三章・19
タクシーを捕まえるのにも、運転手に行き先を告げるのにも迷いが無かった。
松衣
丘と山の中間ほどの場所に位置するそこへ車が入れるのは舗装された道路がある麓までで、その先へは縦幅の大きな石造りの階段を登っていくことになる。
かつてこの地を治めた武将が創った拠点、自らの大望への
――――つまり、まさしく、幽霊だった。
今宵、この時、この場所に。
確かに、【城】が存在していた。
「……あった」
田中は思わず声を漏らす。
いつ、どこに現れるかもわからない。
どれだけ追いかけても、近づけない。
そのように噂されていた、奇々怪々の存在が、こうもあっさりと目の前にある――目の前に今、現れた。
『おまかせください』と言った女神に、案内された先で。
その手に持っていた、懐中電灯代わりのグヤンキュレイオンを、彼女が一振りした瞬間。
【松衣の幽霊城】が、現実の元に引き摺り出された。
「女神様。どうして、ここだと?」
「幽霊城は神出鬼没――というふうに、旅館の元気な仲居さんから聞いておりました。事実、私もやはり、地球に於けるヒトや生み出されし者たちの庭である“現世”と、同じ世界に存在しながら異なる“軸”に存在し、限定的に時空間の座標を書き換えながら移動する幽霊城を捕捉することは、はい、今でも出来ておりません」
「なのに、一体、」
「ですが。天使は、私の天使ですので」
「あ、」
そうだ。
最初の日に、確かに田中も聞いている。
――――女神は、その配下たる天使と、
「繋がっている。城の場所は分かるまいと。異なる軸に在ろうとも。天使の居場所ならば、私は別の世界に居ようと感じ取れますから」
言うなれば。
彼らは、現在地情報を発信し続けるマーカーを連れ帰ったようなものだ。知らずのうちに、悪手を打った。
おかげで、こうして。
自分たちは、幽霊と対面している。
「ありがとうございました。こちらお返ししますね、皇帝陛下」
縦一文字に振るった、発光する剣、グヤンキュレイオンを持ち主へと返還する。
「凄いですね、それ。流石はグヤンドランガの至宝、神様たちが創った世界のデバッグツールです。どうやら色々と安全装置が掛けられていますし、別の管轄に持ち込んだことで本来の権能は大部分未承認になっていますけど、【歪曲に対するカウンター】としての属性は健在のようなので、どうぞ取り扱いには慎重に。壊したくないものを壊してしまうのって、本当、自分でもどうかと思うぐらい落ち込みますもんね」
その、【要慎重】の危険物を先程まで日用品めいて振り回していたのは何処の神だったか――というのは野暮だろう。おそらく、ああすることで彼女は、道具の力を測り、把握していたに違いない。というか、そう思いたい。
「うん。万が一のことが起こらないように、それは仕舞っておいたほうがいいかもですね」
「ですが、」
「あ、大丈夫です」
女神が、そう言った時だ。
幽霊城の門が開き、その中奥から――
――植物を寄り合わせたような、或いは夜闇を固めたような、見るからに禍々しく得体の知れない怪物たちが、次々と湧き出てきた。
「わ、あぁっ!?」
「こいつら……!」
一般人の田中は当然ながら驚き、一方、以前は【グヤンドランガ最強の人間】だったオウルも、油断なき警戒を露わにする。
――――するのだが、
「私だけで足りますから!」
それだけだ。
それだけだった。
田中にまず感じたのは、わずか、風を切る音が聞こえたかな、という程度だけ。
反応は、遅れてきた。
左右前方百八十度、扇状に田中たちを取り囲もうとした怪物たちは一匹残らず真横に両断、後にその全身が砂粒状に砕けて消えた。
「、ぇ、」
その声が出るより早く、もう、周囲には何もいない。
それこそ――――七百年前この場所には雄大なる城が建っていたという事実より痕跡無く、現れた脅威は根こそぎ取り払われていた。
怪物たち以外、草木にも、大群の中に混じって立っていた看板にも、幽霊城自体にも、何の影響も及ぼさず。
「どうぞ安心しておまかせくださいませ! 何を隠そう私、実はちょっとだけ、こういうことは得意なのです! 昨日もこの特技を生かしまして、旅館の厨房でフライパンの焦げ付きなど取らせて頂きましたとも!」
言及したい。
色々諸々と言及したい気持ちはある。
だが今は、本来の目的を優先するべきだ。
「そうですね。複雑なことは置いておいて、今は素直に頼もしいです、女神様」
「うぇ!? え、い、いやあ、えへへ、た、確かに大口は叩きましたけど、そ、そんな、いざ面と向かって言われてしまうと、その、すごい気分になれますね!?」
「…………人間最強って、なんだろうなあ――――」
哲学的な悩みに嵌り掛けたオウルを励ましながら、一行は幽霊城へと踏み込んでいく。
謎と神秘のベールに包まれた、松衣を取り巻く不穏の中心部へと。
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