月華輪舞~鬼と獣は月に舞う~

@kanaha_otoemonn

第1話

 頭上からウグイスの鳴き声が聞こえた。

〝ホーホケッ!ホーホケッ…〟 と、なんとももどかしい鳴き方をしている。つられるように目線を上げると、そこには一面の春がひろがっていた。これから始まる学園生活に思いを馳せながら、新品のママチャリで川沿いの桜並木を駆け抜ける。

 

 眼前に広がる神峰学園の校門をくぐり、言われていた通りに職員室まで行く。挨拶しようと扉を開けると、見慣れた女性が奥から出てきた。気さくに話しかけられる……って、姉さん?


「おう、おはよう冬夜とうや。」


「え…姉さん、どうしてココに?」


 それは、僕の担当研究員の1人の藤城ふじしろさきだった。

 姉さん、と呼んでいるが実際は血が繋がっていない。しかし便宜上、名字は姉さんと同じだ…つまり僕は藤城冬夜ふじしろとうやという名前で登録されている。


「どうして、ってそれは冬夜のクラスの担任だからに決まってるだろ。」


「そ、そんな…!」


「喜べ、こんな美しい女性が担任のクラスなんてそうはないぞ。」


胸を突き出して、勝ち誇った様に笑う。


「自分で言うか…」


 確かに、彼女は美しかった。

 軽く巻いたダークブラウンの髪が、大人の雰囲気を醸し出している。

 スタイルだっていいことも否定はできない。

 しかしながら、十年近くも一緒にいた、身内の様な人が学校という空間に入り込んでいるのは、どこかこそばゆい。


「まぁ、あれだ。折角の学園生活、私達が奪っちゃ った分まで楽しんできな。」


  「うん。」

 

 少しだけ辛そうな声だった。

 脳裏に研究機関の、まるで独房のような個室が思い出される。そこは政府直属の、極秘組織だった。

 身寄りのない子供達を集めて、何のためかは知らないが、能力開発を行っていたのだ。

 物心がついてからほぼ毎日、手術されたり、クスリ漬けにされたりしてきた。

 姉さんはその事をよく謝るけど、でも、僕は寧ろ感謝しているくらいなんだ。

 研究所で人間性を教えてくれたのは、姉さんだけだったから。

 実際、この学校に来れたのだって、何らかの目的があるに違いないんだけど、それでも精一杯楽しみたかった。

 


「…さぁ気持ち切り替えていくぞ!あ、私のことは藤 城先生って呼べよ!」


 転入する2年3組まで来ると、にわかに騒がしいざわめきがクラスから聴こえてきた。

 会話の端々に、転校生とか男、という言葉がでてくるのに気付き少しばかり緊張してきた。

 不安になりながらも、先に教室に入って挨拶を終えていた姉さ…藤城先生に呼ばれて、扉をくぐる。

 クラスのざわめきが最高潮に達し、普通の人でも聴こえる程度の声で、転校生の評価、もとい品定めを始めたので思わず赤くなってしまう。

 この銀髪は、受け入れてもらえるのだろうか……

 聴いている限りだと驚きの中にもどこか好意的な声が多くて、心に安堵あんどが拡がる。

 ただ、廊下側の後ろに座っていた女の子と隣の子がカワイイ、と言っていたのに対しては素直に喜べなかったが…

 最低限の自己紹介を済ませて空いている席に座ると、隣の女の子が向日葵みたいな笑顔で


「よろしく!藤城ふじしろくん、私は結崎ゆいさき彩夏あやかです。皆はアヤって呼ぶよ!因みにこのクラスの学級委員だから分からないことがあったらドシドシ質問してね!」


 と言われたので、多少たじろきつつも


「よろしく…アヤって呼んでいいのかな。あぁ僕も下の名前でいいよ。」


 と返す。


「もちろん!じゃあ冬夜君、早速質問はありますか?」

 よく見るとショートカットが良く似合う、整った顔立ちをしていて少し日に焼けていた。

 少し変わった香水をつけているのだろうか、どこか薄ぼんやりとした柑橘系の匂いがする。


「そ、そんなに見つめないで~!」


 と言われて、少しの間見蕩れたようになってしまったのに気づく。

 時々目に入って来る情報が多すぎて惚けてしまうことがあるのだ。

 あわてて謝ると笑いながら許してくれた。

 思い出したようにチャイムが鳴って授業が始まる。

 授業はあらかじめ終えていた範囲だったが、ノートをとる、という経験が新鮮で、理路整然と並べられた図や字の羅列られつを写していった。

 同時に、教室の人間観察にいそしむ。


 ふと窓際に座っている髪の長い、凛とした佇まいの少女に目を奪われた。

 少女は一見して人外の美しさを持っていた。

 ただ、どちらかと言うならばその美しい外見よりも、その少女がまとったある種、独特な雰囲気に惹かれた。

 孤独が香りで漂ってくるようで…いや、気のせいだろうか…獣や血の匂いも混じっているような気がする。

 おそらく気のせいだろうと思い直して他の場所に目を移すと、チャイムが鳴ってしまう。

 かなりの時間、目を奪われてしまったようで隣の学級委員にはしっかりバレていた。

 休み時間になってコソッと耳打ちされる。


「あの子は大神結衣おおがみゆいちゃんだよ。美人さんだよね~!」


 考えていたコトを指摘され、たじろいてしまう。


「う、うん…なんと言うか、不思議な雰囲気の人だね。」


「確かにそうだね!容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能の代名詞みたいな人なのに、人が寄り付かないのはそれが原因かも。」


「なるほど…」


 確かに、人を殺してそうな、と言うのは大袈裟かも知れないが、そんな雰囲気にも見える。


「でも、成績優秀なんだ。」


「全国模試も校内テストはいつもトップクラス!」


 その二つが同列なのは、同じくらい難しいということだろうか。

 ここは全国でも有数の私立高校だ。


「すごいな…やっぱり難しいんだよね?」


「難しいよー、あ、難しいといえば冬夜君編入組なんだよね!」


「あぁ、そうだよ。」


「スゴイなー!問題見てみたけど、大学でやる勉強の内容が普通に出てくるし…」


 その時、前の席に座っていたポニーテールの女子が身を乗り出してきた。


「そーだよねー!私も遊びで過去問とといてみたんだけど、難しくて英語しか歯が立たなかった。あ、私はバレー部の手塚てづか 美代みよっていうの、よろしく!」


 何だかんだ周りのクラスメイトも、話しかけたくてうずうずしていたのだ。その手塚という女子をかわぎりに、次々と話しかけてきた。


「あ、私は土井どい さくらだよ!ねぇ!冬夜君てさ、転校する前はどこに住んでの?」


 どうやら手塚と友達らしい、茶髪の女子が尋ねてきた。


「うーん、隣の県の山奥かな…」


 応答に困ってしまう質問だった。住んでいると言えば、そうだが、実際は研究所で軟禁されていたからだ。


「へー!まさかあのスキー場の辺り?」


「う、うん、そうだよ。」


「お、オレあそこよく滑りに行くんだー!藤城は滑ったことあるの?」


 と少しやんちゃそうな顔をした男子が割り込んでくる。


「あ、いや滑ったことは無いんだ。」


「そっかー、残念だな…スキー友達ができたと思ったのに…あ、オレは瀬田せだあゆむ、サッカー部なんだ!」


「そうなんだ。スキーか…今度機会があったらやってみるよ。」


「おう…」


 ふと、沈黙がおりる、すぐに原因は思い当たった。この髪だ。

 皆、何となく触れてはいけないような心情になっていたのかもしれない。

 余計な気を使わせたくはなかったので、先手をとって説明する。


「あぁ、この髪は…実は特殊な病気を治す為の薬の副作用なんだ。あ、でもその病気は治ったから心配しないで。」


実際は、薬の副作用でも何でもないのだが、詳しく説明するのは煩わしかったので誤魔化ごまかした。

  予想通り、周りには少し安堵の空気が漂う。


「あ、そうなんだ。でもその髪キレイだね!」


  と茶髪の土井がフォローの様に褒めた。

 

  ふと、視線を輪の外にやると、大神おおがみはポツンと窓際に座っていた。


「何、アイツが気になる?」


 冷やかすような、蔑むような声が輪の中から上がった。


「アイツは辞めといた方がいいよ。」


 と別の方からも声が挙がる。さっきのアヤの話か、と思ったが、少し違和感を感じて尋ねてみる。


「どうして?」


「いやな、アイツまじでいい噂聞かないっつーか…」


「前、血だらけのアイツを夜の街で見たってヤツがいたぞ。」


「いや、流石にあれは都市伝説だっつーの!」


 はしゃいで言った男子をサッカー部の瀬田せだがたしなめる。


「まあ、美人だから目を惹かれるのも分かるけど、あいつに関わる時は気をつけろよ、ってことだ。」


「そうなんだ。」


  相づちを打ちながらアヤに目を向けると、苦笑いの様な表情をしていた。


  その時、会話の流れをバッサリと切るチャイムが鳴り響いた。

 席に散り散りに戻っていくクラスメイト達。

  隣の席のアヤがコソっと耳打ちする。


「放課後空いてるなら学校案内するよ。」


  先生が入ってきたので目線だけで頷く。少しだけ嬉しそうな顔ではにかんだ。

  相変わらず授業は簡単なものばかりだったが、人間観察をしたり、ノートをとってみたりしているとあっという間に時間が過ぎていった。

  さっき話しかけてこなかった人も、目が合うと笑ってくれたり、手を振ってくれたりしてくれた。

  案外、社交的な雰囲気のクラスなのかもしれない。



 ※※※※※※※※※※


 

「冬夜のクラスの担任か…」

  朝、少しずつ慣れてきた職員室に入る。

 数年前までは、生徒として入っていた職員室に先生として来ることになろうとは、自分も歳をとったな、なんて考えてしまう。

  私が学生の頃、暇つぶし程度に柄でもない教師の免許なんてものを取っといたことが、こんなところで役に立つとは、人生本当に何があるのか分からない。

  思えば、今の研究施設に引き抜かれたのは大学を卒業してすぐだった。

 

  私が研究所で冬夜に出会ったのは、彼が10歳の時だった。

  若き日の私は冬夜を一目見て思ってしまった。

  どうしてこの子の目は、こんなにも澄んでいるのだろう。

  お世辞でも、住み心地や処遇が良いとは言えないこの研究所で、こんな目をしている子には初めて出会ったのだった。

  今だから言えることだが、それは彼の本来の強さがそうさせているのかもしれない。

  その日から、時間を見つけては彼と話すようになった。

  もしかしたら贖罪をしているような気分になっていたのかもしれない。

  最初は心を閉ざしていた冬夜も徐々に心を開いてきて、それがその時は無性に嬉しかったんだった…

  もう刻々と大人になってきて少し淋しいような……なんて思っていると、当の本人が職員室に来た。


「おう、おはよう冬夜!」


  と話しかける。案の定、冬夜は驚いた表情を浮かべていて、内心嬉しくなる。

  それが、人間らしい表情だったからだ。

  少し冗談めかした会話をしていると、冬夜の複雑な表情に言葉が一瞬止まる。

  自然と言葉が出ていた。


「まぁ、あれだ。折角の学園生活、私達が奪っちゃ った分まで楽しんできな。」


 きっと冬夜のことだ、そんな事は思っていないだろう。

 でも、言わずにはいられなかった。


  「うん。」


  そう頷く冬夜を見ていたら、お前を監視するのを許してよ、という言葉は心の中に沈んでしまった。


「…さぁ気持ち切り替えていくぞ!あ、私のことは藤城先生って呼べよ。」


  今日から研究者は一旦引退だ、先生として冬夜が少しでも楽しい学校生活を送れるようにする。そう心に決めて教室へ向かった。


  放課後、冬夜のクラスがある校舎の屋上で黄昏色に染まる空を見ながら物思いにふける。


  ふと、向かいの校舎に走っていく冬夜が見えた。

  目で追っていくと、向かいの校舎の屋上にいる人影に突き当たる。


  なるほど…そうやって、自分の選択をするのね。

 

  今回の学校の件は、お上の思惑あってのことに違いない。

  それでも冬夜は、簡単には駒にならない気がした。

  少しだけ彼が誇らしくなる。

 

  こうして子供は独り立ちしてくのかな…なんて、淋しいような嬉しいような気持ちになってしまうのは、昔より心が弱くなってしまったせいに違いない。



 ※※※※※※※※※※



  帰りのホームルームが終わると、各々おのおのの部活に散ってゆく。

  約束通り、彩夏と学校巡りに出掛けた。


  この学校は名門私立進学校だけあって、広大な敷地やぜいの限りを尽くした図書館、温水プールに加え、第四体育館まであった。


「…それにしても、編入試験よく合格できたね!難しいので有名なのに。」


  彩夏は、クルリとターンをてこちらを向いた。


「たまたまだよ、試験難しすぎて落ちたかと思ったし。」


 実際、ここの試験は難易度が高くて大学でやるような問題ばかりだった。

 しかし、自分の身体をいじられていた研究施設の中で暇を待て余していた僕に、姉さんは学校の勉強を教えてくれた。

 研究施設には俗に天才といわれる人たちの巣窟そうくつだったので、必死に話についていくために勉強し、学力が上がりすぎていた、というのは後から気付いたことである。



  ふと、ある光景に目を奪われる。

  今でも思うのだが、どうしてこの時、目に入ってしまったのか…

  恐らく偶然だったような気がする。

  たまたま飛んできた羽虫に目を取られて、誘われるように視線が向かったとか、そんなことかもしれない。

 視線の先には、百mほど離れて建てられていた校舎の屋上でたたずんでいる、大神結衣がいた。

 その瞬間、常人の視力を遥かに超える僕の目はしっかりと捉えてしまったのだ。

 こちらを見つめる少女と、その頭に載った二つの大きな耳が…


「……え?」


  一瞬、目の錯覚かと思ってしまったが間違いない。

  耳は銀色の無骨なヘッドホンが余計に耳を際立たせているし、目線もしっかりあっていた。

  その証拠に、驚いた表情を浮かべて慌てて耳を引っ込めた。


「どうかしたの?」


  と不思議そうな顔で彩夏に尋ねられたので、慌てて


「な、何でもないよ」


 と応える。

 上手くとりつくれなかったのだろう、不審そうに見られるが


「あ、今日は案内してくれてどうもありがとう!この後、少し先生の所に寄るから…本当にありがとう!」


  と言ってお茶をにごした罪悪感にさいなまれながら彩夏と別れた。


  この時は何故かあの子に会わなきゃ、っていう衝動に襲われていた。

  今思えば、それはむしろ必然だったのかもしれないけれど…

  でも、この時何もしていなければ、あんな事に巻き込まれることなんてなかったはずなんだ。


 とにかく、この瞬間だった。特殊な体質を隠して送ろうとしていた、平穏無事な学校生活が崩れ去ったのは……。


 

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