第34話 メイドな女王様は猫派?




 その夜。

いつも朝までぐっすりコースで寝入る俺が珍しく目を覚ました。

きっと昼間にレオンからミルク攻め第二弾を受けたせいだろう。


 良い飲みっぷりだとか言葉巧みにおだてられて、ついつい飲みすぎてしまった。

俺って単純かもしれない。



「う~、トイレ、トイレ……」


 するりとベッドから降りて、部屋を抜け出す。

体感だと、今は真夜中。

草木も眠る丑三つ時というやつだ。


 そんな時間だというのに真っ暗闇でないのは、窓から洩れ入る月明かりのお陰だ。

今夜の月は丸くて明るい。


 月を見ると団子が食べたくなるのは俺だけだろうか?

そういえば、満月の夜にウサギが餅つきしているなんて話があったっけ。


 ……と、今はウサギやら餅やらについて考えている場合じゃなかったな。


 感傷に浸るのもそこそこに俺は目的地へと足早に向かった。



*****


 無事用を足した俺は妙な達成感を覚えながら、もと来た廊下を戻った。


 それは俺がちょうど自分の部屋の前まで戻り、欠伸あくびをしながら扉を押し開こうと手を掛けた時だった。


 キラッと何か光った気がして手を止める。

手元を見れば、どこからか細く射し込んだ光が扉を照らしている。

どうやらさっきのは、その光を何かが反射したようだ。


 この光はどこから?


 好奇心が頭をもたげる。

不思議な事にあれだけ自己主張を繰り返していた眠気が、さっと引いていった。


 くるりと身体の向きを変える。

光を辿ると近くの部屋から灯りが洩れているのに気付いた。

こんな時間に何だろう?

さっきは全然気付かなかった。


 近付いてみると扉が何かに引っ掛かって細く開いているのがわかる。

どうしよう、覗いてみたいけれどいいのだろうか?

こっそり覗き見はしてみたいが、何となく悪い事をしているような気分になる。

でも見たい。

ちょうど覗き込み易いように空いている扉の隙間は魔の誘惑だった。


 ちょっとだけ。

数秒の逡巡しゅんじゅんの後にそう自分に言い聞かせながら、結局出歯亀をする事になったのは当然だろう。

 時折聞こえてくる激しい物音に身体をビクつかせながらも、そろりと扉の隙間に目を充あてがった。



「さあ、キリキリ白状なさいませ」


 ピシャリと言い放ったのは意外な人物だった。

扉の向こうでは父上か母上が何か急な仕事でもなさっているのだろうと思っていた。

だが実際は意外な人物――カーヤさんがおっかない道具を手に三人の縛り上げられた男と対峙している。


「お早めに白状なさった方が身の為ですわよ?」


 カーヤさんが腕を降り下ろすのに合わせて、ビュッと空気を切り裂くような音と、びしりと床を打ち据える音がする。

おっかない武器、鞭が間近で一閃する様子に縛り上げられた男たちは色めき立った。


 一応確認しておこう。

これは俗にSMプレイと呼ばれるアブノーマルなあれでは無いよな?

カーヤさんが女王様とかじゃないよな?


 その手の黒光りする鞭はどこから持ってきたのだろうか?

たまたま手にしていた乗馬用の鞭を咄嗟に振り回しているにしては、随分と扱い馴れているように見える。


 乗馬用してはちょっと長過ぎるか。

彼女が持っているのは俺の身長と同じか、少し大きいくらいだ。

そもそも、乗馬用だったとしてもカーヤさんがこんな時間に持っているのは不自然だけれど。

彼女はうまや番じゃない。


 エプロンドレスに首にはチョーカー、黒いボブカットの頭にはヘッドドレス、そして右手には鞭。

どう考えても、鞭が異分子だ。

途中まで完璧なメイドさんルックなのにな。

使用人の格好で女王様ってなんて、どんな皮肉だよ?



「すっ、すみませんでしたっ! でも言い出しっぺはコイツです!」

「お前、汚いぞ! 全部俺のせいにするつもりか!? つ、つい出来心で、花瓶の一つでも拝借して酒代にしようと思ったんです!」

「馬鹿! 馬鹿正直に全部喋っちまってどうすんだよ!」

「仕方無いだろ! 二回も馬鹿って言うな!」


 カーヤさんに恐れをなした男三人は仲間割れしながら、自分達からベラベラと喋り始めた。

どうやら物取りの犯行らしい。


 縛られたままの男三人が仁義泣き舌戦を繰り広げている光景は実に醜かった。

……だけど何だか面白い。

クスッと笑い声を立ててしまいそうになるのを何とか堪える。

漫才でも見ているかのようだ。



「お前がこんなアブナイ家に忍び込もうなんて言うから悪いんだろ」

「なにー? もとはといえばお前が飲みに行こうって言ったせいだろう」

「こんな、入った瞬間転位させられた挙げ句、メイド姿の鬼畜女がいるような、アブナイ家だと知ってたら誰が入るか!」



 ――ビシリッ。


「お黙りなさい」


 なおを続くと思われた舌戦は再度鞭を振るったカーヤさんによって唐突に終わりを告げた。

カーヤさんの一人勝ちである。


 鞭の宙を切り裂くような音に男達が震え上がる。

当てていないにもかかわらず、だ。

傍観しているだけの俺ですら、思わず背筋を伸ばした。



「先程から黙って聞いていれば何ですか。こんな家、こんな家とここがシックザール侯爵家と知っての狼藉ですか? 私の事は幾らけなして頂いても構いませんが、侯爵家をおとしめる事は許しません」


 ピシャリと突き放すというのはこの事をいうのだろう。

カーヤさんはとても冷静に怒っていた。

仕える家を悪く言われるのが、我慢ならないらしい。

彼女もまた、シックザール家を好いてくれているようだ。



「おい、聞いたか今の……」

「あのシックザール侯爵のお屋敷だと!?」

「あれだろ、そこら辺の要塞よりも堅牢な守りだって噂の!」

「それじゃあ俺達は自分で怪物の腹ん中に飛び込んだって事か!? 夜な夜な徘徊してるって噂の五つ首の番犬に俺達は喰われちまうのか?」

「もう終わりだ……」

「酒に酔ったばっかりに……」



 男達の顔がみるみるうちに青褪めていく。

我が家が酷い言われ様だ。


 城よりも堅牢って、この家はシェルターか何かだろうか?

複数の頭を持つ犬が番をしているという意味ではイメージは地獄なのか?


 三頭犬ケルベロスはこの世界には普通にいるけれど、五つ首は聞いた事が無いぞ。

ちょっと見てみたいかも。

頭が五つもあって重くないのだろうか?


 黒い噂なら俺も知っている。

曰く、忍び込んだ賊が転位魔法で砂漠に飛ばされて、行方知れずになったとか、有事の際は外壁から侵入者を感知して自動で高出力の火魔法が飛び出すとか。

でもそれらがどこまで本当か判らない。

ここで暮らしていても、好き勝手にうろついても何のトラップも作動したところを見た事が無いのだから。



「貴方達のようなごろつきがこのお屋敷に忍び込もうなんて、百万年早いですわ。さあ、観念なさい」


 高飛車に叫んだカーヤさんが、具合を確かめるように鞭をしならせる。


「ひぃっ!」

「お助け~!」

「神よ、憐れみたまえ……」


 ごろつきは目の前の女王様なメイドと神に赦しを乞うた。

大の大人の男が何だか見ていて可哀想だ。


 飛び出すか、このままここで見ているか、立ち去るか。

不思議と迷いは無かった。



「……カーヤさん」

「アルト様」


 声を掛けるとカーヤさんは鞭を背に隠しながら、振り向いた。


「どうされたのですか?」

「目が覚めちゃって……。眠れないんだ」

「まあ、それは大変ですわね」

「うん、だから久しぶりにカーヤさんにご本を読んで欲しいんだけど」



 探るように俺を見つめていた瞳孔が瞬いた。

いつもならすぐに畏まりましたと言って頷いてくれるカーヤさんが、俯く。


 子供好きだけど強かな面もある。

俺のカーヤさんに対する認識はその程度だったけれど、改める必要がありそうだ。

どうやら職業意識が高くて、頑固な面もあるらしい。



「この人たちは?」


 さも今気が付いたというように目を向ける。

ごろつきは三人とも失神していた。


 俺は甘いのかもしれない。

だけど今回は未遂だし、もう十分だよね?


 カーヤさんは俺の視線を辿って、左右に首を振った。


「何でもありませんわ。道に迷われていたので、教えて差し上げていただけです」

「そっか。じゃあもう十分だろうから夜も遅いし、朝までここで休んでもらいなよ」

「……そうですわね」


 含みのある俺の発言を彼女がどう捉えたのか正確なところは判らないが、ややあってカーヤさんは頷いてくれた。


「じゃあ行こ」


 読み聞かせが楽しみで仕方無い子供のように振る舞いながら、急かすようにカーヤさんの手を引いた。




「そういえばカーヤさん?」

「何でしょうか?」


 自分のベッドの上に横になりながら、重要な事を聞き忘れていたのを思い出し、訊ねた。


 部屋を空けていたのはほんの少しの間だと思っていたけれど、案外時間が経っていたらしい。

シーツがすっかり冷たくなっている。


 俺に布団を掛けてくれながら、カーヤさんは聞き返した。



「五つ首の犬って本当にいるの?」


 そう言うとカーヤさんは黙り込んでしまった。


 だって、俺は好きなんだ。

動物が、ファンタジーな生き物たちが!


 やがて月が雲に隠れた瞬間、暗闇に小さな笑い声が響いた。



「さあ、どうでしょう? 寡聞にして存じ上げませんが、犬の首が三つだろうと、五つだろうと犬は犬ですわ。……因みに、私は犬より猫の方が可愛らしくて好きですわ」



 カーヤさんは犬より猫派だった。

新たに判明した事実を脳裏に刻みつつ、俺は急激に襲い来る睡魔に身を委ねるのだった。


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