第14話 登校日
月見が丘小学校の夏休みにも登校日がある。プールも解放されているので、真っ黒に日焼けした子ども達が元気よく校門で田畑校長に挨拶している。
「やっぱり、小雪ちゃんは登校せぇへんのかなぁ」
プールにも通ってない小雪ちゃんを、珠子ちゃん達は心配する。
「この暑さやから、登校は無理と違うかなぁ?」
朝から35℃とテレビで言ってたと、緑ちゃんは肩を竦めた。
「あっ! あれは霙屋のバンやない?」
同じ商店街に住んでいる豆花ちゃんが指差した方向を、クラス全員が窓に張りついて見る。校門に白いバンが止まり、中から黒い日傘をさした小雪ちゃんが降りてくる。
「小雪ちゃんや!」女の子だけでなく、1年1組のアイドルなので、男の子も歓声をあげた。
「おはよう! わぁ、皆、日に焼けたんやなぁ」
夏の白いシャツが日焼けした肌に眩しい。夏なのに真っ白な小雪ちゃんは、少し情けない気分になった。
「プールに通っているから……小雪ちゃんは通われへんの?」と、緑ちゃんは尋ねる。
月見が丘小学校のプールが解放されるのは、昼の一時から三時までなのだ。一番暑い時間に外に出る勇気がないと、小雪ちゃんは首を横に振る。泳げないグループだった緑ちゃんや大介くんが、小麦色に日焼けしているので、プール通いしているのはあきらかだ。
「緑ちゃんは泳げるようになった?」
心配になって、こそっと尋ねる。
「まだビート板を持ってバジャバシャしてるだけやよ」
そう聞くと安心するが、でもいずれは皆は泳げるようになるのだ。
「なぁ、スイミングスクールは? あれなら、大丈夫やない?」
珠子ちゃんは、一人出遅れているのを気にしている小雪ちゃんにアドバイスする。
「そや、隣町やけど、スイミングスクールのバスがあるで! 商店街の外れにも、水色のバスが何時も止まっているやん」
鼠男の忠吉くんは、あろうことか猫娘の珠子ちゃんが好きになったので、すぐに口を挟んでくる。しかし、今回は良い情報を教えてくれたと、珠子ちゃんは感謝する。
「あっ、そのバスなら見たことあるわ! イルカが書いてあるバスやろ? そやなぁ、お父ちゃんとお母ちゃんに聞いてみるわ」
小雪ちゃんが笑顔になったので、珠子ちゃんは忠吉くんの背中を軽く叩いて「やるやん!」と褒めた。忠吉くんは、猫娘に接触されて、嬉しいやら怖いやら!
「ちゅう!」と飛び上がるものだから、珠子ちゃんはキュッと爪を出しかけて、深呼吸して我慢した。
「なぁ、まさか忠吉くんは珠子ちゃんが好きなんかなぁ……死ぬで!」
忠吉くんの仄かな初恋に気づいた九助くんと銀次郎くんは、命知らずだと驚いた。月見が丘小学校には訳ありの生徒が通っている。中には前は敵対していた妖怪同士もいるが、喧嘩は御法度なのだ。
「猫と鼠はあかんのんちゃうか? 忠吉くんに止めとけと言うた方がええんかなぁ」
河童の九助くんは、密かに雪女の小雪ちゃんに好意を抱いてるので、ゴンギツネの銀次郎くんが余計な事に口を出すのを止めた。
「アホか! 人の恋路を邪魔する者は、馬に蹴られて、死んでまうんやで!」
銀次郎くんは、馬に蹴られるのは御免だと、口を出さないことにした。それに、銀次郎くんも、ろくろ首の緑ちゃんに気があるので、忠吉くんの邪魔をしているどころではない。
狼の妖怪と人間のハーフである狼少年の謙一くんは、そんな男の子の恋模様をメモに取る。将来は警察官になりたいと思っているので、事情聴取の勉強をしているのだ。
「1年1組はおませな子が多いな。女子の一番人気は、小雪ちゃん! 二番人気は、緑ちゃん! 三番人気は、珠子ちゃん! 四番人気は、豆花ちゃん……」
何を書いてるのかと、銀次郎くんが覗き込むので、慌てて隠す。銀次郎くんが好きな緑ちゃんが、大介くんを好きだと書いているのがバレたらまずいのだ。
「あっ、鈴子先生だ!」と声があがり、皆はガタガタと席につく。珠子ちゃんの号令で、立ち上がった1年1組の生徒を見て、元気そうで良かったと鈴子先生は微笑む。
しかし、その笑顔の後ろに少し緊張感が漂っているのに、珠子ちゃんだけが気づいていた。
『東京から首斬り男が追いかけて来たんやなんて! 鈴子先生は泣かないように、常に気張ってすごしてはるんやなぁ。泣き出したら、首斬り男がやって来るから』
泣き女の鈴子先生は、泣くのを我慢するのが本当に辛い。しかし、学校に首斬り男が来るのを防ぐ為に、絶対に泣いたりしないようにと決意していたのだ。
しかし、泣くのが本性の泣き女にとって、それを封じ込めるのは、身体にも影響を及ぼす。大阪の暑い夏と、初めての教師生活だけでも、鈴子先生はいっぱいいっぱいだったのに、夜に部屋で泣くことも自分で禁じてしまったので、とても危ういことになっていた。
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