第40話 お別れ遠足会!

 春めいた日が続いたある日、1年1組はお別れ遠足会をした。遠足会と言っても、給食を食べてから、すぐ近くの公園まで遊びに行くだけだ。それでも、子ども達は二人ずつ手を繋いで一緒に歩くだけでも楽しそうだ。

 校外授業になるので、他の先生がついて行くのだが、勿論、達雄先生が引き受けた。


 大阪のど真ん中の小さな公園だが、菜の花が咲いていた。黄色い花が満開で、女の子達は「綺麗やなぁ」と喜ぶ。

「こんなに咲いてしもうたら、漬け物にできへんのやで」

 両親が夫婦で漬け物屋をしている河童の九助くんが、菜の花は蕾のうちが美味しいと言い出した。

「えっ、菜の花って食べられるんか?」

 忠吉くんは、知らなかったと騒ぐ。今にも取って食べそうなほど、まじまじと見ている。

「菜の花を湯がいたの、よう食べさせられたわ。ほろ苦くて、僕は苦手や」

 奈良には菜の花や土筆がいっぱいあると、良くんが言い出す。都会育ちの忠吉くんは、土筆を写真でしか見たことがない。

「土筆って食べられるんか?」と、目を輝かして聞いている。お正月に天の邪鬼のお祖父さんに酷い目に合わされた良くんなのに、ついつい「春休みには行くねん!」と嘘をついてしまう。

「良くん、また連れていって!」

 絶対に行きたくないと思っているからこそ「ええで!」と言ってしまう自分が嫌な良くんだった。

「僕も一緒に行くよ」と座敷わらしの孫の詫助くんが後ろから声をかけるのも同じだ。

「俺たちも行こう!」と三羽烏も参加する。

 良くんは、どんな春休みになるのかと、少し憂鬱になった。もちろん、女の子達は天の邪鬼のお祖父さんの家なんかに行こうだなんて一人も言わなかった。小学校の低学年のうちは、男の子より女の子の方が賢いのだ。

 

「皆さん、手を洗ってきてね。レジャーシートに座って、おやつにしましょう」

 小さな袋を貰った子ども達は、普段ならこのくらいのお菓子では喜んだりしないのだが、学校に行っている時間に食べるので特別な気持ちになる。思い思いのグループになって、楽しそうにおやつを食べている子ども達を見ていた鈴子先生の目に涙が浮かぶ。


「あと、もう少しでお別れなのね」

 しかし、鈴子先生も新米の泣き虫先生ではない。あと少しでお別れだからこそ、楽しく過ごしたいと気持ちを切り替える。

 公園でブランコ、滑り台、ミニアスレチックで、子ども達と一緒に思いっきり遊ぶ。

 達雄先生は、公園から子ども達が出ないように見張りをしながら、楽しそうな鈴子先生からも目が離せない。

「やっぱり、達雄先生は鈴子先生にベタぼれやなぁ」

 おませな女の子達は、達雄先生がいつも鈴子先生を見ていると、小声で囁いてクスクス笑った。

 本当に短いお別れ遠足会だったが、子ども達も鈴子先生も、いつまでも菜の花が咲いた公園で一緒におやつを食べたり、遊んだことを楽しく思い出すのだった。


 お別れ遠足会の次の日は卒業式だ。1年生はお休みになるが、先生達は出席する。卒業式では、鈴子先生はやはり泣いてしまった。自分が受け持った生徒では無かったが、泣き女なので、卒業生や保護者の涙に引きずられたのだ。

「あまり泣いたら駄目でござるよ。大仕事が待っているでござる」

 達雄先生に手ぬぐいを差し出される。卒業式の後で、クラス分けの職員会議があるのだ。特に訳ありの生徒達をどうクラス分けするのかは、とても難しいので、担任である鈴子先生は、しっかりとしなくてはいけないのだ。


 クラス分けがこれほど大変だとは鈴子先生は知らなかった。1年1組だけでなく、2組、3組の生徒達をどう分けるかも難題だった。成績が偏らないようにも配慮が必要だし、揉めた子ども達同士は違うクラスにしてくれと保護者からの要求があったりもする。

「この子を1組にするなら、あの子は2組かしら?」

 初めてクラス分けを体験する鈴子先生には、まるで難解なパズルをするみたいに感じる。それでも、1組の生徒達が2年生のクラスに馴染めるように、精一杯頭を捻る。

「良くんは、詫助くんと同じクラスが良いと思います」

 ベテランの先生達は、天の邪鬼と座敷わらしを組ませて、少し相殺させるのだとピンとくる。

「1組の生徒は、なるべく仲のええ子を一緒にさせましょう!」

 特別な事情を持つ子ども達が、他の生徒と馴染みやすくする為に、先生達は頭を悩ます。大体のクラス分けができた頃には、疲れてしまった。少しまずい組み合わせもあると感じたが、移動させると、また問題を起こしそうな組み合わせになるので、諦めの気分になる。

 鈴子先生は、やっと終わったとホッとしたが、甘かった。2年生を受け持つ先生達がクラス分けをチェックするのだ。こちらは、一年間担任として指導するのだから、容赦がない。できるだけ問題を起こさないようなクラス分けを要求してくる。微調整を済ませると、ぐったりとしてしまった。

「鈴子先生、初めてだから疲れたでしょう」

 そう言うベテラン先生達も、疲れは隠せない。

「でも、春休みには新一年生のクラス分けもしなくちゃいけないのよ。あっ、1年1組はクラス分けはないのよね」

 また新しい訳ありの子ども達が1年1組の教室で学ぶのだ。


 終業式の朝から、鈴子先生の目はうるみがちだ。1年1組の子ども達の担任から外れると思うと、涙が溢れそうになる。しかし、もう1年前の新米の泣き虫先生ではない。ハンカチで涙を拭いて、春休みの注意、始業式に持ってくる物を伝えていく。

 あゆみと共に一年間に描いた絵を纏めた冊子も渡していく。鈴子先生は、生徒一人ずつに声をかける。各々の良い所を褒め、二年生になっても頑張っていきましょうと励ます。


「皆さんと一緒に勉強できて、とても楽しく過ごせました。2年生になったら、別々のクラスに別れますが……仲良くして下さい」

 我慢していた涙が溢れてしまった。女の子達もハンカチで目を押さえているし、男の子も制服の袖で涙を拭いている。そんな子ども達を見ると、鈴子先生は涙が止まらなくなる。泣き女なので、泣くのは得意なのだ。

「ああ、やっぱり」ぽんぽこ狸の田畑校長は、心配していた通りだと教室に入ろうとした。

「校長先生、少し待って下さらぬか?」

 達雄先生も心配で1年1組の教室の前まで来たのだ。でも、もう少し鈴子先生と子ども達に時間をやりたいと思う。


 泣いていた珠子ちゃんは、ハンカチで涙を拭くと立ち上がった。

「全員、起立!」1年1組の級長として、最後をしめる。泣いていた女の子達もハンカチで涙を拭くと立ち上がった。

「鈴子先生、ありがとうございました!」

 1年1組の生徒達に礼を言われて、鈴子先生は泣きながらも「こちらこそ、ありがとう!」と答えた。子ども達は、机の中に隠しておいた花を1本ずつ鈴子先生に渡していく。

 田畑校長と達雄先生は、今日は好きなだけ泣かせても良いだろうと、職員室へ引き上げた。

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