うさぎ強盗には死んでもらう

橘ユマ

プロローグ

プロローグ:うさぎ強盗ってどんな人?

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電脳カジノ『ジャック・ピストルズ』におけるうさぎ強盗のデータ

(2014年8月24日13 時のもの)

Handle Name = “Robber Rabbit"

Game = “Texas hold 'em"

Bet Limit = “No Limit"

Table Name = “Room S+"

Ranking= “The 2nd Place"

Cash Type = “Dollar"

Chips= “+14,395,000"


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Q――うさぎ強盗ってどんな人?


――2014年8月31日

――ポーカー愛好家の会社役員曰く

「2014年6月18日、稀代のポーカー・プレイヤー、『うさぎ強盗』が電脳カジノ『ジャック・ピストルズ』に現れた。

 彼は入会したその日に、当時獲得賞金ランキング6位にいた新人狩りをテーブルから飛ばしに飛ばしていじめ抜き、3日後には1万ドルチップの飛び交うVIPテーブルへの入場権を獲得していた。7月の『サマー・ビリオンズ・カップ』に顔を出して600万ドルの優勝賞金をかっさらい、8月の初めになると、ユーザー総数3万人の中、獲得賞金額ランキング2位に輝いていた。うさぎ強盗は我々賭博師にとって、同じテーブルにつくことを煙たがられる嫌われ者だった。でも、それと同時に、ポーカー愛好家たちの尊敬の眼差しを一身に受ける、カジノの王様だったんだ」


――2014年8月25日

――『ジャック・ピストルズ』運営委員曰く

「アカウントネーム『うさぎ強盗』のを確認しました。彼のアカウントは凍結されます」


――2014年8月29日

――ポーカー愛好家のSE曰く

「ラビットは誰よりもテキサス・ホールデムを愛した賭博師だ。しかし賭博師でありながら、誰よりも運に身を任せたゲームを嫌った。

 ラビットはジャック・ピストルズにたむろする連中の戦歴を観察し、彼らのテルを徹底的に分析してデータ化し、頭の中で確率論理を組み立て上げ、慎重かつ繊細に最善手をはじきだした。理論が指し示す道を彼は駆け抜け、一時的に飛ばされるギリギリまでチップがすり減ろうと迷わなかった。彼は神に愛された賭博師だが、恵まれたのは運ではなく圧倒的な才能だったと言えるだろう。

 そして、だからこそ、ラビットは惜しすぎるのだ。彼がを理由に追い出されるなんて、一体誰に予想ができた?」


――2014年8月29日

――ポーカー愛好家の大学生曰く

「……甘い考えだってのは自覚してる。友達にも『お前の脳ミソはお花畑で蜂蜜に浸かって蛆が湧いたのかい?』ってレトリックさえ感じるレベルに罵られた。それでも俺は、カジノの対応はこくすぎると思うんだ。だって、うさぎ強盗はズルやイカサマでチップを増やしたわけじゃない。あいつは、? ……そりゃもちろん俺だって、あいつがある意味ずっと不正してたってことは認めるよ? ……だけどさあ……」


――2014年9月1日

――某ギャンブル雑誌編集者曰く

「ラビットは、『ジャック・ピストルズ』に所属する誰よりも努力家だった。

『あのプレイヤーがコンテニュエーションベットをした確率は何パーセントか?

 レイズしてリスティールする確率は?

 かつてどんな状況下でセミブラフをした?

 あのプレイヤーはどんなときにスクイーズを仕掛ける? その成功率は?

 画面越しに垣間見えるテルはなかったか?』

 そうした敵のデータを頭の中に叩き込み、あらゆる理論と照合しながら相手のハンドレンジ狭めていく。そう、彼はいつだって、0.1パーセントでも勝率の高い選択肢を貪欲に求めていた。ラビットのそうしたプレイは、データ分析と確率理論と心理学による調和ハーモニーが織りなす完全無欠の数式であり、ある種の幾何学的な美の極致だったのさ。彼の戦歴は私にとって、アルハンブラのアラベスクの何千倍も美しかった」


――2014年9月1日

――「新華中文」社長(電脳カジノ『ジャック・ピストルズ』の運営元)曰く

「我々はなんとしても、うさぎ強盗のチップを没収します。当然でしょう? 彼は不正を働いたのですから。それにこの世の摂理として、が、あんな大金を持つことは許されない。そうでしょう?」


――2014年9月1日

――ポーカー愛好家のネイリスト曰く

「あたしは彼に飛ばされたせいで5000ドル損したけど、それでも、彼を憎むことはできなかった。彼は誰よりもポーカーに対して誠実だったもの。ゲームのあと、礼儀正しく相手の戦略を讃え、心の中で握手をしながら『また戦おう』と笑ってる……画面越しでも、そういう人だって、ちゃんと伝わってきたわ……顔の見えないオンライン上なのに、それもお金が絡んだ世界で、そういう人がいるなんて、信じられないでしょ? でも、本当に、彼はみんなに愛されてた。

 彼のを聞かされたときは、心臓が飛び上がるんじゃないかってほど驚いたけど……あんなの、もの……」


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電脳カジノ『ジャック・ピストルズ』におけるうさぎ強盗のデータ

(2014年8月25日14 時のもの)

Handle Name = “null"

Game = “---------------"

Bet Limit = “---------------"

TableName = “--------------"

Ranking= “----------------"

Cash Type = “----------------"

Chips= “0"


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Q――うさぎ強盗に何があったの?


――2014年8月25日

――ニュースサイト「GGN」記者曰く

「8月25日、『ヘイルムダルム』と名乗るクラッカーが、ジャック・ピストルズに対しサイバー攻撃を仕掛けた。彼は11名のクラッカーに自作のウィルスを提供してサイトを襲撃させ、ラビットのIDとパスワードを盗んでログインデータを洗い出し、逆探知をかけ経由サーバーやIPアドレスを割り出した。そして彼らは、にたどり着いた」


――2014年8月30日

――ジャック・ピストルズ運営委員曰く

「例のクラッキング事件をきっかけに、うさぎ強盗の素性が明らかになりました。彼が本来、ジャック・ピストルズにだと判明したのです。我々は彼のアカウントを凍結させ、チップを没収しようとしました……しかし……」


――2014年8月29日

――フリーランスのライター曰く

「うさぎ強盗は、驚くべきことに、自分を襲撃したクラッカーの親玉、ヘイルムダルムを味方につけた。そいつのウィルスを借りてカジノのシステムに侵入し、凍結されたアカウントを強引に復活させ、1400万ドルに及ぶチップを根こそぎ盗み出したのさ。

 うさぎ強盗のチップはサイト指定の口座で換金され、小分けにされて30を超える個人口座にバラバラに送金され、世界各国を飛び交った。例えば最初の50万ドルは、オスロ・上海・ストックホルム・パリ・カラカス・ベルリン・東京・ケープタウン・ニューヨーク・バンコクを経由して、そこからさらに地球を二周して、最後にはロンドンで引き下ろされたらしい。追いつけるわけねえだろ、そんなもん。結局ジャック・ピストルズが回収できたのは、たったの80万ドルだったよ」


――2014年8月30日

――ハッカー「ヘイルムダルム」曰く

「ラビットは僕の手下の一人に逆ハックをしかけ、僕らの会議室IRCに侵入し、僕に直談判をもちかけたのさ。そこで僕らは言葉を交わし、無二の親友になったんだ。

 そもそも僕は、ラビットの仇敵ってわけじゃない。ライバル会社から『ジャック・ピストルズの顧客情報を盗み出し、その信用を失墜させろ』と命令された雇われハッカーでね。だから正直僕としては、誰の顧客情報でも構わなかった。ラビットを狙ったのも、特に因縁があってのことじゃない。単に有名人だったからだよ。本当に、軽い気持ちであの秘密に触れたんだ。

 でも、あいつの素性を突き止めたときはビビったよ。。そして僕は自分を恥じた。。しかし後悔先に立たず。武器クラックツールを握らせた手下が先走って、ラビットの素性を既にばら撒いちまってた。僕はあまりに申し訳なくて、ラビットに訊いたんだ。『何かできることはないか? 隠れ家を用意しようか?』ってね。でも彼は、こう答えた。

武器クラックツールを貸してくれ。ちょっと喧嘩を買ってくる』ってね」


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電脳カジノ『ジャック・ピストルズ』におけるうさぎ強盗のデータ

(2014年8月25日15時のもの)

Handle Name = “By Robber Rabbit"

Game = “(○゚ε゚○)pupupupupu"

Bet Limit = “(○゚ε゚○)pupupupu"

Table Name = “(○゚ε゚○)pupupupupu"

Ranking= “(*≧m≦)=3pu-----"

Cash Type = “|゚∀゚)ノ))))"

Chips= “GOOD BYE! Jack Pistols! Catch me if you can! HAHA!"


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Q――うさぎ強盗はどうなるの?

――2014年8月30日

――上海の暗殺仲介業者曰く

「うさぎ強盗はもう逃げられない。あたしのところに来たうさぎ強盗絡みの依頼は、もう軽く20を超えてる。表向き『ジャック・ピストルズ』の運営元はシンガポールの通信会社だが……実情はもっとブラックでね。あのサイトには上海最大手のマフィア『九龍新会』の資本が絡んでる。強者にも媚びない一方で、弱者にも容赦しない……頭のネジが外れちまった平等主義……良くも悪くも研ぎ澄まされた魂の持ち主どもさ。そして今、奴らは傘下のカジノを荒らされておかんむりさね。こうなったらもう、うさぎ強盗を消し炭にするまで止まらない」


――2014年8月30日

――上海のごろつき曰く

「日本のヤクザみたいにさ、仁義や任侠を重んじる組織なら、ラビットの処遇はだいぶ違ったんだろうね。彼はだ。……しかし、九龍新会じゃ相手が悪い。あいつらはイカれてる。鉛玉をぶちこむか爆風で吹き飛ばす以外に揉めごとの解決策を知らないまま、血風呂ブラッドバスん中にピカピカの王座を築いた連中だ。

 まったく、俺にはラビットの神経が分かんないね。俺がラビットの立場なら、即刻チップを全額返上で土下座だよ。うさぎ強盗もイカれてる。裏世界の最大勢力を敵に回し、地獄の釜底で踊るつもりだ」


――2014年9月2日

――上海の殺し屋曰く

「正直、もしこれが他人事なら、ラビットには逃げ切ってほしいと思う。だってみんなブチ切れすぎだし……もちろん、彼がアカウント作成時に不正したのは事実だし、被害額1300万ドルはちょっと馬鹿にならないけど……それでもやっぱり理屈抜きで、本来、ラビットと喧嘩することは許されないんだ。そんなの馬鹿げてる。だってほら、ラビットは……

 ……彼は

 ……あの子は

 ……まだ、たったの12歳なんだよ?」

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