第12話 終業式
九助くんのプール事件もどうにか保護者に納得して貰い、1年1組にも終業式の日が来た。ぽんぽこ狸の校長先生の長い話を聞いた月見が丘の生徒達は、各々の教室に帰ってホームルームの真っ最中だ。
「ええっ! こんなに宿題があるん?」
「夏休みなのに、休まれへんやん!」
次々と配られるドリルや、プリントに、1組から悲鳴があがる。
「なぁ、なぁ、鈴子先生! この自由研究って何やねん?」
いちびりの九助くんは、プール事件の後少し大人しくなっていたが、もう調子を取り戻して騒ぐ。普通の人間の子ども達なら、知っていることも、妖怪の親に育てられた1組の生徒は知らないことが多い。
「これから、宿題について説明します。計画的に宿題をしましょうね。登校日までに、どこまでドリルをするか、目標ページを書いてあります。旅行や用事があるでしょうけど、なるべく目標ページまでやりましょう」
夏休みなのに登校日があると聞いて、1組はざわついた。上にお兄ちゃんがいる銀次郎くんは、余計な発言をする。
「でも、登校日に休んでも、休みになれへんのやで! 家のお兄ちゃんが風邪ひいて休んだけど、皆勤賞やったもん」
1組の男子は、それなら行かないと騒ぎだす。鈴子先生は、静かに! と騒ぎをおさめようと努力するが、女子まで行かんとこか? と騒ぎだす。
「こら! 皆、静かにして、先生の話を聞きなさい!」
田畑校長の一声で、1組の生徒達は口を閉じる。鈴子先生は、やはり自分は生徒に信頼されて無いのだろうかと泣きたくなる。しかし、一学期の間に鈴子先生もほんの少しは逞しくなった。
「確かに夏休みの登校日は、出席日数に加わっていません。親戚の家に行ったり、家族の用事で登校できないなら仕方ありません。でも、夏休みは生活のリズムが崩れがちですし、宿題も目標が無いとしなくなります。それに、皆の顔を見せて欲しいです」
落ち着いた鈴子先生の説明で、1組の生徒達も「まぁ、友だちに会いたいし、登校日に来てもええわ」と納得する。田畑校長は、ホッとして教室から出ていく。
「先生! 自由研究って、何ですか?」
そや、そや! と元気な声があがるのを聞きながら、ぽんぽこ腹鼓を打ちながら、田畑校長は小学校を見回る。しかし、最大の歓声、悲鳴があがるのは、もう少し後の事だった。
一とおり、夏休みの宿題の説明や、生活面の注意をした後、鈴子先生は「あゆみ」を配ることにしていた。他の2組3組のベテランの担任から、先に「あゆみ」を配ると、そちらにばかり注意がいって、話を聞いてくれないとアドバイスを貰ったのだ。
「これから、一学期のあゆみを配ります。お母さんやお父さんに見て貰って、ハンコを押して貰いましょう。そして、これは二学期の始業式に忘れないで持って来て下さいね」
「あゆみ」って何や! という熱気が、鈴子先生に押し寄せる。
「成績票やろ! お兄ちゃんが貰ってきて、お父ちゃんに叱られてたで!」
銀次郎くんの言葉で、歓声と悲鳴があがった。2組と3組でも、これから「あゆみ」を配ろうとしていたので、ベテランのおばちゃん先生達は苦笑する。田畑校長は、ぽんぽこ腹鼓を打ってる場合ではないと、1組に急いだ。
「あゆみは確かに成績票です。でも、それだけでは無いのですよ。一学期に頑張ったことや、もう少し勉強したら良いことが書いてあるのです。夏休みの間に、苦手なことを学習しておきましょう」
駆けつけた田畑校長は、やれやれと汗をハンカチで拭いた。
「あゆみ」が配られ出すと、1組は静かになった。皆、緊張して教壇まで受け取りに行く。鈴子先生は、生徒達に一言二言声をかける。
「豆花ちゃんは、宿題を一度も忘れませんでしたね。とても素晴らしいですよ。二学期もこの調子で頑張って下さいね」
小豆洗いの豆花ちゃんは、動物系の妖怪ほど運動神経は良くないし、美女系の妖怪のろくろ首の緑ちゃんや雪女の小雪ちゃんほど可愛く無いのがコンプレックスだ。でも、鈴子先生に真面目なことを認められて、とても嬉しくて真っ赤になる。
鈴子先生は、泣き女として学校でも社会でも苦労してきたので、1組の訳ありの生徒達の良い面を伸ばしてあげたいと考えていたのだ。男の子達もそれぞれ良い面を褒めて貰い、照れ臭そうに席に帰っては、隣の子と見せ合う。
「わぁ! やっぱり珠子ちゃんは凄いなぁ! 全部、良くできるやん!」
学習面も生活面もパーフェクトな珠子ちゃんの「あゆみ」を見て、小雪ちゃんは溜め息をつく。夏になってからは、保健室で寝ていることが多かったので、どうしても授業内容に遅れぎみだったのだ。
「でも、算数は前部良くできるやん! 小雪ちゃんは、家のかき氷やを手伝っているもんなぁ。計算は得意やもん」
保健室で寝ている間のテストは悲惨だったが、小雪ちゃんは本当は賢い子だ。鈴子先生は「一学期は、学校に慣れて、友だちもたくさんできて良かったですね。小雪ちゃん、焦らずに、先ずは体力をつけて頑張りましょう」とコメントを書き込んでくれていた。
「ああ、これをお父ちゃんに見せたら、絶対に叱られる!」
騒いでる銀次郎くん、忠吉くん、九助くんの「あゆみ」を見て、だいだらぼっちの大介くんは、大笑いした。
「俺もおんなじだぁ~! 夏休みに一緒に勉強しよう!」
頑張ろう! が並んだ「あゆみ」を見せ合って笑っている子ども達を見て、鈴子先生は小学校の先生になって良かったと心から思った。この「あゆみ」を書く為に、毎晩努力したのが報われた気がした。
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