第二話
「それにしても大きくなったのじゃな、我が主よ」
「そう言ってくれるのはワンコだけだよっ!」
ひしっと互いに抱き合う私とワンコ。
みんな私の成長に気がつかないんですからね!
にしても、ワンコって人型にもなれたのですね。知りませんでしたよ。
でもあっちでは、わざわざ人の姿を取らなくても良いですし、むしろ人型になったほうが牙や爪もなくなるから弱いでしょうしね。
「それと少々話し方を変えられましたかの? 昔はもっと傍若無人で妾の事を、扱き使っておられたが」
「あ、うん。そんなに昔の私って傍若無人でしたか? まあそれはおいといて、突然どうしたのですか。わざわざあっちの大陸から来るなんて」
「ぜひとも我が主をお呼びしたくて参上致したのじゃ」
お呼びとは、とワンコに聞こうとした時に家の中からラッキーさんが出てきました。
いつになく不機嫌そうな顔つきで。
ワンコもラッキーさんを見るといきなり表情が険しく変わりました。
「なぜここに魔人が?! 我が主よ! 危険なのじゃ、お下がりくだされっ!」
「お、落ち着いてワンコ! この人は魔人だけど今は大丈夫ですからっ」
「し、しかし主よ」
「けっ、犬くせぇと思ったらフェンリルかよ」
ラッキーさんも火に油を注がないでください!
「汚らわしい魔人風情が。通りで家の中に悪臭が漂っていたと思ったわ」
ちょっ。この人たち何いきなりけんか腰なんですか?!
「気安く我が暗黒神に抱きついてんじゃねーよ、犬が移ったらどーすんだよ」
「はっ、貴様のような災厄の権化が何ゆえ我が主のお住まいから沸いてくるのじゃ。害虫は害虫らしくさっさと去ぬがよいわ」
「ほぅ、面白れぇ。ちょっと表出やがれ」
「貴様の足りぬ脳みそじゃ分からぬやもしれぬが、すでにここは表じゃ」
そこの二人、激しく目線で戦わないでください。
もう一触即発の状態ですね。
「二人ともっ! 落ち着きましょう!」
「しかし主よ」
「こればかりは我が暗黒神のお言葉と言えども」
「一体何でいきなり喧嘩始めるのですかっ!」
「フェンリルといえば真祖のペットですから、昔から何度も何度も戦った相手ですぜ」
「はっ、他のフェンリルと妾とを同じにするでないわ。ところかまわず攻撃してくる低脳な魔人ごとき氷漬けにしてくれようぞ」
あ、フェンリルって真祖とか二世の使い魔になるのが多いんでしたっけ。
「このワンコは私の最初の下僕です。ラッキーさんといえど、攻撃すると許しませんよ」
「し、しかしっ!」
「そうじゃ、妾は主が生まれてすぐ下僕となった忠実なフェンリルじゃ。貴様とは年季が違うのじゃ」
「ワンコも! このラッキーさんは私が面倒を見ています。ワンコも大人しくしていなさい」
「くっ、分かったのじゃ」
二人の手を取って、そのまま家の中へと引っ張っていきます。
こうでもしないと、いつ喧嘩するか分かりませんしね。
それ以前にこんなところで戦ったら、せっかく復興し始めているラルツが、また壊滅状態になってしまいますし。
そしてリビングに通した後、二人を座らせました。
もちろん私が間に入る形です。
「ラッキーさん、お茶を淹れてください」
「はい」
そう言って立ち上がろうとするラッキーさんに声をかけます。
「言っておきますが、ワンコの分もちゃんと出してあげるのですよ? それとわざとまずく淹れないようにしてくださいね。先に私が味見しますので」
「はっ」
ラッキーさんの表情が微かに歪むのが分かりました。
やっぱり、わざとまずく淹れるつもりでしたか。
全く大人気ない魔人ですね。
ラッキーさんが三人分のお茶を淹れて戻ってきました。
ちゃんと念押ししたお陰で、普通のお茶です。
いえ、普通より遥かにおいしいですよ。
淹れ方が違うだけでここまで差がでるのですね。
「む、この味は……本当にその魔人が淹れたものか?」
「有難く飲めよ。犬風情にわざわざオイラが淹れてやったんだからな」
ラッキーさんの趣味も捨てたものじゃないですね。
これで魔人じゃなく人間だったらいいお婿さんになれそうです。
「で、ワンコはなぜこっちにきたのですか?」
お茶を飲んでリラックスした頃に、私は疑問を投げつけました。
「我が主よ、ここ最近の事なのじゃが、魔大陸のバランスが崩れておってな」
「バランス、ですか?」
「今までは魔人と吸血鬼が覇を争っておったのじゃが、最近魔人の勢いが無くなり吸血鬼が押している状況なのじゃ」
……それって私が四天王を二人も囲っているから?
あ、そういえばチャッピーさんとやらもこっちに居るのですよね。
となると、魔大陸には二人しか魔人がいない状況です。
「あー、あはははは」
「何かお心当たりでもおありですかの?」
「そこにいるラッキーさん、魔人の四天王だった方です」
「……は?」
ワンコの瞳が若干大きくなって、ラッキーさんを見ました。
「ど、どどどういうことなのじゃっ?! 下級な魔人ならまだしも、上位の魔人となぜ一緒におられるのかっ」
「行きがかり上やむをえなく」
「オイラは今は我が暗黒神の下僕だぜ」
「それと……今は出かけていますが、もう一人魔人の元四天王がいます」
「……呆れるという感情が妾にあったとは。それにしても暗黒神とはなんなのじゃ?」
「それは聞かないでください」
さてそれはいいとして、魔大陸のバランスが崩れたのは分かりましたが、それが一体私に何の関係があるのですかね。
「吸血鬼どもの勢力が大きくなったからか、真祖の序列三位ファムリードがやる気を起こしての、こちらの大陸にいる序列外の真祖に緊急集合をかけたのじゃ」
「確かこっちには二人ほど真祖がいるのでしたね」
つまり魔人の数が少なくなったから、チャンスとばかりに一斉攻撃を仕掛けるのですね。
「そこで少し問題が出ての。我が主の事が露見した様子なのじゃ」
「私の事? ちょっと前に二世のレムさんと会ったことがあるのですが、彼女が私の事を報告したのですね」
確かあの時レムさんはマスター、序列二位のガーラドという私の父親に報告しにいくと言っていました。
「でもそれが何か?」
「真祖は一枚岩ではないのじゃ。序列三位とこの大陸にいる二人の真祖、それと序列一位、二位、四位、五位の二つのグループが対立しているのじゃ」
「魔人王を封印している真祖って四人でしたよね」
「はい、主に序列一位のグループ四人が封印を行っておる。序列三位のグループは魔人よりも自分の趣味を優先しているがの」
「え? 趣味優先の人がどうして魔人を倒すぞって意気込んでいるんですか」
「そこは分からぬのじゃよ。あの真祖は気分屋じゃからの」
気分で戦おうとする人ですか。あまりお付き合いしたくないタイプですね。
でもそれと私が何が関係あるのですかね。
「我が主は微妙な立ち位置なのじゃよ。ダンピールは吸血鬼には歓迎されぬ。しかも真祖の子となれば、排除の動きがあってもおかしくないのじゃ」
「あー、吸血鬼、しかも真祖って変なプライドが高そうですしね」
「特に序列三位のファムリードというものは、意識の高い持ち主だからの」
「つまりその人は、真祖ともあろう人が何をダンピールなど作っているのだ、高潔なる真祖の血に相応しくない者は排除すべきだ、なんて思っているんですかね」
はた迷惑な奴ですね。
「それでワンコがきたのって、もしかして私を守るため?」
「妾でもさすがに真祖には勝てませぬ、それよりも主をガーラドのところへお連れしようと思ったのじゃ」
「ええー、私ってそのガーラド張本人に捨てられたんですけど。今更守ってもらいに行くのも癪ですし、それに私が一番殴りたい奴です」
「ガーラドを殴ると? 我が主よ、それはあまりにも無茶すぎるのじゃ。真祖の中でも序列一位と二位は別格なのじゃ」
「その二人は兄弟という事と、ゲルミという国に住んでいたことしか知りませんけど、そこまで別格なのですか?」
大きく頷いたワンコが、残ったお茶を飲み干しました。
「序列一位と二位が、吸血鬼化、いわゆる真祖になる呪法を編み出したのじゃ。そして初代魔人王を倒したのもその二人なのじゃ」
「それは初耳です。真祖になる呪法って禁呪ですよね」
「彼らはその後誰にもその呪法を教えなかったのじゃ。今の序列三位が人間だった頃彼らにその呪法を教えてもらいに行ったのじゃが、断られたらしくての。そして序列三位は自ら研究して独自の吸血鬼化を編み出したのじゃ」
うわっ。じゃあその三位の人って実は結構凄い人なんですね。
ああ、最初に断られたせいで対立しているのですか。
「その後、今の魔人王が誕生したときに、序列一位が魔人王を封印させるため、四位、五位の二人を真祖化させたのじゃ」
「封印のためだけに真祖になったって、そのお二人もある意味かわいそうな人ですね」
「それから一位のグループは封印を常に行っているため、あまり身動きができない状態なのじゃ。自分の城からもあまり遠くへは離れられぬ。そこで台頭したのが序列三位のグループじゃ」
なるほどですね。お家騒動見たいな感じがしますよ。
さらに今更三位がやる気を起こしたのも、これを機に魔人を倒して真祖の頂点に立ちたいのでしょうね。
「そして序列三位はとある人間と獣人、二人にその呪法を教えて手駒にしたのじゃよ。そして自分は魔大陸で自分の趣味に没頭しておったのじゃが、主の事を知っての。自らこっちの大陸へと渡ろうとしているところが今なのじゃ」
「つまり真祖の序列三位が、私を殺しにくるという事ですか」
「一位と二位は別格じゃが、三位も自ら吸血鬼化の呪法を編み出したくらいじゃし、かなり強いと思うのじゃよ。だから我が主よ、是非妾とガーラドのところへ避難をして欲しいのじゃ」
そう懇願してくるワンコ。
わざわざ魔大陸からこっちまできて知らせてくれるなんて、下僕の鏡というべきですね。
でも答えは決まっています。
「だが断る」
そもそも序列三位すら倒せなくて序列二位のうちの親を殴れますか。
「……なぜじゃ?! ここにいては危険なのじゃぞ、我が主よ!」
「ダンピールが悪い? 勝手に生んで勝手に捨てたのが吸血鬼のプライド? そんな下らない事で排除されてたまるものですかっ! 魔人王とやらもはた迷惑な奴でしょうけど、真祖も下らない奴ばかりですね。いっそ魔人王も真祖も全員倒してやりましょうか!」
そうなれば、世界は平和ですよね。
私がそう宣言すると、ワンコは口を大きく開けたまま固まってしまいました。
今までずっと黙って聞いていたラッキーさんが拍手をしながら立ち上がります。
「よくぞ言ってくれやした、我が暗黒神よ! それでこそ暗黒神と言えやすぜ! 及ばずならがオイラも戦いやす!」
「ばっ! いくら魔人の四天王とはいえ、相手は真祖じゃぞ?! 二世とは雲泥の差があるのじゃぞ?!」
「はっ、犬風情が何をきゃんきゃんと喚いていると思えばそんな事か。一万年以上もその二世数人を相手に戦ってきたオイラだぜ? ジョニーの兄貴だっている。ここらでいっちょ真祖相手に戦ってみたいと思ってたんだぜ」
一息ついて「で、ワンコはどうしますか?」と言い放ちました。
「妾は主の忠実な僕じゃ。当然主が残るのであれば妾も残るのじゃ」
「犬風情などに出番はないぜ?」
「妾をただのフェンリルと同じにするなと言っておる!」
「犬は犬だろ?」
「妾は犬ではないわっ! 氷を支配するフェンリルじゃ!」
言い合っている二人ですが、最初のぎすぎす感が少しなくなりましたね。
共通の敵が出来たからでしょうかね。
そして私も決して冗談で言ったわけではありません。
だって私には、吸血鬼の最大の弱点である銀の武器がありますしね。
……卑怯などと言わないようにです。
せっかく向こうから来てくれるのですから、歓迎パーティでも開いてあげましょう。
ついでにあの少年、チャッピーとやらも仲間に引きずり込んでやりましょう。
「ところでワンコ」
「何でしょう」
「その序列三位の真祖って、いつこっちへ来るのですかね」
「一週間ほど前に魔大陸を出たはずじゃ」
一週間前ですか。じゃああとどのくらいでつくのですかね。
……あれ?
「ワンコはいつあっちを出たのですか?」
「四日前じゃ」
「三日も遅く出たワンコのほうが早くついたのですか?」
「吸血鬼は流れる水が苦手だからの。いつこちらにつくかは分からぬのじゃ」
あ、そうでした。良く考えれば真祖も水が苦手ですね。
確かに私も魔大陸からこっちへ来るとき、苦労しましたもんね。
手作りの船で渡ってきたのですが、うまく身体が動かないせいで一ヵ月以上かかりました。
ダンピールの私で一ヶ月なら吸血鬼の長たる真祖は、どれほど水が苦手なのでしょうかね。
となると今しばらく時間がかかりますね。
その間に準備できそうです。
「じゃあまずはジョニーさんを呼んで、あとチャッピーとやらも仲間に加えましょう」
「チャッピーのやつもですか。それは心強いですな」
「それと、どうやら序列三位の真祖がくるまでに時間がかかるみたいですし、先にこっちの大陸にいる真祖に会いに行って見ましょう。ワンコ、場所知っていますよね?」
「は、知ってはいるのじゃが、主よ、本気か?」
「もちろんです。やるときはやる女ですから」
「それは面白そうですな」
「じゃあジョニーさんが戻ってきてから、こっちの真祖に会いに行きましょう!」
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