おいくらです?」

「試作品だし、定期的にここへ持ちこんでくれるのなら安くするよ。そうだな、百万ギルでどうだ?」


 試作品で安いとはいえ、百万ですかー。

 でもお気に入りに登録されちゃいましたし、ここは清水の舞台から飛び降りる感覚で買っちゃいますか!


「わかりました、買います!」

「まいどっ」


 何となくおじさんの顔が、売れない商品が捌けて良かったぜ的に見えましたが気のせいですよね。


「ではエロシルフさん、憑いて下さい」

(あいよー、これで僕はいつでもアオイちゃんの側にずっといることになるね)


 なにそのストーカー発言はっ。呪いの武器になりそうですね。


 そして彼は蒼く輝きだし、色のついた風のような状態になりました。

 その蒼い風は渦巻き、薙刀の刃に纏わりつくよう絡むと溶けるようにして薙刀へ吸い込まれていきます。

 薙刀は徐々に蒼く輝きだし、神秘的な雰囲気を醸し出していきます。


 おお、本当に魔力を感じるようになりました。

 重さは前と変わりませんが、刃から常時風が吹いているかのように魔力が発せられています。

 これは高位魔力剣にも匹敵しますね。


 ではこの薙刀に名前をつけてあげましょう。

 青龍円月刀……。

 うーん、そこまで大きくないですしねー。

 よし、決めました。


「この武器の銘は、静御前という名前にしましょう」

「アオイさんにしては、綺麗な名前を考えましたね」

「がーん、私にしてはって!? そんなに私のセンスはないですか!?」

「その名前はどこから盗作されました?」

「くっ、確かに盗作ですっ。私の生まれ故郷に、この薙刀という武器を扱う達人さんがいたのですよ。その人の名前が静御前さんというんですよ」

「アオイさんの故郷の人ですか。そういえばアオイさん、どこの出身なのですか?」

「捨てられちゃったのでわかりませーんっ」


 か、かなしくなんかないんだからねっ!


「え?」

「とても帰れないほど、ものすごく遠いところなんです。でも私はここに居ます。来ることができたのですから、そのうち帰れるようになると思っています」

「そうなんですか。一度お里帰りできればいいですね」


 本当に帰れるとしたら、私はどうするべきなのでしょうか。

 でも、ここには私のお友達がいます。私の居場所はここにありますしね。


「ではアリスさん、吸血鬼になってみませんか?」

「お断りします。なぜあの流れからそんな言葉が出ますか」

「あぁ~、その目がいいですっ! でもくじけませんっ。今ならもれなく永遠の命がついてきますよ!」

「私は人間のままでいいんですよ?」


 彼女とのやり取りは楽しいです。私がここに居ていい証と思っています。

 今はまだ今世を楽しみましょう!


「私とずっと一緒に居られる権利もありますよっ!」

「それは……今はまだだめです。お断りします」


 え? 今は?


「それって……?」

「まだ当分だめですね」

「まちますっ! 私にはまだまだ時間はたっぷりありますから、ずっと待ちますよっ!」「ふふ、期待しないで待っててください」


 もしアリスさんがおばあちゃんになっても待ち続けましょう。

 私は静御前を背中につけて、アリスさんに手を差し出します。

 彼女は私の手を取って、一緒に歩き始めました。


 さあデートの続きといきましょう!







(僕の存在を忘れていちゃいちゃしやがって~)


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