第十一章・血を分けし者
第三十二話・産みの親
翌日、正午前にトゥルフとアルザの見舞いのために部屋を訪れたリウィアス。
「──あ、お姉ちゃん、お兄ちゃんっ!」
「ふふ、おはようライラ」
姿を認めたライラが顔を輝かせる。
飛び付いて来たその小さな身体を笑んで受け止めたリウィアスが抱き上げようとしたところ、共に見舞いに訪れていたレセナートが
「おはよう、ライラ。おいで」
レセナートが手を広げると、素直なライラは疑いもせずにそこに飛び込む。
その身体を軽々と抱き上げ、腕に座らせるようにして抱えると、リウィアスの腰を抱き共にトゥルフらのいる方へと足を進めた。
「おはようございます殿下、リウィアス。ご機嫌麗しく」
「おはようございますトゥルフ様」
「おはようございますトゥルフ殿。──怪我の具合は如何ですか?」
椅子から立ち上がり頭を下げるトゥルフに、リウィアスは顔を綻ばせ、レセナートは声を掛ける。
「全く問題なく。痛みも然程なく、縫いはしましたが指も自由に動きますし、幸い利き腕は無事ですので生活にも支障はないかと」
包帯を巻かれた左腕を摩りながら、トゥルフは笑みを浮かべる。
「それは良かった。──アルザ、よく頑張ったな。リウィアスから話は聞いた」
治療に当たった医師から説明を受けていたとはいえ、本人の口からそれを聞き、安堵したように頬を緩めたレセナートは、ルイスと共に傍に立つアルザに視線を移した。
アルザの頬には綿布を当てる程ではない極々浅い切り傷があり、腕には数カ所包帯が巻かれていて、必死に護ろうとした証が見え隠れする。
「……そうでもない」
そんなアルザは無愛想に言いながらも何処か照れ臭そうで、ライラ以外の皆は目を細めた。
「そちらは滞りなく?」
トゥルフは真っ直ぐにレセナートを見据えた。
その言葉は、ロバリアとの一件を指す。
レセナートは頷いた。
「ええ。リウィアスが頑張ってくれました」
「そうですか。それは喜ばしい事で」
公には出来ない事柄。
ロバリアがセイマティネスに剣を向けた事実は
「遅れましたが、──殿下。ご婚約おめでとうございます。リウィアス、おめでとう」
大切な人からの祝辞に、リウィアスとレセナートは目を細くする。
「「ありがとうございます」」
「おめでとう」
「おめでとうリウィアス。殿下」
ほんの僅か不本意そうではあるが、ルイスとアルザからも祝いの言葉が贈られ、ますます二人は頬を緩めた。
「「ありがとう」」
「おめでとう?」
皆が言うからか、正確に理解しているか怪しいライラからも祝いの言葉が発せられた。
「ありがとう、ライラ」
「ありがとうな」
二人に礼を言われたライラはレセナートに抱かれたまま、にこにこと破顔した。
と、そこへ室外で番をしていた騎士の一人が扉を叩いて入室する。
「殿下、リウィアス様」
「どうした」
控え目に声を掛ける騎士にレセナートは顔を向けた。
「シャルダン公爵御家族がお見えになり、司教様にお会いしたいと」
レセナートとトゥルフは
「叔父上がいらっしゃっているのか?」
「はい」
騎士が頷くと、レセナートはトゥルフを振り返った。
「──如何しますか」
「私は構いませんが、……このままで失礼ではないでしょうか」
トゥルフは世話になっている身。何の持て成しも出来ない。
「あちらから訪ねて来られたので、問題はないでしょう」
向こうとて、先触も寄越さずに来たのだ。そういったものは求めていないはず。
「では」
トゥルフが頷いたのを見て、騎士が扉に向かう。
「……俺達はどうすれば」
アルザとルイスが困惑を隠せずに、顔を見合わせる。
アルフェルトらはトゥルフに会いに来た。
皇太子であるレセナートと養女であるリウィアスが同席する事に問題はないだろうが、自分達はそうではない。
ここは退室すべきなのだろうが、しかし此処は王城。勝手な行動は取れない。
「──みんなは私の傍に」
リウィアス一言で、彼らのいる場所が決まった。
リウィアスの傍に寄り、レセナートが降ろしたライラとルイスが手を繋いだところで公爵らが部屋に姿を現した。
「──ぁ!」
部屋に入るなりリウィアスの姿を認めたシモンは目を輝かせる。
それとは対照的に、その視界にリウィアスを捉えたアルフェルトとミレイアは戸惑いや躊躇いの様子を見せた。
けれどもまずは挨拶、と頭を下げる。
「──陛下、リウィアス、ご機嫌麗しく。──司教殿、先触も寄越さずに突然押し掛ける形になり申し訳ない」
「いえ、お気になさらず。──どうぞ、お座り下さい」
トゥルフは
リウィアスやレセナート、アルザ達も腰を下ろしたところでアルフェルトの求めに応じて、部屋の隅に控えていた侍女や騎士が退室する。
「それで、どのようなご用件でしょうか?」
「それは……」
ちらり、と夫妻はリウィアスを気にするように眼球を動かした。
「私が同席しては都合が悪い事が?」
「そんな事は……」
暗に聞かれてまずい事ならば話す必要はないと。アルフェルトは慌てて
「──リウィアスが司教殿の養子となられた状況と経緯を詳しく伺いたく……」
困惑がその場を満たした。
シモンも質問の内容は知らなかったのか、驚き
「……」
トゥルフはちらりと横目でリウィアスを見遣り、それに応えるようにリウィアスは小さく頷く。
本人の了承を得て、アルフェルトらに視線を戻したトゥルフは口を開いた。
「──承知しました。ご説明致しましょう」
トゥルフはリウィアスと出逢った時の事を思い出しながら順を追って話して聞かせた。
深夜に叩かれた扉。小さな赤児。冷え切った身体。
唯一持たされた、白く紋様が入れられた紅玉の首飾り。
それから養女に迎えるまでの日々を──。
「っ、……やっぱり……」
ミレイアは呟いたかと思うと、涙をぽろぽろと流した。
「──どういう事です?」
レセナートが微かに眉根を寄せて尋ねるが、しかしミレイアは涙を流すばかりで答えられず、アルフェルトも胸につかえたような様子で口を噤んでいた。
「──それは、お二人が私を産んだからよ」
答えたのは淡々とした様子のリウィアスだった。
「「……え?」」
困惑した声が上がる。
嘆息したリウィアスは、二人に顔を向けた。
「そうですね?」
「、……どうして……」
問われたアルフェルトとミレイアは、動揺を露わにする。
一方のリウィアスにはその色は一切見えず、やはり淡々とした様子で口を開いた。
「──初めにそうではないかと思ったのは、縁組を結ぶためにお会いした際、お二人がこれをご覧になり明らかに動揺なさっていたからです」
そう言って、服の内側に隠れていた紅玉の首飾りを取り出す。
「……確信したのは先程ですが」
真っ直ぐ二人に目を向けたリウィアスは、再び問う。
「──トゥルフ様に私の事を訊き、確信した上で名乗りを上げようとお思いになられたのですね?」
「……そう、です」
答えが分かっているであろうその問い掛けに、アルフェルトは躊躇いがちに頷いた。
「……叔父上、何故今なのですか?」
訊ねたレセナートは、隣に座るリウィアスの腰に腕を廻し、二人から護ろうとするかのようにその瞳に警戒の色を宿らせた。
──養子縁組を結んでから、一ヶ月近く。
皇太子の婚約者の親となり、多忙を極めていたのは分かるが、何故今、名乗り出ようと思ったのか。
それに答えたのは、未だに涙を流すミレイアだった。
「……今更、とも思いました。親だと名乗り出ても、迷惑になるだけだろうとも。養子縁組で親子となれただけで、満足しよう、とも思っていました」
ならば何故、と思うのは、レセナートだけではなかった。
「ですが、……っ、ですが、リウィアスとほとんど会う事が叶わず、交わす言葉も、周りの者達を意識してのものばかりで……っ。……もっと親子として触れ合いたくて……。だって、……だって、漸く会えた、私の娘なのだもの……っ」
感情が高ぶったのか、支離滅裂になりかけながらミレイアは顔を両手で覆った。
そんな彼女をアルフェルトは抱き寄せる。
親子の名乗りを上げればそれが出来ると、その可能性が高いと思ったのか。
レセナートもアルザ達も、眉根を寄せた。
「──一つお伺いしたいのですが」
トゥルフが口を開いた。
視線がトゥルフに集まる。
「リウィアスを大切に想っておられたなら、何故彼女を手放したのですか?」
珍しく、微かに怒りを孕んだトゥルフから放たれたそれは、最もな疑問。
「……それは、私の母が理由です」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。