虹別色内 1時35分
感動の再会後に入った家は私の知っている家じゃなかった。もうそこは家というよりかは部屋。警察が容疑者を取り調べるような部屋。机と椅子と明かり。白い部屋は明るかった。
目の前に座っている両親はもう思い残すことはないような顔をしていた。やたら嫌な予感がした。
「お父さん、これはどういうことなの。家は? 家はどこに行ったの? お母さん、何か言ってよ。ねえ」
優しく微笑んで母さんは言った。
「もう一度会えてほんとにうれしいわ。ほんとに。もう私たちは―この世にいないのだから、もう会えることはないと思ってたもの。ああ、色内元気そうで母さん嬉しいわ」
え? この世にはいない?
「色内は頑張って。頑張って戻るのよ。あなたはまだ死んでいない。まだ生きてる。病は気からって言うから、気を保って。もう、ほら泣かないで。笑う門にしか福は来ないんだから笑ってないと」
「それ、久々に聞いた」
父さんも目じりをぬぐっている。
ああ。思い出した。それとも思い出さないようにして現実から背を向けて逃げていただけかもしれない。悲劇的などうにもならないもどかしい現実が嫌で嫌いで、忌み嫌っていただけかもしれない。
五月二十五日。
私たち虹別家一家は大型観光バスに追突される事故に遭った。
高速道路の料金所に突っ込んできた大型バスに巻き込まれた。
原型を留めないほどに潰れた車からの救出はこれもまたバスが障害となって遅れた。また、バスが爆発する恐れもあるとして事態は緊張と慎重さが求められた。
結果。
母は病院に運ばれた時には既に死亡。父も病院内で後を追うように亡くなった。
私、虹別色内だけはまだ意識不明の重体でありながら一命をなんとか取り留めている。
動かない不自由な体と意識。死ぬことも生きることもできないどっちつかずの不便さ。死にたくも生きたくもないから逃げた。結論を神とか運命に任せて逃げた。
行きついた先がとんでも
「ねえ、死ぬとき苦しくなかった? 痛くなかった?」
「覚えてないわ。いつの間にか気づいたら死んでるんですもの。死んでいるのか生きているのかも分からないうちに。いまこうして色内と話していると、まだ生きてるって思えてくる」
机と椅子は気を使ってくれて消えた。親子水入らずに机椅子いらずだ。
「父さんも何か言ってよ。もう、最後なんだから」
「墓参り・・・来ないのか・・・?」
もう、こんな時にまで。もう、もう。
「いくよ。ぜったいいく。毎日欠かさないで行く」
「毎日じゃなくても、いいんだが。たまにで」
「円山墓地ならすぐ近くだからいつでも行ける。毎日行って毎日話すんだ。そうするんだ」
このメタボめ。このう、このう。
糞みたいに泥のようにナマズのように渋った。いつまで居たくていつまでも一緒だと確認していたくて離れたくなくて渋った。
私は生きて帰ることを、生きて行くことを誓って紡いだ。私が手に入れた翼は偽物なんかじゃない。本物の二枚の翼は永遠に私の背中で輝き続けて押し続けてくれる。そっと、静かに、それでいて力強く。
「帰ろう。還るために」
目指した先は遥かな空の彼方の偽物の世界。恒も私も嫌った現実じゃない世界。世界への扉はまだ空いているようだった。鍵はかかっていない。不自由に自由だ。
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