第32話 個人懇談

 月見が丘小学校に乗り込んだ首斬り男は、泣き女の鈴子先生の細い白い手に捕まってしまった。そのまま、下宿先の猫おばさんの家に連れていかれる。

「おゃまぁ! 鈴子先生!」

 多少の事では驚かない猫おばさんだが、首斬り男を連れて来たのには、毛が逆立ちそうになった。

「おば様、こちらは鈴木達雄さんです。私の泣き声が、迷惑をお掛けしていたのです」

 紹介された首斬り男は、畳に手をついて、丁寧な挨拶をする。

「拙者は、鈴木達雄でござる。このように突然押し掛けて、面目ないしだいでござる」

 猫おばさん、生まれた頃の男の人は、こんな風にしゃんと背筋に1本筋が通っていたと気に入る。それに、ひき比べて亭主は何処にも筋は通っていないと溜め息を押し殺す。

「猫おばさま、達雄さんは、私のせいで東京の職を無くしてしまったのです。どうか、大阪で働き口を見つけてあげて下さい」

 首斬り男は、見ず知らずの方にとんでもないと真っ赤になって立ち上がりかけるが、細い手に制させる。

「私も職を見つける苦労は知っています。それに、達雄さんも関東には帰らない方が良いと思うのです」

 そう自分を見つめる泣き女の泣きぼくろが色っぽくて、達雄は真っ赤になる。猫おばさんは、純情な首斬り男が気に入った。ふらふら世界を歩き回る猫系の男とは大違いだ!

「わかりました。鈴子先生は、個人懇談の準備が忙しいやろから、学校に戻りなはれ。私は、達雄さんとじっくり話合って、一番向いている職を紹介するつもりです」

 鈴子先生は、どうなるのか心配だったが、猫おばさんに一任して学校に戻る。確かに、懇談面談の為にあゆみを書き上げておかないと、困ったことになるのだ。


「ああ、鈴子先生! ご無事で良かったですわ。田畑校長がお探しですよ」

 職員室では、首斬り男が鈴子先生を拉致したとか、いや鈴子先生が退治したとか、噂が錯綜していた。

「田畑校長には説明しておかないと、いけませんね」

 首斬り男の件では、保護者の家を一軒一軒出向いて説得してくれたのだと、鈴子先生は校長室に向かう。

 時を同じくして、首斬り男と泣き女は、それぞれ個人懇談になった。

「ご心配をお掛けしましたが、首斬り男の鈴木達雄さんは立派なお方でした。私が無闇に恐ろしがっていただけなのです。それどころか、泣き女の泣き声でご迷惑をかけていたのです。もっと前に勇気を持って話し合っておけば良かったのに……シクシク……シクシク……」

 張りつめていた糸がプチンと切れた鈴子先生は、気持ち良さそうにシクシク泣く。ぽんぽこ狸の田畑校長は、仕方ないなと、腹鼓を打った。


「また、泣いておるでござるよ。しかし、悲しみは感じないでござるな」

 猫おばさんの家で、首斬り男は微笑む。その穏やかな顔には、殺気の微塵も感じない。

「達雄さんは、教員免許は持ってはるんでしたなぁ。あんさん、子どもは好きですか?」

 首斬り男は、子どもに好かれたことはない。顔を見ただけで泣かれるのだ。

「拙者は、子どもは嫌いではないでござる。しかし、子どもに怖がられるのでござる」

 面目無さそうに答えたが、猫おばさんはけらけら笑う。

「きょうびの先生は、優しい先生が多くて押さえがきかなくて困ってますんや。1年生やなんかは可愛らしいもんですが、高学年になったら普通の人間の先生では太刀打ちできん子も月見が丘小学校にはいますさかいになぁ」

 達雄は、猫おばさんの申し出を信じられない思いで聞いていた。泣き女の身上調査をした時に、月見が丘小学校の理念を知り、こんな小学校で学びたかったと思っていたのだ。

「しかし、拙者は首斬り男でござるよ! このような者を……」

 ペシンと孫の手で頭を殴られて唖然とする。剣の腕には自信を持っていた自分が、穏やかそうなおばさんに見事に1本取られたのだ。

「おみそれいたしました」

 頭を下げる首斬り男に頭をあげさせる。

「あんさんなんか、まだお尻に卵の殻をつけた雛っ子ですわ。目上のもんの引き立ては、素直に受け取りなはれ!」

 ビシッと引導を渡された首斬り男は、思わず「はい!」と答えた。


 鈴子先生は、泣くだけ泣くとすっきりして、田畑校長に謝ると、あゆみをつける為に職員室に帰った。

「ねぇ、鈴子先生? 大丈夫ですか?」

「ぽんぽこ狸にクビにされたのなら、私達が一致団結して抗議しますよ!」

 泣いたのが歴然とした顔を見て、2組と3組の先生が心配する。

「ご心配をお掛けしましたが、大丈夫です。ホッとしたら、大泣きしてしまっただけです」

 首斬り男はどうなったのか? 質問したかったが、鈴子先生が真剣にあゆみを付けだしたので、各々の先生も自分のクラスの個人懇談の準備にとりかかる。



「個人懇談では、皆さんの成長を保護者の方々と話し合います。こちらで、日程は組みましたが、都合が悪い時は変更できますからね」

 プリントを見て、男の子は顔を顰め、女の子は誰の次かと時間を見せ合う。

「私は豆花ちゃんの後やわ」

 緑ちゃんは、優等生の後は嫌だとガックリする。

「私は良くんの後やねんで。緑ちゃんかわってあげようか?」

 緑ちゃんは、天の邪鬼の親子の後など後免だと首を横に振る。


 案の定、小雪ちゃんは延々と待たさせることになった。天の邪鬼のお母ちゃんは、それでなくても屁理屈が多いのに、前の九助くんが予定より1分長かったのにヘソを曲げたのだ。

「あれっ? まだ小雪ちゃんの懇談終わってないの?」

 廊下に並べられた椅子には、小雪ちゃん親子と、次のノノコちゃん親子が待っていた。

「珠子ちゃんは、ノノコちゃんの後なんやろ? かなり待つことになるよ」

 珠子ちゃんは、誰が延々と懇談しているんだろうと、窓から覗こうとしてお母ちゃんに叱られる。

「ここに座ってなはれ!」

 お母ちゃんに叱られて、ノノコちゃんの横に座った珠子ちゃんは「誰?」と口パクで尋ねる。ノノコちゃんは、教室の中に聞こえないように、こそっと「天の邪鬼の良くんやねん」と答えた。

「ここに、詫助くんが居てくれたらなぁ~」と珠子ちゃんが呟いた途端に「いるけど……」と詫び助くんが前に立っていた。

「わぁ! びっくりしたわ! いつから居たん?」

 詫助くんは、ずっと前からいたのだが、お母ちゃんが来るまで立っていたのだ。

「珠子ちゃんの後が僕やねん」珠子ちゃんのお母ちゃんが一個椅子をずらせたので、詫助くんは横に座る。

「良くんが長引いてるんやて……鈴子先生は困ってると思うわ」

 氷屋は冬は夏ほど忙しくないが、美容院はお正月を綺麗な髪型で過ごしたいと皆が押しかけるので忙がしいのだ。髪切り婆の娘のお母ちゃんは、イライラしだしている。

「もう、ほんまやったら私の番やのに……このままやったら、予約のお客さんの髪が切られへんようになるわ」

 小雪ちゃんのお母ちゃんは、順番をゆずりましょうと申し出る。こんなに焦っているノノコちゃんのお母さんの前では、ゆっくり懇談なんかできそうにないからだ。

「おおきに! 夏に私が前やったら、譲ってあげるから。今回はありがたく譲って貰いますわ」

 珠子ちゃんは、自分のはパッと済ませるにしても、詫助くんの後にも何人もいるのだと困った顔をする。

「まぁ、えらい待ってはるねぇ。ああ、良くんのお母さんは、天の邪鬼の娘やからねぇ」

 のんびりと廊下を歩いてきた座敷わらしの娘は、平然と教室の扉を開けた。

「天野さん、懇談終わったら、お茶に行きましょう。待っててくれるやろ?」

 良くんのお母ちゃんは『ゲッ! 座敷わらし!』と、立て板に水の如く話していた口を閉じる。

「あっ、そう言えば用事がありましたんや。先生、良を宜しくお願いしておきます」

 そそくさと席を立つと、廊下に出てくる。

「童子さん、今日は急いでるから、お茶はまたこんど……良、早く帰るで!」

 良くんの手を引っ張って嵐のように去って行った。廊下にいた親子達は、唖然とする。

「笑ちゃんとは同級生やったんよ。私は好きなんやけど、あっちは私の顔を見ると、何でか知らんけど、逃げ出してしまうんや」と、座敷わらしの娘は笑って椅子に座る。

「お待たせして申し訳ありません。次は霙さん」

 気を取り直した鈴子先生に、小雪ちゃんのお母ちゃんが、ノノコちゃんと交代したと告げる。

「年末は美容院が忙しいので、代わって貰いましたんや」

 鈴子先生は、申し訳ないと頭を下げたが、ノノコちゃんのお母ちゃんは、さっさと済ませましょうと教室に入る。

「お母ちゃん、うちも早く済ませなあかんで! 他のクラスは一組ぐらしか待ってないやか」

 そうは言っても、1年生の初めての懇談なのだ。特に、雪女の特殊な事情で、授業をサボったりしていたので、お母ちゃんは色々と聞きたいこともある。

「ゆっくり話しはったらええわ。私はパスさせて貰いますよってに」

 猫おばさんは、個人懇談なら家でもできるので、珠子ちゃんを連れて帰った。

「ごめんなさいねぇ!」

 あっという間にノノコちゃんのお母ちゃんは、教室から出てきた。上にお姉ちゃんがいるので、個人懇談は慣れっこなのだ。

「お母ちゃん、頼むで!」と言われたが、初めての個人懇談なので、普通に時間がかかった。廊下に出た小雪ちゃんは、詫助くん、密ちゃん、忠吉くん親子が待っているのを見て「ごめんね!」と頭を下げる。

「ええねん、早目に来ただけやから」

 忠吉くんと密ちゃんは、笑って手を振る。その様子を見た鈴子先生は、うるうるしだす。

「あっ、今度は家の番ですわねぇ」

 おっとりとした詫助くんのお母ちゃんに声を掛けられて、鈴子先生は泣いてる場合ではないと、個人懇談を続ける。

 密ちゃんと忠吉くんは、やはり座敷わらしは最強の妖怪なのではと笑う。

 

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